小話


作品はそれぞれ下に行くほど新しいです。小ネタとはいえ長さはまちまち。

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■司教×王女/シリアス

「ウィーギンティの手は、冷たいのね」
 フィーリアは彼の手を取るとそう呟いた。熱の伝わらない体。
「あなたには、そう感じるのですか」
「…今まで考えた事無かったの?」
「ええ。気にする必要もありませんでしたから。…今まで市政に溶け込んで生きてきたつもりでしたが、やれやれ、私はやはり人の子らとは随分と違うようですね」
 市政に溶け込んできた…? その恰好や仮面で? と、笑ってしまいたくなるのを堪えて、フィーリアはその冷たい手を自分の頬にくっつけた。
「温めてあげるわ。熱が無いのなら私があげる。そうして、人の子というのがどういう生き物なのか、もっと知るといいと思うわ」
「あなたの心や体は、いつも温かい。どうかその熱で、私を温めてください、フィーリア。そうすれば、私はより人の子を理解出来るようになれる。…そして、あなたの事も」
「…うん」
 ウィーンギンティの優しい声音に耳を傾けながら、フィーリアは静かに目を閉じた。

 二人の間には、けして理解しえぬ大きな溝がある。けれど、この熱を共有している時間だけは全てを分かち合えていると信じられるフィーリアなのだった。


おしまい

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■司教×王女/ほのぼの

 フィーリアに呼ばれたウィーギンティは彼女の執務室に向かった。挨拶もそこそこに、フィーリアに差し出されたのはひとつの時計だった。無論、協会が管理し配布している協会製の時計である。
「これが、何か? フィーリア姫」
「この時計のしくみを教えて」
「宜しいでしょう。あなたの頼みとあらば」
 フィーリアに頼まれたウィーギンティは何処か浮かれた調子でいそいそと時計を分解し出した。
「フィーリアは好奇心旺盛ですね。我々『協会』はそれを支持し、またあなたのためにご説明致しましょう」
「『全ては人の子らの未来のために』…でしょう?」
「ええ」
「いつも、協会があなたにとっての中心なのね?」
「私は協会員ですから」
 慣れた手つきでひとつひとつ、小さなばねやぜんまいを取り出していく。ある程度まで分解を進めると、ウィーギンティはその指で時計の奥をフィーリアに指し示した。
「フィーリア。これが見えますか。これが時計の中枢たる部分です」
 フィーリアは自分で頼んでおきながらぼうっとして、覗き込もうともしない。
「…フィーリア?」
「ごめんなさい。見入っていて、つい」
「一体何に?」
「あなたの指に。きれいだな、と思ったの」
「恐れ入ります」
「本当はね。時計のしくみが知りたかったわけじゃないの。あなたの指が動くその調子を見ていたかっただけなの。だって、こんなに細長くてきれいで、女のわたしですらうっとりしちゃうくらいなんだから」
「…恐れ入ります」
「さあ、もっと分解を続けていてちょうだい。わたしはその様子を眺めているから」
「は、…」
「『全ては人の子らの未来のために』…でしょう?」
「…全く、フィーリアは困った子ですね」
 「協会」の司教たるウィーギンティに分からぬ事や理解出来ぬ事など無い。そう思っていたけれど、この少女はいとも容易くそのウィーギンティの奢りを打ち破った。全く何を考えているのか分からない。この仮初の体、この仮初の指が良いとは。彼女自身も分かっているだろうに、それでもこの指が美しいと言ってくれるのだ。
 この少女からは当分目が離せそうにない、と嬉しさの混じる溜め息をしながら彼は作業に戻ったのだった。


おしまい

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■司教×王女/ほのぼの

「姫」
 呼び掛けられて、フィーリアはその穏やかな口調の主に気が付いた。
「ウィーギンティ? どうしたの?」
「姫にこれを」
 差し出されたのはどこかで買い求めたと思しき花束だった。
「ど、どうしたの? いつもはこんなものを買ったりはしないのに」
 人の子の精神的な活動を「未知」として忌避する傾向がある「協会」の司教がする事とは思えない。勿論もらえた事自体は嬉しいけれど、むしろ喜びより困惑の方が大きい。
「喜んではいただけないのですか」
 ウィーギンティは淡々とした声音のまま語る。けしてそんな事はない、とぶんぶんと慌ててフィーリアは首を横に振った。そしておずおずと受け取ると、感謝の言葉を述べた。
「すごく嬉しいわ。でも…司教のあなたが誰かのために贈り物をするなんて…」
「信じられませんか」
「率直に言えば」
「フィーリア姫は私にクレメンスという友人がいるのをお忘れですか?」
「そういえば…そうだったわね。でも一体それが…?」
 その盲目の青い髪のミルトンの領主を思い浮かべ、フィーリアは相槌を打った。
「協会員と言えど、精神的活動を持つ事を禁止しているわけではありません。望めば友人とて得られるし、人の子らとの積極的な関わりはむしろ推奨しているところにあります。人の子らの好奇心に応える事、それにはまず精神的な関わりから入る必要もありますし」
「ふうん…」
 分かったような、分からないような。
「ですから、私があなたにこのような贈り物をして、フィーリアのご機嫌を取ろうとする事は何ら不思議な事ではないのですよ。…ただ、あなたの笑顔を見るために贈ったなどと上に知られれば大目玉を食らう可能性がありますけれど」
「わたしの…笑顔を?」
 個人的な欲望を持たず、ただ人の子のために邁進する協会の人物が、個人的な欲求として「何かがしたい」と言ってのける例は珍しい。というかまず無い。
「どうですか、フィーリア。私のためだけに微笑んでは下さいませんか」
 そう言われたら――微笑むしかなくなる。
 フィーリアのために、フィーリアの喜ぶ顔が見たいから、などと顔(というか仮面)に似合わぬいじらしい事を言われてフィーリアも気分は悪くない。
「おお…その美しさには、かのシアーズの名画も敵いませんね」
 素直に感嘆しているのか、或いは単なるお世辞なのか全く区別の付かないウィーギンティの言葉に、それでも単純に喜んでしまうフィーリアなのだった。


おしまい

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■司教×王女/ほのぼの

 庭にウィーギンティが立ち尽くしている。その大きな背中を見つけて、フィーリアは飛び掛らんばかりにその頼れる背中に抱き着こう――として、思いとどまった。理由は3点ある。未来の予測の可能な(実際には予測するわけではないのだが、フィーリアは未だその仕組みを理解していない)ウィーギンティに飛び掛かったところで彼は驚いてはくれないだろう事、そもそも感情を持たない彼が驚くとも思えない事、そして最後の1点は。
 彼がすらりと伸ばした右腕に、鳥が捕まっている。彼の腕を木の枝か何かと勘違いしているのか彼の腕をしっかりと両足で挟んで可憐な声で鳴いている。それをウィーギンティはまんじりともせずに見つめているのだった。今飛びついたりすれば鳥は逃げてしまう。折角鳥を熱心に見つめている司教の邪魔をする事も無い、フィーリアはその様子をこっそりと眺める事にした。
(まるで木みたいだわ…)
 初めて彼を見た時にも思った事を、改めてフィーリアは感じた。
 どっしりと構えている、または仁王立ちしている、というわけでもない。生っちろい立ち方をしているのでもない。立ち方ひとつを取ってみても人智を超えた存在なのだ。
「どうしました、フィーリア姫?」
「えっ?!」
 突然、ウィーギンティは振り返らないままその背中にいるフィーリアに語り掛けてきた。鳥はその声に驚き、瞬時に飛び去っていった。ぱたぱたと彼の元に向かいながらも、フィーリアは疑問をぶつけていた。
「どうして分かったの?」
「我ら『協会』に分からぬものはありません」
「…つまり、最初から気づいていたのね」
「呼んで下さればすぐに馳せ参じたものを」
「だって、あなたが鳥をじっと見惚れてたみたいだったから――」
「見惚れてはいません。あの鳥の動く様子を観察していました」
 成る程、納得。囀りに耳を傾けていたわけでもなく、鳥の愛らしさに見惚れていたわけでもなく、ただ本当に観察していただけらしい。さすが「協会」の司教だ。いつ如何なる時でも物事を理解しようとする癖を抜かない。
「わたし、てっきりあなたが鳥の可愛さに夢中になってるのかと思ったの」
「私が夢中になるのは、フィーリア姫、ただひとりあなただけです」
「…」
 これで真面目に言っているつもりなのだから趣味が悪い。無自覚ならば尚更だ。それでも赤面するのをフィーリアは抑えられなかった。
「もう、ウィーギンティってば…」

次に彼の腕に掴まった、のは。


おしまい

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■司教×王女/シリアス

 オーケストラの演奏が終わると、フィーリアは立ち上がってぱちぱちと拍手をした。
 今日は年に1度の芸術祭である。フィーリアはこの国の女王として出席する必要があった。隣には無論、ウィーギンティの姿もいる。感動のあまり涙をぽろりと零しながらも、満面の笑みで女王は何度も何度も拍手をした。拍手が止み、これで演奏も仕舞いという時になって快いざわめきが会場を浸していた頃、フィーリアは自分を見つめる視線に気が付いた。
「ウィーギンティ?」
 その主は隣にいた「協会」の司教だった。表情は読み取れないが、おそらく不思議そうな顔をしているのだと思う。訥々と、いつもの調子でウィーギンティは語った。
「人の子の涙というものは、不思議なものですね…。感情を持たない「協会」の司教である私でさえも、あなたの涙に揺さぶられるものを感じます。これは、何なのだろうか…」
 最後の一言は自問自答に等しかった。
「いや――他の誰でもない、その涙がフィーリア姫のものだったからこそ、私は影響を受けている…? 不可解だ、全く不可解です。解答のない問題が発生しました」
「どうすれば、その問題は解ける?」
「分かりません。ですが…あなたの涙に触れられれば、私のわだかまりも解けましょう。宜しければ、その涙を拭わせていただけませんか」
 こくり、と頷くとそのすべすべの肌にそっとウィーギンティの人差し指が触れた。
「熱い…」
 それだけ、呟くと。急にいつもの調子に戻ってフィーリアの背をそっと押した。
「いけませんね、あまり考え込んでいると帰るのが遅れてしまいます。光の道を使ったとしてもあなたには色々と寝る準備も必要ですから、もう帰ると致しましょう」
 その熱の通らない掌に押されて会場をあとにしながらも、フィーリアは考え込まずにはいられなかった。
 彼にとって人間に深入りする事が正しい事なのか分からない。「協会」の上層部にウィーギンティが日増しに人間臭くなっていく事を感づかれたらどうなるだろう。何が起こるか分からない。そもそも「協会」ですら未知数の団体なのに、何が起こるかなんて予測すら出来ない。だからこそそれには恐れがある。
 例え何が起こっても、彼と一緒にいたい。そして人の子について。もっと言えばフィーリア自身についてもっと知ってもらいたい。…それは、一体いつまで可能なのだろうか。


おしまい

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■司教×王女/ほのぼの

 浴槽に入ってすっかりくつろいでいたフィーリアは、突然そこに現れた司教の姿に度肝を抜かれた。
「おや。…」
「きゃあっ! ウィーギンティ! どうして…っ」
「申し訳ありません。時間調節を間違えてしまったようです」
 そして、出てきたのと同じくらいの素早さで姿を消してしまった。呆気に取られる間も無い一瞬の事で、助けを呼ぶのも失念してしまった。…一枚の布さえ無い、本当に生まれたままの姿を彼に見られてしまった。彼が全くいつも通りなのは喜ぶところなのかそうでないのか。自分が女性としての魅力に欠けているからなのか。そもそも彼がそういった方面にはとんと興味が無いからなのか。…明らかに後者であるけれど、それがどうにも複雑でもある。
 どきどきし始めている心臓を黙らすため、浴槽に深々と浸かった。と。
「おや。これは一体どうした事でしょう。また時間調節を間違えてしまいました」
「…」
「これは失礼、姫。すぐに立ち去ります故」
「ウィーギンティ、わざとやっているでしょう!」
「いいえ。時間調節は大変に困難な作業なのです、姫」
「そんな言い訳が2回も通用すると思って?!」
「今日は時間調節を間違えてばかりですが、普段見られない姫の姿を拝見出来ただけでも今日は良き日となりそうです」
「ウィーギンティ!!」
 ウィーギンティもどうやら人の子らしかった。


おしまい

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■司教×王女/ほのぼの

「忘れ物よ、ウィーギンティ」
 朝のひとコマ。仕事に向かう司教ウィーギンティに、とたたと小さな足音を立ててフィーリアが追いかけてきた。駆け寄ると、彼の背中にしがみ付く。
「振り返って」
 言われたまま、ウィーギンティは振り返る。その仮面の頬に、口付けが落とされた。身長差のある二人の事なので、勿論フィーリアは思い切り爪先立ちをしている。
「接吻(くちづけ)ですか」
 相変わらず抑揚の無い語り口でウィーギンティが尋ねると、うん、とだけ返事が返って来た。その時いきなり横入りしてきたのは、フィーリア付きの侍女のエクレールだった。ついでに、さりげなくウィーギンティとフィーリアを引き離す事も忘れない。
「なんという事でしょう! 姫様の口付けをいただいておきながら、ありがたがる仕草ひとつ見せないなんて! ものの価値の分からない殿方でございますことね!」
「私はありがたがっていますよ、侍女殿」
「それをもう少し態度に示しなさいと、私はそう申し上げているのです! 姫様が可哀想です!」
 ふむ、と少し考え込む仕草のあと、ようやく司教は口を開いた。
「しかし、態度には毎夜示しておりますゆえ…」
 フィーリアとエクレールは、一瞬きょとんとしたあと、同時に意味を理解して真っ赤になった。二人してわたわたと手を上下に動かし、軽くパニック状態になる。
「し、司教殿――ッ?!」
「ウィーギンティったら、突然何を言い出すのよッ?!」
「さて」
 敢えて含みを交えた口調で返せば、当然返ってきたのは…
「さて、じゃないわよ――ッ!!」
 …賑やかな朝は、まだしばらく続きそうだった。


おしまい


■あとがきという名の叫び
司教様万歳。「全ては人の子らの未来のために」。切実に同志が欲しいこの頃…。

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