とくべつなおさら |
久しぶりの野宿。テントを張るのも手馴れたものだ。ティトレイの軽口を無視しながらヴェイグがてきぱきとテントを張っている。ユージーンが手際よく手順を指示しているのを見ながら、アニーはそこを通り過ぎた。今日のアニーはテントを張る仕事は受け持っていない。今日のアニーには別の仕事がある。 ぐい、と鍋の中を覗き込んだ。ことことと、鍋の中の野菜スープが音を立てている。アニーはおたまでちょっとだけそのスープをすくって小皿に取った。 今日はアニーが食事当番。いつの間にやら出来た「食事は当番制」という仕組みが、どうにもアニーには理解し難かった。ティトレイという腕の良い料理人兼仲間がいる。ティトレイ本人だって、料理に関して言えば毎日作っていても飽きないと自分でも豪語しているくらいだ。当番制にする理由は無い。彼が毎日作ったら良いのだ。勿論アニーだって長く料理はしてきたから、出来ないわけでも無い。出来ないわけでも無いけれど、人前に晒せる程の腕前でないのも事実で。ほう、と息をひとつ吐いてスープの味見をした。 そうまずくもないけれど、感嘆する程美味しいわけでもない。アニーの料理の腕前は、つまるところその程度だった。父の味覚に合わせて、何となくこれまで薄味で作ってきたけれど、今となってはその父もいない。健康に悪影響を及ぼさない自信だけしか、はっきり言えば持ってない。いつかティトレイを唸らせたいものだった。 実は、そんなアニーの料理でも、美味しい美味しいと褒めてくれる人物がいる。その人の事を考え、ぽっとアニーは頬が熱くなるのを感じた。父ではない。父の友人にしてアニーの保護者のような存在のユージーンだ。彼だけが、常に手放しでアニーの料理を褒めてくれる。いつも、妙に照れ臭い気持ちになる。時に失敗する事があっても、時にティトレイから「これは無いぜ」と突っ込まれるような個性的な味になってしまっても、それでも彼はアニーの料理の前では笑顔を絶やさない。いつだって完食してくれるのだ。 「これで、いいかな…」 スープにはいまいち塩胡椒が利いていなくて。もう一つまみずつ加えてぐつぐつと混ぜると、アニーは完成! と声を上げた。今日は比較的上手くいった方だ。 辺りを見渡してみれば、まだテントは完成していなかった。いくら食事の準備が整ったところで、肝心の食べる場所が確保されていないのであれば意味が無い。アニーはユージーンに問い掛けた。 「まだ、時間かかりそうですか?」 「あと5分は欲しい。…もう出来上がったのか?」 「うん」 「今日も、旨そうだな」 そうも真っ直ぐに褒められて、アニーは照れ臭さに顔を赤くした。褒められるのには馴れていない。彼の掌が伸びてきて、ふかふかとアニーの頭を撫ぜた。完全に子供扱いだ。 「どうでしょう。実際に食べてみなきゃ分かりませんよ」 「俺には分かる。お前は旨い飯の作れる娘だ」 腕を組むと、ユージーンは豪快に笑った。いつだって、アニーが食事当番の時は少しだけ陽気なのだ。二人してくすくすと笑っていると、ユージーンの後ろにいたヴェイグが歩み寄ってきた。 「すまん、ユージーン。テントの部品が壊れてしまったようなのだが…」 ユージーンに部品を手渡しかけて。そこでようやく、二人の楽しそうに談笑している様子が目に入ったらしかった。束の間ぼんやりしていたが、ユージーンの答えを聞かずしてヴェイグはアニーたちに背を向けた。 「…すまん。邪魔をした」 「…『邪魔』?」 問い掛ける。アニーには意味が分からない。 「仲良くやってくれ。こっちは何とかする」 「ちょっ、ヴェイグさん…! 邪魔って何の事ですか!」 ヴェイグはアニーの最もな疑問を相手にしなかった。今更何言ってるんだよぅー、という茶々が向こうから聞こえてきた。被さるように、ほんとだよネー、という合いの手が続く。 「ラブラブだなー、おい」 「妬けちゃうよネ」 「ティトレイさんもっ! マオもっ! 余計な事は言わなくてもいいんです!」 「あっちっちだよなー。ユージーンとアニーってさー」 「ティトレイさん!」 肩をいからせて怒ってみせるが、全く利いた様子は無かった。むしろ余計に彼を面白がらせてしまったようで、テントの向こうから聞こえてきた笑い声はしばらく止みそうに無かった。感染したようにマオの笑い声さえ始まる。つられるように、アニーとユージーンも微笑を漏らすのだった。 * テントがようやく完成し。壊れた部品をどう直したのだか知らないが、アニーの目にはいつもより少しだけテントが曲がっているように見えた。冷えてしまったスープを温めなおしながらおたまでかき混ぜていると、腹を空かせたティトレイが近寄ってきた。 その瞬間、どこからともなく、きゅー、という音が聞こえた気がした。無論、アニーはそんな事を言及するほど子供ではない。 「そろそろ? まだ? もうすぐ?」 「まだまだですよ、ティトレイさん。…わたしに確認しに来たところで、スープが温まる速度が上がるわけじゃありませんからね。じっと待ってる以外に、する事無いですよ?」 「ん、分かってるんだけど暇でさあ。で、今日のメニューは?」 「野菜スープです。この頃お肉ばっかり食べてるような気がしてたので、今回は野菜中心でまとめてみました」 「おぉ、いいねえ! んん、いい匂いがしてきた!」 立ち昇っては瞬時に消える湯気を確認すると、アニーはスープを取り分け始めた。勿論、ティトレイはそれを見逃さなかった。 「完成ッ?!」 「あ、ティトレイさん、それは…」 アニーの制止も振り切ると、ティトレイは手身近にあったスプーンを手に鍋から直接一口啜った。「美味しーい」の顔を作ろうとした彼は、しかしそこで固まった。 代わりに現れたのはしぶーい表情だった。まずい、というのでもなく、不思議そうな顔をしていた。それを見たところで、アニーは特にうろたえる事もない。 「アニー…あの…何これ…」 「何って、スープですよ。失礼ですね、食べてから訊くなんて」 「いやあのそうじゃなくて。…何でコレ、こんなにぬるいの」 「まだ冷たかったですか?」 「冷たくは無いけど。けど、あの、人が食べるにはちょっと…」 アニーは皿を手に立ち上がると、あまりの温さにその場に崩れるティトレイに言い捨てるのだった。 「誰がティトレイさんのために温めてるなんて言いました? これはユージーンのためにちょうどよく熱を加えたものなんです。みんなにはそのあと、さらに加熱したものを出してるんです」 「お前ら、ホンットラブラブだよなあああ…!」 ティトレイの煩わしいからかいを、あっさりとアニーは無視して。とてとてとユージーンの元に向かうと、皿のスープをひと匙掬って差し出すのだった。 「ユージーン、完成しましたよ。今日は野菜たっぷりスープです」 「そうか、旨そうだな。…で、そのスプーンは」 「はいユージーン、あーんして下さい」 「アニー、…さすがに恥ずかしいから止めてくれ」 「あーん、ですよ、ユージーン」 ユージーンの元に有るのは、彼のためにほんのりと温められた特別なお皿。ユージーンが何も言わなくても、アニーだけは知っている、彼の弱点。 ユージーンの事が大好きだから、今日もアニーは彼のために弱さを労わり、優しくするのだ。いつもは強くてみんなのために身を粉にしている彼の姿を、よく知っているから。こんな時ぐらい、何も気にせずにゆっくりしてほしい。 そのためならば、スープをぬるいまま出すのだって平気なのだ。 「あ、…また熱かったですか? ごめんなさい」 「いや、いいんだ」 「ぬるいように調節したんですけど…、加減がまだ分からなくて」 彼の弱点は、猫舌。 おしまい |
■あとがき |
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