約束があれば


 ぴたぴた、と。
 何か頬をつつかれる感触に、アンジェリークはゆるゆると目を覚ました。
 それでもしばらくは目の中に情報が入ってこなくて、ぼうっとしている。
 ああ、眩しいなぁ。とか。もう朝かぁ。とか。
 そんな事をぼんやり考えていると。
「起きろよ、いいかげんに」
 隣で少し不機嫌そうに、喋る声。
 聞き慣れたその人の声がいつも何だか不機嫌そうなのを、アンジェリークは知っている。
 それから、もっと色んな事も。
 …その大半は、昨日知ったのだけれど。
「…」
「お、目が覚めたな」
 昨日の事を思い出して、アンジェリークは急に覚醒した。
 そうだ、そういえば、昨日。
 深夜に起こった出来事を頭の中で反芻して、意志とは無関係に顔が赤くなる。
「…お、おはようアリオス」
「なーに恥ずかしがってんだか。今更だろ」
 そんな事言われたって、恥ずかしいものは恥ずかしい。
 シーツで慌てて顔を隠すと、見透かされていたみたいに再びシーツが捲られる。
「やだ、返してよ。隠れるんだから」
「嫌だね。お前の顔をもっと見てたいんだよ、だから顔を隠すなバカ」
「何でよっ。いっつも見てるただの顔じゃない」
「バーカ。お前は分かってねーなぁ」
「ばかばか言わないでよ……」
 しょんぼりして、ついにはアリオスに対し背中を向けふて寝し始めた。
 そんな子供っぽいアンジェリークに対し、アリオスはくつくつと笑うと背中から彼女に抱きついた。
 アンジェリークの背中にあたたかい彼の腹部がくっつく。
 肌と肌が直接触れ合う。まだ慣れない感覚に全身がそわそわするようだった。
「きゃっ…」
「もうあと数時間もしたらお前はまた女王として仕事に出るんだろ…外じゃ、俺はあんまりお前の近くにいられないから。こんな時くらいしかないんだよ、分かるだろ?」
 はっと、して。
 そうね、と小さく呟いた。
 もうすぐ自分は女王に戻る。
 彼はそれには付き合えないから。
 子供っぽいこと言ってる場合じゃなかった、と反省する。
「うん…ごめん。近くで、見て行って。私の事。片時も忘れたりしないでね」
「…当たり前だろ」
 くるりと振り返ってアリオスと顔を付き合わせると、有言実行と言わんばかりに彼が見つめてくる。
 その瞳が真剣すぎて、アンジェリークは茶化そうと思ったけれども言葉が出ない。
 何かが、欲しい。痛切にそう思った。
 愛しい人が隣にいなくても、ちゃんと立っていられる何かが。
「ね、…次はこうしていつ会えるかな」
「次? さぁな」
「約束が、欲しいよ」
 ぽんと飛び出た言葉。
 あとから納得する、ああそうか自分の欲しいのは約束なのだと。
「それがあれば、アリオスのいない時でも頑張れる気がする」
「そうだな……じゃあ来週の日曜日に、な?」
「うん」
「お前の子供っぽい習慣に付き合ってやるよ。ほら、手出せよ」
「?」
 訳も分からず差し出すと、アリオスはとても似合わない指きりげんまんをしてくれた。
「絶対だからね。破ったら針千本なんだから」
「お前こそ、トンズラこくなよ」
「するわけないじゃない」
 笑いながら彼の胸の中に自分の額をそっと当てた。
「約束だからね」

 それがあれば、あなたがそばにいなくても頑張れるよ。


おしまい


■あとがき
ここまで読んで下さってありがとうございました。
アリオスとの、はじめての朝。でした。
好きな人とそういう時を過ごしたからって、寄りかかるのは嫌なのです。
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