ふわふわと。さやさやと。
風が流れていく。
約束の地、大きな木の下で。
アンジェリークはアリオスとデート中だった。
まだそういう仲になって一月も立っていない所為か、彼といる全ての風景が新鮮だった。
二人は木の幹を背にして座り込んでいる。
彼とともに生きるのは、今後もたくさんの困難があるだろう。
彼は元々敵だった者である。良くは思わない者もいるだろう。
でも、きっとどんな困難も潜り抜けられると彼女は信じている。
ふと。
アリオスがアンジェリークの髪に手を伸ばしてきて、彼女は否応なしにどきりとする。
「ど…どうかした?」
「いや、お前髪伸びたなと思って」
言われて気付く。今や彼女の髪はゆうに肩の長さを越えていた。
アリオスが髪に触れてきて、どきどきしているのを悟られないようにわざと突っ張ってみる。
「当然でしょ。あれから何年経ったと思ってるの」
「3年か? そうだよな、あのがきんちょのメルが別人みたいにでっかくなってたもんな」
「私もメルさんにはびっくりしたけど…、そう、そういう3年なの。子供が大人になるのに十分な年月って事なのよ」
「そうだよな…」
アンジェリークの髪をいじり続けたまま、アリオスは納得する。
「3年もお前を放っておいたのか」
「そうよ」
3年も経てば、人間は変わる。
もう、この世にいない人は諦めよう。何度だってそう思った。
実際は忘れることなんか出来なかったけれど。この人を。
優しく髪を梳いてくれるこの人と、もう一度出会えて良かった。心からそう思う。
アリオスはただ優しく髪を梳く。アンジェリークは為すがままだ。
「3年か…お前の髪は伸びても、変わらないものはあるよな」
「変わらないものって?」
アリオスはアンジェリークの肩に手を置いた。
何かを確かめるみたいに。
「腕とか肩とか…この筋肉のなさ。何度もあの時見てたんだ」
「アリオス…私のそんなところばっかり見てたの?」
「茶化すなよ。そうじゃなくて、これで俺たちと戦ってたと思うとな……どうして俺たちはこんな細っこい腕の天使に負けちまったんだろうな?」
愛の力よ。なんて言ったらまた笑われそうな気がして、アンジェリークは押し黙る。
「なぁ、どうして俺たちは敵同士だったのにもう一度巡りあうことが出来たんだと思う?」
「運命、とか。奇跡、かな」
人差し指の先を顎に当てて答えると、アリオスは軽く嘲笑した。
「お前、そういうの信じる主義?」
「そうじゃないけど。そうでもしないと説明できないでしょ」
「俺はてっきり、俺のアンジェへの想いが俺をここに連れてきたんだと思ってた」
ぼっ。
いきなりにいきなりすぎる発言に、アンジェリークは顔に火が点いたかと思った。
彼の表情は真面目そのものだから余計にどきどきする。
「ア…アリオスも、私の事ずっと思っててくれたの?」
照れ照れしながら聞くと、まぁなという意外にもまともな返事が返ってきた。
「俺たちが会えたのは…運命だの奇跡だの、そんな分かりにくいものがそうしてくれたわけじゃない」
「うん」
「俺が、お前を愛してるからだ」
「…うん」
アリオスがそうだって言うんなら。それでいいよ。
私は私で勝手に奇跡だって思うから。
言葉には出さないで、ただ微笑みで彼の気持ちに応えた。
彼の手が。
肩を伝って徐々に上に伸びていき。アンジェリークの細い顎を捉えた。
「もう、離さない。お前をどこにも」
「…うん」
あなたと私と、二人の間にある奇跡を。
二度と手放したりしない。固く誓って、アンジェリークはアリオスに口付けた。
おしまい
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