loving you -はじめての朝-


 温い体温に、ぴったりと重なっている。自分とは違う、しかしどこか似通った体温。温いようで、熱い位にも感じられるその体温に包まれながら、ユウリィは目を覚ました。
 外が眩しくなりかけていた。明け方なのだろう、と推測する。
 何度も何度も薄い瞬きを繰り返しながら、徐々に覚醒へと自分を持っていく。目覚めた時に最初に気付いたのが、いつものベッドと違う、という事だった。壁。天井。こうして眺めると、自分の部屋じゃない。間取りが違う。
 反射的に熱くなる頬。昨晩の事を思い出す。今は温い体温が、とても熱くなった事を覚えている。そうだ、と反芻する。ここは、兄の部屋だ。
 向かい合わせに。ものすごく近い所に兄の顔がある。これ以上は無いというくらいの幸せな気持ちで、ただ見つめた。こうして寝入ってしまって、無防備な彼の顔など見るのは初めてで、何だかくすぐったかった。
 ふと、首の辺りに不自然な硬さを感じた。枕、じゃない。彼の腕だった。自分ときたら、兄に腕枕をしてもらったまま寝入ってしまったらしい。猛烈な恥ずかしさに襲われる。だが、兄は決して腕を抜く事なく、ユウリィの枕に甘んじてなったのだ。彼の深い愛情を感じた。
 起こしてしまいたい気持ちと、ただじっと彼を見つめていたい気持ちとがない交ぜになる。こんな時間は貴重だった。どんな時にだって気を許す事など無い兄が、今はこうしてユウリィの隣で静かに寝入っている。油断している。間違いなく、ユウリィだけが独占出来る瞬間だった。
 いつも落ち着いていて冷静さを失くさない兄が、昨晩は激情に身をまかせていたのを思い出す。それにつられるように、ユウリィは兄に身をまかせたのだ。
 体を重ねた二人を、罪だ、と謗る人もいるだろう。しかし、ユウリィは幸福だった。兄以外の人との未来など、初めからどこにも無かったのだ。ユウリィにとってみれば、これは必然と言えた。外野の評価など、既に関係なかった。兄も同じ事を言うだろう。兄も、幸福だと言ってくれればいい。
 ぼんやりとものを考えたり彼の姿を見ているうちに、すっかり覚醒に向かっていた筈が、気が付けばうとうととし始めていた。いけない。あと数十分もすれば起き出して、朝食の準備をしなければならないのに。眠たい目を擦るために目元に近付けた指先が、うっかり彼の体に触れてしまった。彼の腹部辺りを指が掠めて、鼓動が速まるのをユウリィは感じた。彼を起こしてしまっただろうか? それに、彼とはそれまで手くらいしか直接触れた事が無かったから、ユウリィにしてみればその接触は刺激が強すぎた。目を擦る事も忘れ、ユウリィはしばし鼓動が収まるまでドキドキし続ける羽目になった。
 今後も、こういう未来が続く事をユウリィは期待した。兄が自分を求めているのと同じくらいに、自分も兄を求めているのだ。何回重ねても、足りそうに無かった。
 どこまでも満ち足りていた。
 こういう気持ちを、どうしようも無く声に出したくなった。一旦そう考え出すと、その想いは止まらない。ユウリィは彼を起こさないように声を潜めて、改めて告白するのだった。
「…大好き」
 真面目で、思い込むと一直線な兄が、好きで堪らなかった。ユウリィへ一心に愛を与える兄が、大好きで大好きで仕方なかった。一線を越えて、なお愛情は募るばかり。
「…大好きです」
「俺もだ」
「ッ?!」
 気付けば、そこにはすっかり目覚めている様子のクルースニクがいた。寝惚けているのでもない。何も着ていないという事を抜きにすればいつも通りの状態の兄が、そこにいた。
「起きてたんですか…?」
「さっき起きたばかりだ。…すまない。ユウリィの視線を感じて、起き時が分からなくて」
 知っていたのだ、ユウリィがじっと見つめていた事を。羞恥心にのぼせそうになる。
「あの…、ごめんなさい、じっと見たりして」
「いや、いいんだ。…俺の顔を見ているのは、面白かったか?」
「ええ、とっても。兄さんが気を許している顔なんて、わたしにしか見られないでしょうから、ね」
 意地悪っぽく告白すると、彼は少しだけ笑みを零した。
「お前にだけだ。…気を許すのも」
「『も』?」
「俺が、愛するのも。お前だけだ」
 …こういう事を、案外さらりと告白するのも全くもって兄らしかった。さっきはあんなに簡単に言えたくせに、目覚めた彼に告白する事は難しく思えて、ただ頬の赤さで返答とした。彼自身は平気そうな顔で、涼しくしているのが信じられなかった。そんな恥ずかしい台詞を恥ずかしげも無くよく言えたものだった。
 この恥ずかしくて堪らない会話の流れを変えるために、ユウリィは無理矢理違う方向へと話を持っていった。ネタならある。
「あの…、腕。わたしったら、ずっと借りちゃってて。ありがとう…」
 そっと腕枕の事を告白すると、クルースニクはただ一言「ああ」と言った。ユウリィが元に戻してもらうために首を浮かしたが、しかし彼は微動だにしなかった。
「兄さん?」
「このままでいい」
「どうして?」
「とにかく、このままでいい」
 どうしても理由を言わせたいのか、とクルースニクは念押しする。ユウリィからすれば重たいだろうし、きっと腕が痺れるだろうし、良い事は無いように思われた。
 わけの分からなさそうな顔でクルースニクを見つめていると突如彼は行動に出た。空いた腕とで、ぎゅっとユウリィを抱き締めたのだった。
 その密着具合は的確で、ユウリィは息が止まりそうになる。腹部や胸部や、その他色々な箇所が密着しているのをはっきりと感じた。昨晩の出来事を、脳でなく体が記憶していた。
「お前の体温を、感じていたいんだ」
 一秒でも長く、共に。その気持ちが痛いくらい伝わってきた。
 わたしもです。という言葉は、既に出せなくて。ただ彼に全てを委ねた。
 クルースニクはちらりと目覚まし時計を見遣ると、秘密を明かす時のようにこっそりとユウリィに耳打ちした。
「ユウリィ…、朝食まで時間がまだあるみたいだ。…どうする?」
 その言葉の裏に隠された意味に、ユウリィは真っ赤になりながら。
 彼女が恥らいながら応じたのか、意外とさらりと応じたのか、それは定かではない。


おしまい(と書いて、「二人の幸せは永遠に続く」と読む)


■あとがき
こんな恥ずかしいものを読みきったあなたはえらい!! 素晴らしい。
楽しかったです。(私が)
テンション高い題にテンション高い文をお送りしました。
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