にぶいひと


 する事もなく暇だから、と庭に出ようと部屋を抜け出してきたところ、何やら屋敷の廊下がごちゃごちゃと騒がしい。2、3人程の声が聞こえる。温和では無さそうなやり取り。何を言っているのか、はっきりとはここからでは聞こえない。

「何か起こってるのかしら?」

 気になって、ねねはそちらに歩み寄っていった。ただ話し込んでいるだけならいいけれど、喧嘩やそれに相当する問答ならば止めなければ、という使命感がいつもねねの内には滾っているからだ。このところ領内も平和で、戦も無く日々恙無く過ぎていくだけに武将達の気が緩んでいるのか、こうした口論や喧嘩が目立つ。良くはない傾向だ。
 廊下の角を曲がってひょいっと首だけ出して周囲を伺えば、そこには島津義弘と立花ァ千代の姿があった。二人は喧嘩も多いけれど戦場では息がぴたりと合う、面白い二人組みだった。年が離れている割にはよく喧嘩もする。でもよく一緒にいる。喧嘩をしている時はともかく、戦闘で互いの身を預けて戦えるのは相当の信頼を寄せている証拠だ。
 …声に近付く程に、次第に二人が話している内容が聞こえてくる。

「立花のお嬢は優しいのう」
「なっ、誰が優しいだと…! や、優しいものか! 大体、私をそんなふうに呼ぶなと言った筈だ!」
「だとすれば、どう呼べばいいんだ? お嬢はお嬢だろう」
「そのような女扱いは止めろと言っている筈だっ!」
「これはこれは。お嬢は可愛らしいものでついついからかってしまうわい」
「この…っ」

 喧嘩、というにはまだ芽かもしれない。それでも取り去っておくに越した事は無い。ねねは二人の前に飛び出ると「こらあ!」と一喝した。途端にびくつく義弘とァ千代。無論の事ながら、ねねに怒られるのはこれが初めてではない。
 ちらり、と二人の顔に掠めるのは何処か残念そうな表情。気にする間も無く、ねねは言葉を吐き出した。

「ケンカしちゃだめでしょ! ァ千代も、いちいちかりかりしないの! 義弘はァ千代を怒らせるような事言わないの! 特に義弘! お前はどういう事を言ったらァ千代が怒るのか分かってて言ってるんでしょう! 子供じゃないんだからいじめるような事しないの! めっ」

 人差し指で義弘とァ千代の額をこつんと突く。おしおきはこれで十分。
 けれど、義弘とァ千代は何か言いたそうに視線を逸らしている。怒られたのが嫌そうだ、というわけでもないらしい。その不可解な表情を理解出来ずに、ねねは小首を傾げた。二人は黙したまま何も語らない。

「ありゃ? あたし、何か見当違いな事言ったかい?」
「いや…そういうわけではないのだが…」
「ん? てことは、やっぱり喧嘩してたのかい? 悪い子だねえ」
「喧嘩とは、一概に言えぬよ、おねね殿」
「うぬは鈍い女だ…」
「ひゃあっ?!」

 義弘の声のあとに被さるように背後から聞こえてきたのは、掠れた囁き声。人に聞かせる気のさらさら無い、でもねねにははっきり届く声。風魔小太郎だ。挨拶も抜きにいきなり耳元に被るように彼の声が届くものだから、ねねは飛び上がる程驚いてしまった。耳の奥が彼の囁きでじんじんしているような気がした。
 振り返れば、いつものように無表情な彼がいた。

「び、びっくりするじゃない急に現れたら…!」
「うぬは本当に忍びなのか…我の気配くらい、気が付いていろ」
「無茶言わないの! 忙しかったら小太郎に構えない時だってあるんですからね! それで、鈍いってどういう事?」

 見上げて尋ねれば、珍しく困惑したらしい顔が目に入った。口をへの字に曲げている。

「あれだけあからさまでも分からぬとは、我にとってはうぬこそが混沌よ…」
「あからさまって何が? あっ、ねえ、ちょっと!」

 更に意味不明な事を言われてねねは混乱する。その暇も無く、小太郎がねねの腕を強く引っ張った。痛くは無いけれど、振り解けないくらい強く。「こら!」とか「離しなさい!」とか言ってみるものの、小太郎がそれを聞き届けた様子は無い。ねねを引っ張りながら小太郎は義弘とァ千代に告げた。

「双方とも、邪魔をした。こやつは我が連れて帰るゆえ、喧嘩でも何でも存分にやるが良い…」
「連れて帰るって、何処に行くつもりよ?」
「この者たちの近くにいるわけにも行くまい…」
「わけわかんないわよ! こらあ、ちゃんと説明しなさいよ!」

 問答無用と言わんばかりに、ねねはずるずると庭に引っ張られていく。義弘とァ千代からまるで逃げるように。距離を取らすように。
 あとに残った義弘とァ千代は、しばらく二人に圧倒されて言葉も無いようだったが、ふとァ千代が義弘との無言の時間を限界に感じて僅かに頬を染めて言葉を捜した。

「…その…何だ。あの二人は、随分と仲がいいようだな」
「どうやらそのようだな。しかし、二人ともわしに言わせればまだまだじゃな。…風魔の棟梁は人の事にかけては聡いようだが、自分自身の事に関しては鈍さの残る奴ばらだ」
「人の事? 何の事だ?」
「立花のお嬢とわしとが、仲がいい事じゃよ」

 ァ千代は目に見えて顔が赤くなっていった。先程まではねねに二人でいるところを邪魔されてどことなく残念そうな顔になっていたものの、それを自覚してはいないのだ。

「なっ、誰が誰と仲がいいだって…! 立花の人間が貴様のような島津の人間と仲良くする筈が無い! よく考えてみろ!」
「そうか、それは残念じゃのう」
「ぐっ…もういい、帰る!」

 義弘はァ千代の初心(うぶ)な反応にくつくつと笑いを漏らした。義弘の周りにいる連中は、どいつもこいつも揃いも揃って未熟者で、とんだ鈍い奴ばかりなのだ。


おしまい


■あとがき
ここまで読んで下さってありがとうございました。
こたねねも大好きですが島も大好きです…。
島ァの仲良しっぷりには気付かないまま引っ掻き回すねね様を書きたかったのです。

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