目覚めた時最初に目に入ったのは、ロディの真っ青な髪だった。
さらさら。空を映したみたいな青さを、眩しく感じた。
…自分は、空を手に入れた。そう思った。隣で小さな寝息を立てるこの少年と、ついに同衾してしまった。
最初は、ただの年下の可愛い男の子、だと思っていたのに。どうしていつの間にやら付き合うようになってそれ以上の事ももごもご。という関係になったのだろう。共に旅を続けるうちに、何物とも代え難い大事な人であると認識し始めている自分がいた。相手もそう思ってくれていたらしく、ロディの告白により晴れて恋人同士となった時には、本当に嬉しかった。
しかし、恋人として時間を過ごす事になってからしばらくして、それだけでは足りないと思う自分に気が付いた。それならどうすればよいのか、全く分からなかった。どうすれば不足がなくなるのか、分からなかった。何が枯渇しているのか、考えたけれど自分の中に澱のようなものが溜まるばかりで分からなかった。
そんな時、ロディからの提案があったのだ。それが、昨日の話。正しくは昨晩の話。戸惑いを覚えながら、しかしセシリアには首を縦に振るしかなかった。彼の提案を、ひょっとしたら待っていたのかもしれない、とも思えた。そうして彼等はロディの言う所の「提案」をこなしたのだった。
自分がひどくふしだらに思えて、セシリアはそっとロディから目を逸らした。例えどんなにふしだらでも、どうやら今自分が満たされている事は否定出来なかった。幸福だと、そう表現するので精一杯な気持ちを抱えていた。
目を瞑り、ぐう…、と寝入っているロディは、まだ子供みたいにしか見えないのに。目を開けるとそこにはしっかりとした青年の姿があるのだ。あの赤い目で、全てを見通す青年が、そこにはいるのだ。ロディとの付き合いも長い分、彼が全くの少年から青年へと成長していく過程を見つめていた。可愛い男の子、から頼れる男性へと変化していくロディを。
これからも変わっていくだろうロディを、隣で見ていけたらいい。自分達の未来がどこに向かっていくのか全く分からないけれど、ずっと傍にいてほしいし、ずっと傍にいたいのだ。気持ちだけは本当だった。
彼が起き出したらどうしていいか分からなかった。正気でいられる気が、全くしなかった。恥ずかしさに囚われて、何だかすごくみっともない事をしでかしてしまいそうだった。「おはよう」と落ち着いて言ってあげたいが、どう考えてみても無理そうだった。
ふう、と息をつくと、その途端に眠気が襲い掛かってくるのが分かった。疲れも取れていない。快い虚脱感に身をまかせ、セシリアは再び眠りに陥っていくのを感じた。彼の胸の中で、しばし優しい時間を過ごすのも悪くなかった。彼の夢を見られる事を期待して、セシリアはゆっくりと目を閉じた。
*
目覚めた時最初に目に入ったのは、セシリアの亜麻色の髪だった。
カーテンの向こうから微かに漏れる光に反射して、きらきらと輝いていた。きれいだな、と思う反面、その眩しさに目を細めた。なんとはなしに、太陽を手に入れたと感じた。それほどの輝きを、彼女は纏っているのだ。
彼女が無防備な寝顔を晒しているのをまじまじと見つめた。長い睫がそろそろと揺れている。長い旅を始めてからこの方、セシリアの寝顔を見るのは初めてではなかったが、こうして今までとは違う関係に身を置いてみると改めて新鮮な気持ちに、ロディはなるのだった。あの瞳が開けば、吸い込まれそうな水色の瞳があるのだ。
どうしようもなく、彼女が好きなのだ。
きっかけは何だったか、今では既に思い出せない。彼女は昔から傍にいて、これからも隣にいるのだと信じている。ただそれだけ。出来れば彼女のために、もう少しだけは清純な関係のままでいたかった、が。彼女の事を思いやる前に、情けない事にそろそろ自分が限界だった。彼女を怖がらせないためになるだけ控えめに、その告白をしたのが昨晩の事だった。セシリアから痛い一言を言われる(「ロディって、そんないやらしい人だったんですね」等)と覚悟して告白したのだけれど、帰ってきたのは恥じらいを含んだ肯定のみで。
愛しさが募った。真っ赤になりながら、自分の気持ちに応えようと必死なセシリアを見て、さらに愛しさが募った。もうどうにもならずに、結局二人は一夜を明かしてしまったのだった。
これからどうしようか。そう悩む未来が近い事を、ロディは予見した。セシリアがただの女の子なら、自分も彼女も困りはしない。問題なのはセシリアが王女様である事だった。身分違いだと、自分は責められるかもしれない。どこかから圧力がかかるだろう事も、可能性としては有り得る。決して彼女にまでその言葉が届かぬよう、セシリアを全力で守る必要があった。どんな時にだって、傍にいたい。そのためにならあの国の未来を変えるつもりだってある。セシリアはひょっとしたら泣くかもしれない。それでも、自分にとってはアーデルハイドよりセシリアの事が優先事項なのだ。
やめよう。ロディは軽く首を振る。こんな、一番幸せを噛み締めるべき時に未来を案じるなんて、止そう。今はただ、セシリアの体温を感じながら昨夜の事に思いを馳せていたかった。反射的に抱き締めたくなるのを何とか堪えながら、ロディはじっとセシリアを見つめた。
普段はしっかりしているように見えて、目を閉じると頼りなさが目立つ。そのギャップが好きな部分のひとつだった。ふいに頬に触れたくなるのを、じっと堪えた。折角眠っているのに、わざわざ起こす事も無い。本当ならこの辺りで朝の挨拶をしたい所ではあるけれど、どうやらお姫様はまだしばらくは目を覚ましそうに無かった。眺めているだけでも全然飽きないけれど、…どうやら彼女につられてしまったらしい。あんなにもはっきり覚醒していた筈が、急にまた眠気が襲ってきた。眠るか、眠らないか一瞬躊躇う。このまま眠ったら二人とも寝坊だ。自分も起きていて、しばらくしたら彼女を起こしてあげるのが良いだろう、とは思うのだが。彼女の何とも幸せそうな寝顔が羨ましかった。自分ももう一度眠り、幸せな夢を見たいと思った。例えばそれはセシリアの夢を。セシリアの隣で、彼女の夢を見る事を望みながらロディはゆっくりと夢の世界に落ちていった。
*
二人の朝は、まだ遠く。鳥達が騒ぐけれど、既に二人には何も聞こえなかった。
おしまい |
|