ずっとそばにいる |
「我は混沌と共に…我はこの地を捨てようと思う」 突然の小太郎の告白に、ねねはぎょっとなって持っていたお菓子の皿を取り落としそうになった。小太郎とねね、茶菓子を二人でつまみながらぼんやりしていたある日の秋だった。 まもなく天下は統一される。ねねと小太郎が信じて付き従っている大名は強い力でもって他勢力を圧倒していっている。そんな時期の背反だなんて聞いた事が無い。ねねは自分の耳を疑った。 「小太郎、今、何て?」 「我はこの地を出ようと思う」 どうやら今自分が聞いたのは空耳ではないと納得して、ねねは慌てふためいた。 「なっ、なっ、何で!」 小太郎がここから出て行く? 突然で、しかも意味の分からない発言にねねはただ戸惑うしかない。小太郎はそれに気付いているのかいないのか、淡々と話を続けている。 「我は混沌の中でしか生きられぬ…。うぬにならば、分かるだろう…?」 「わ、分かるけど…」 小太郎とは同じ忍びだから分かる。天下が統一され世の中が平和になるという事は、忍びがその存在意義を失うという事に等しい。つまりはねねも小太郎もこのまま行けば将来的には無職の身の上だ。ねねは元々人妻で、無職となっても秀吉に食べさせてもらうからいいとして、小太郎がねねと同じようにするのは難しい。どうにかして食い扶持を繋いでいく必要がある。はっきり言えば、忍びにとっては、天下が統一されるのは死ぬに等しい。 「じゃあ…小太郎、どうするの。ここを出て行くの?」 「我は…」 その答えを聞く前に、ねねははっとなって小太郎を見つめた。 「まさか、…」 「そのまさかだ」 くくっ、と喉を鳴らして笑う。けれどねねは小太郎の考えている事は途方も無い事だと気付き、とても笑えなかった。小太郎は別の勢力に加わろうとしている。ここで手に入れたあらゆる国内の情報を持ち出して。城の構造に留まらず、どんな武器をどれだけ保持しているのか、それらの機密情報も全て彼は漏らすつもりだ。ただで行った所で対抗勢力が小太郎の事を信用する筈も無い。手土産が要る。そのための情報流出なのだ。 小太郎はこちら側の勢力に命を狙われるだろう。 「この世は、まだ荒れるな…?」 くつくつと、何がおかしいのか笑い続ける小太郎に、ねねは怒りを露わにした。 「荒れるな、じゃないでしょう! そんなの、危ないに決まってるんだからダメよ!」 天下泰平の近付いた世が再び荒れる事よりも、小太郎が危ない目に遭うかもしれないという事の方が、ねねにとっては重要だった。折角仲良くなれたのに(と一方的に思っている)ここで離れ離れになるのも嫌だった。それが戦国の習いとはいえ、ねねにとっては何ひとついい事の無い話なのだった。 小太郎がこちらを不思議そうに見る。 「我を責めるのではないのか?」 「え?」 「天下が丸く治まるのはうぬの望む所ではなかったのか?」 「え? えっと…そりゃそうなんだけど」 責めるつもりなんて、無い。ただ引き止めたいだけだ。小太郎が傷つく様を見たくないから。元の味方とやりあう所は見たくない。小太郎はきっと、容赦はしないのだろうけれど。よもやとは思うけれど、風魔討伐として自分が指定されればたまらない。自分と小太郎が殺し合う、だなんて。 「――そっか」 結論が見えた気がして、ねねはぽんと手を打った。要するに自分が嫌だと思うのは小太郎と敵対する事であって、小太郎が敵に加わる事には何の感慨も無いらしい。それなら。 「あたしが小太郎に付いて行けばいいのよ」 その発言に、小太郎は理解出来ないというふうに眉を顰めた。が、こういう時の常として、何かを閃いたねねは誰の話も聞かない。 「心配だから、あたしも小太郎に付いて行くよ。うん、安心して。あたしが小太郎を守ってあげるから」 「…」 意味不明だ、とその視線が何より熱く物語っている。が、ねねは気付きもしない。 「今までの味方と殺し合いになるぞ」 「分かってる。でも小太郎とは殺し合えないもん」 たくさんの大切な人がいる。敵対する、という事は、その人たちと殺しあう事だ。 それでも自分は選び取りたい。小太郎を守る道を。 「秀吉はどうなるだろうな」 「うん、でもあたしはうちの人を信じてるから大丈夫」 「…秀吉は放置出来るのに、我にもそれと同じ事が出来ないのか」 「出来るわけ無いでしょうが! もう少し考えて物を言いなさい!」 「…」 「お前はあたしの子も同然。子供を生かすためには、母親はなんだってなれるのよ。修羅にだって何にだってなってあげるわよ。ほらあ、そうと決まったらのんびりしてないで行くわよ! まずはお弁当が要るわよね!」 「うぬは…本当に背反するつもりで行くのか…?」 「当たり前でしょ!」 「…我は、またこの賑やかなのと共に行くのか…」 「そうよ、ずっと傍にいるんですからね!」 見えるのは殺伐とした未来。この世はまだ荒れるだろう。 けれど、道中はやたらと賑やかだった。 おしまい |
■あとがき |
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