贈り物 |
「わあ、それ、藤の花ですか?」 お市の元に遊びに来たねねは、お市の頭に飾られた花を目にして歓声を上げた。薄紫の、可憐な藤の花である。お市の儚げな雰囲気とはよく似合っている。 「よくお似合いです、お市様」 「ありがとう、嬉しいです」 お市はこくりと頷くと、照れているらしく少しだけはにかんだ。 「でも、この辺りに藤なんてあったでしょうか…?」 あれば、ねねだって髪に飾ってみたい。そう思って訊ねてみると、お市は今度こそ頬を赤らめた。あ、とねねは声に出す。ひょっとして。 「長政様からの贈り物ですか、お市様?」 「…ええ、」 お市はそれとはっきり分かる程、顔が紅潮していく。 こういう所はいつまでもたっても少女のようで、初々しささえ感じさせた。長政とお市が結婚してから随分と経つ筈だが、目の前にいるお市は新妻であると勘違いしそうな程だった。仲がいい証拠だわ、とねねは内心考える。長政とお市は将来も安泰だろう。ここの二人に世話を焼く必要は無さそうだ。 「それにしても長政様って…本当にお市様の事が大切なんですね。はるばるお市様のために遠国から藤を取り寄せたのでしょう?」 「ええ…『お前の喜ぶ顔が見たい』と、長政様は仰って」 「まあ、素敵」 お市の手前、感動してみせるけれど。正直熟年夫婦にのろけられるとは思わなかった。 自分はそういう思いをした事が無い、という軽い羨望も混じって、ねねは少しだけむくれた。 「あたし、そういう素敵な贈り物、殿方からもらった事が無いんです」 「まあ、おねね様程の方がそんな謙遜をなさるなんて」 「これが謙遜じゃないんです。ほんと、小太郎ってばそういう事に全っ然気が利かなくて」 「…こたろう?」 「ええ、小太郎です。…それが何か?」 あの、とお市は何かを言いかけ戸惑っている。どの小太郎を指しているのか分からないのだとねねは気付いて、「風魔小太郎の小太郎です」と念を押した。 「そうですよね、小太郎といえばあの乱波の…いえ、背の高い赤毛の小太郎ですよね」 「ええ、その小太郎です。…あの、小太郎に何かあるんですか?」 「いえ、何かという程の事ではないのですが…、どうして猿、いえ、秀吉殿ではなく小太郎なのですか?」 頭の上に疑問符を並べて、こちらを不思議そうに見つめるお市に、ねねも思わず疑問符付きの視線を返した。 そういえば、何でなんだろう。 何で、自分のダンナじゃなくて小太郎の名を? 確かに小太郎は自分の子供同然の存在ではあるけれど、それなら正則や清正、あるいは三成だって同等である筈なのに。でも、自分が口に出したのは小太郎の名だった。 「…どうしてなんでしょう?」 首を傾げてお市に尋ねるも、彼女から返って来たのは「さあ…」という曖昧な返事のみ。 「あたしが、小太郎から物をもらいたいって思ってるって事なんでしょうか?」 更に尋ねても、「どうでしょう…」という要領を得ない返事しか返って来ない。「うーん」とその場で腕を組んで唸ってみても、答えは出なかった。 想像してみようと思っても、小太郎が自分に花を贈るなんて図、まるで想像付かない。きっとそんな事があれば、嬉しくもあるのだろうけれど、でもどちらかというと奇怪に感じてしまうだろう。 例えば頑張って想像してみよう。ねねの母性に感激した小太郎が自分に贈り物をする。そう、例えば藤の花なんかを。うん、悪くない。 「…あの、おねね様?」 「…いいかもしれない…」 「あの…、ああ、聞こえてらっしゃらないのですね…」 きっと枯れても尚、ずっと大切にするだろう。小太郎からの贈り物。そんなものをもらえたのなら、幸せな気持ちで満たされるだろう。 「小太郎とどれだけ仲良くしているか、その自覚はあっても、ご自分がどれだけその乱波を好いているか、その自覚はお有りにならないのですね…」 ――勿論、ねねにはお市のその呟きは届かない。 おしまい |
■あとがき |
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