乱世はここに終わりを告げる・後日談


「こーたーろーうっ、何処にいるの?」
 ぱたぱたと屋敷中をうろついて、小太郎の姿を探す。それがねねの習慣となっていた。いつだって返事は無いけれど、返事がほしくて呼んでいるわけではないから、きっとこれはこのままでいいと思う。元気の良い返事が欲しくないと言えば嘘になるけれど、小太郎は死んでもそれをしないと思うから。ねねとて無理強いがしたいわけではない。
 あれから数ヶ月が経った。小太郎と一緒に江戸の町を脱出して数ヶ月、二人の世界も世の中も概ね平和だった。つまらない事で喧嘩になるのは日常茶飯事なので、その程度の口喧嘩ならば平和だと言える。ねねがいつも世話を焼きすぎる事について小太郎が苛々して眉間に皺を寄せて文句を言ってそれに対してねねが集中砲火で喋り捲って小太郎を打ち負かす、というのがいつもの道筋だった。ほぼ毎日、飽きもせずに喧嘩出来る辺り「喧嘩するほど仲がいい」の証拠なのかもしれなかった。
「小太郎ー?」
 いつもいる場所に小太郎がいない。心配するような事は無いけれど、ただ珍しいと思っただけで。でも足は自然と彼を探す方向に行っていた。屋敷は広いから、彼は何処にいてもおかしくはなかった。探すのも一苦労だ。
 忍者をやめた小太郎。頭領をやめた小太郎。彼の自由を縛っている、と思う時が無いでもない。今の小太郎と言えば、秀吉の遺産と家康からの補助金で暮らすねねのおこぼれに預かっている状態で、簡単に言えばヒモなのだ。昔の地位に比べれば今の状態がいかにしょうもないか、よく分かる。それでもねねは、小太郎がヒモであってもこの方がずっといい、と思っている。死んでしまうよりは。自分の知らない、何処か遠くで行ってしまうよりかは。
「あ、小太郎…」
 小太郎は馴染みの部屋のすぐ近くにいた。気配を消していたので分からなかっただけの事のようだ。ねねは自分の忍者としての勘も相当鈍ったものだと思った。
「何か用か」
 本から一瞬だけ視線を動かし、ねねのいる方向を見る。ちらり、と一瞥してまた本の上に落ちる視線。かわいくない、と思い両手で彼の顔を捕まえて自分の方向へと無理矢理向かせた。小太郎もものすごく嫌そうな顔はするものの、特に抵抗はしない。
「用って程の事じゃないんだけどね、ちょっと様子見に来ただけで」
「…時折、うぬはそのように心配をする。…我は消えたりはせぬと言うに」
「うん、分かってる」
 にこにこして小太郎を見つめれば、気まずそうに彼は視線を逸らす。いつもの事なのでねねも慣れっこだ。
「あ、小太郎、お茶菓子食べる? この前いただいたのがまだ残ってるんだ。本読むのもいいけど、お茶にしない?」
「我に構うな。食いたければひとりでそうするがいい」
「かわいくない事言うわね! 小太郎は育ち盛りなんだからたーんと食べなきゃダメでしょ!」
「…」
「今、お茶とお菓子持ってくるからね、そこにいてよ?」
 猫っぽい気まぐれなところのある彼は、先程までいた場所にもういないという事はよくある。また探す羽目になるのはうんざり、と彼を牽制する。座りかけたというのにまた立ち上がり、台所に行こうとしていたねねに、背後から声が掛けられた。

「このような生活も…、悪くはないのかもしれないな」

 一瞬だけ、意味が分からなくて立ち止まる。その直後にようやく全てを理解してねねはうわーと口走った。珍しい、小太郎がそんな事言うなんて。
 いつかの小太郎を思えば、随分と丸くなったものだ。この穏やかな生活が、彼を変えたのかもしれない。だとしたらここまではるばる引っ張ってきたのは、きっと間違いではなかった。死ぬような思いで江戸から京まで連れ去ってきたのは、正しい選択だったのだ。
 混沌、だとか死、だとか後ろ向きな彼特有の発言は陰を潜めつつある。それをねねは歓迎した。どうせだったら、明るく生きられる方がいい。
 ねねはにっこり微笑むと小太郎に告げるのだった。

「小太郎がそう思っていてくれて、あたし嬉しいよ」


おしまい


■あとがき
ここまで読んで下さってありがとうございました。
多分ずっとこのままほのぼのした生活を送り続けるだろう小太郎とねね。
ねねが傷つかないで平和に生きられる世界が欲しいです。

→ごちゃまぜ部屋へ
→home