この手を離さない |
遠呂智とは、一体何者なのか。世界を壊して、一体何が目的のか。 何も分からぬまま、戦国の武将達は新たな戦いに巻き込まれていく。 * 「みんなーっ、何処にいるのー?! いたら返事してーっ!」 荒野の中をひたすら喚き歩いているのは、ねねだった。顔は煤で薄汚れ、服も土まみれだったが、それでも見知った人たちの姿を求めて当て所も無く歩き続けている。 「あたしはここだよー!」 辺りは煙に遮られていて、視界が聞かない。先程までここで大規模な戦闘があったのだ。たくさんの者が「遠呂智」と自称する怪物のような男が統率する遠呂智軍によって無残に殺されていった。遠呂智がした事は到底許される事ではないが、今為すべきは怒りに身を任せる事ではない。込み上げる怒りや悲しみをぐっと堪えて、ねねはただ歩き続けている。 みんなは、どうしているだろう。あの強大な力を持つ遠呂智軍に対して、みんな生き残っているだろうか。そんな心配でねねの心臓ははちきれそうになる。怪我程度で済めばいい。それを思うとねねはいてもたってもいられなくて、だからこうして戦場を練り歩いては知る人の名を呼び続けているのだった。 「ねねは、ねねはここだよーっ! 正則、清正、いないのー?!」 いくらその場所ではもう戦闘は終わっているとはいえ、遠呂智軍の残党が残っていないとは限らない。それに不発の大筒の弾が残っていたりすれば更に危ない。けれど、ねねにはそんな瑣末な事に構う余裕が無かった。残党とやりあう羽目になっても、不発の弾に巻き込まれても、それでもみんなの安否を確認するという重要な任務が、自分にはあるのだ。それにみんなの方でもねねを心配しているかもしれない。ひょっとしたら心細い思いをさせているかもしれない。こんな時こそ、みんなの傍にいて懸命に励まさなくてはならない時なのに。みんなと離れ離れになってしまった自分を恨めしく思うのと同時に、もどかしく思う気持ちもある。 「三成、いるー?!」 声を張り上げる。けれど返事が返ってきた試しは無い。 「お前様ーッ!」 一際大きな声で呼ぶのは、愛するだんなの名前だった。けれどそれも正則や清正、三成のように返事は無かった。喉の軽い痛みを覚えて、ねねはその場に立ち止まり、喉の辺りに手をやった。叫びすぎて喉の奥が少し痛い。 みんなは無事だろうか。繰り返し考えるのはその事。…みんな。ふと、まだ呼んでいない名があるのに気が付いた。どうかしてる。まだ気が動転しているのが抜けないらしい。 「…小太郎」 その名は、囁くように。忍びの名は高らかに呼んでいいものではないから。 「小太郎、いる?」 名を呼んだ瞬間、ざっ、とその場の気配が一転した。風が通り過ぎる。けして爽やかな風ではないが、守られているような気になる、そんな風。 殆ど確信に近い思いがある。それをそのまま、言葉に乗せた。 「小太郎、近くにいるのね?」 風と共に、けれど音も無くねねの前に現れたのは――赤毛の忍者。 「…呼んだか」 「うん、呼んだよ!」 この混乱の中、それでも小太郎は焦っている様子ひとつしない。逆に言えば、ねねに合えたところでにこりともしない。でも、今はそれが、ねねにとっては日常を感じさせて嬉しかった。こんな非常事態でも、彼が冷静な分自分も落ち着きを取り戻せるような気がした。彼の顔を見たらほっとして、自分自身もようやく「らしさ」を取り戻せたような気がした。「らしさ」というのはつまるところ。 「もう、近くにいたんならどうしてもっと早く姿を現さないのよ! 心配掛けた事、分かってるの?!」 「…下らんな」 「下らなくないわよ! ちょっとそこに直りなさい! 小太郎、お説教です!」 「…興が失せた。帰る」 「あっ、ちょっと、待ちなさい!」 ねねの元から立ち去ろうとする小太郎の手を咄嗟に引っ張って彼を行かせまいと踏ん張った。体格差がありすぎて、結局ねねはずるずると引き摺られているのだが。姿を消す事だって可能なのに、あえてねねに引っ張られるままになっているところに小太郎の優しさがある、と勝手にねねは解釈している。本当のところはどうなのか分からない。が、そんな事を口に出す程ねねも野暮ではない。 「離さないんだから!」 「勝手にせよ」 「じゃあ、死ぬまで絶対離さないんだから! だから小太郎も、あたしの手を離しちゃだめよ?」 「そんな約束は、出来ぬな」 「もう、そんな事言うんじゃありません!」 遠呂智という謎に包まれた敵に追い込まれた状況においても、ねねはなぜか心がほっこりしているのを感じていた。それはは多分、小太郎がいてくれるから。 この未来がどうなるか分からない。遠呂智との戦いが今後どうなるのか。元の世界に戻れるのか。けれど、さしあたってはこの人を守ろう。それが自分に出来る第一歩だ、とねねは今遠呂智に対抗するその最初の一歩を踏み出し始めたのだった。 小太郎の手をぎゅっと掴みながら、ねねは小声で彼に告げるのだった。 「あたし、この手をきっと離さないからね」 おしまい |
■あとがき |
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