2回戦? -はじめての朝-


「おい。いいかげん起きろっての」
「う〜…」
 「起きろよ。ったく、何回言わせりゃ起きるんだ」
「う…ん?」
 目が覚めた時に最初に目に入ったのは、いつも通りの不機嫌そうなジェットだった。あれ、と思う。普通こういう時ってもっと甘い展開にならないかな、と寝惚けた脳内で、それでも理論立てて考える。
「おはよ…」
「遅ぇ。あの二人、もう支度が整ってるんじゃないか」
 あの二人。しばらくぼんやりと考えを巡らせたあとでようやく理解出来た。クライヴとギャロウズの事だ。そうだ、と思い出す。昨晩、自分達は久々に宿を取ったのだ。このところ野宿ばかりしていたもので、宿を取れた時は本当に嬉しかった。2人部屋を、2つ。今回はジェットとの相部屋になり、「頑張れよ」などという意味不明の応援をギャロウズから受けて…そんなこんなで自分達は色々な事をしちゃったりなんかしちゃったらしかった。「恋人」という括りには入るような入らないような自分達の関係。と今までは思っていたが、どうやらその関係は確定的になったようだった。ジェットの彼女、という自分にはこそばゆいものを感じた。
 すっかり起き出していたらしいジェット。いつもの睨むような視線。目を擦りながら、それを確かめた。あれ、とまた考える。昨日と今日とでは、まるっきり世界が変わっちゃうのかと思ったけど全然そんな事ない。いつも通りの不機嫌ジェットと眩しい朝日と自分。
「…ねえ、こういう時ってもっと甘い展開になるもんなんじゃないの? ほら、『もうそろそろ朝だけどもう一回どうだいマイハニー』みたいな」
 どこかの甘ったるい女の子向け小説で見かけた一節を口にする。確かその小説だと、実際にもう一回だったわけだが。…何を、とは野暮だった。
「わたしたち、昨日色々あったのよね?」
「ああ、まあ、色々あったな」
 確認のために問うと、恥ずかしがる様子もなくあっさりと事実を認める彼がいた。これからはただの恋人同士でなく、もっと深い仲である事を、一番に自分が自覚する必要があった。
「じゃあ何で、そういう甘ったるい展開にならないのよ」
 まさか彼が「マイハニー」などと言うとは勿論思ってない。可能性として有り得ない事は、承知している。そうではなくて、女の子の体を労わるとかとにかくそういうはじめてなのを包んでほしかったのだ(例:「痛かった?」「大丈夫?」等)。その小説の中で見た光景のように。だのに彼と来たら「さっさと起きろ」だの「遅ぇ」だの、可愛くないいつも通りの発言ばかりだった。
 女の子扱いはそれはそれで気に食わないが、こんな特別な時くらい優しくしてほしいとも、思うのだ。それはヴァージニアが女の子だから。
「馬鹿じゃねえの。俺が? お前に? 甘ったるい? …寝惚けてんのか?」
 彼らしくないのは、疑問符の多さばかりだった。朝から不機嫌になる自分を自覚する。何もはじめての朝に喧嘩する事なんか無いと思うのに、これはジェットに思いやりが足りないのがどう考えてもいけない。ヴァージニアはばっと起き上がると喚いた。
「何よッ! 何でジェットてばこういう時にでも優しくないワケ?! ジェットってば最低ッ!」
「おま…ッ、声でかい…ッ!」
 つられてジェットも起き出して。
 伸びた彼の手が、ヴァージニアの口を塞いだ。その熱。確かに昨日感じたもの。思い出すつもりなんてちっとも無いのに脳裏に蘇ってしまう。
 お互い上半身だけ起き出した格好で、固まり合う。これは、ひょっとしなくてもかなりこっ恥ずかしい構図じゃなかろうか。ジェットの裸の胸元。今まで見た事は無くて、新しい彼の一面を見ると共に顔がかーっと熱くなるのが分かった。昨晩はこの胸の下にいたのだ。気恥ずかしい事この上ない。思わず目を逸らした。ジェットが壮大なため息をついた。
「そう言うけどな、俺が考えるにお前だってデリカシーに欠けてるんじゃないか」
「どうしてよ」
「よく考えろよ。自分が今どういうポーズで座ってんのか分かってるのか?」
 言われて、自分の姿をよくよく見てみた。
「お前も大概、一線を越えた間柄とは思えない非常識な事をしでかしてくれてるけどな」

 まっ裸だった。

「…ッ!! ジェットのスケベッ!!」
 脳、一気に沸騰。咄嗟に枕を掴んで、ジェットを叩いた。女子の裸をまじまじと眺めているなんて、なんとスケベなのか。自分の胸元を隠す事も忘れ、ヴァージニアはジェットを叩いた。
「うわ…ッ、お前、マジで凶暴すぎんだろ…、それは…!」
 ジェットはジェットで、自分の側にあった枕を取って咄嗟に応戦する。それでも、ヴァージニアの激しい攻撃に防御し続けるほかなく、攻撃に転じるタイミングが見当たらないようだった。
 ヴァージニアの激しい枕攻撃によって、ベッドも浮き沈みを繰り返す。ぎしぎし、とがなるのが、昨晩は違う要因で起こっていた事を脳裏に浮かべた。古くて、スプリングの壊れかけたベッド。余計にいやらしいな、と感じていた事を思い出す。でも今は、とりあえずそんな事を悠長に考えている場合ではなかった。
「お前…、いいかげんにしろよ…ッ」
 黙らせるために押し倒されるのも、時間の問題。



 一方その頃。
 準備を整えていたクライヴとギャロウズは突然寝室で「どったんばったん」と騒ぐのが聞こえた。「どったんばったん」だの、「ぎしぎし」だの。ベッドが軋んでいる激しい音。声は聞こえない。
「おやおや…、これは…、」
「お隣さん、今日は仕事はお休みって事か?」
 困ったように微笑み、顎の無精ひげを撫でているのはクライヴ。明らかに何かを考えてにやついているのがギャロウズだった。
「あーあ。お若いこって」
「僕はもう若くありませんからねえ。あの若さが羨ましいですよ」
 お互いため息をつくと、先程まで整えていた筈の準備を放り投げるのだった。
 止む事の無い隣室の騒音に、ギャロウズは大げさに肩を竦めてみせた。
「今日のリーダーはもうダメだなありゃ」
「仕方ありません。僕らだけで勝手に依頼をこなすとしましょう」
 横から相変わらず聞こえる「どったんばったん」を、出来る限り気にしないようにしながら、何となく虚しい気持ちになりつつ二人は部屋を出てゆくのだった。


おしまい


■あとがき
ここまで読んで下さってありがとうございます。
朝に「どったんばったん」聞こえていたのなら、夜なんてどうなってたんでしょうか?
…などと書いた本人も分からないような事を言って逃走。
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