小話


「アリオス、それ取って」
「ん」
 キッチンでの料理風景。アンジェリーク・コレットはただ今絶賛料理と格闘中だった。危なっかしい手つきでフライパンとフライ返しを装備中のアンジェリークは、両足を肩幅の広さまで広げた勇ましいスタイルでオムレツを作っていた。たかがオムレツ程度で、と笑い飛ばせる人間はこの場ではアリオスしかおらず、またアンジェリークの料理の腕が絶望的である事を身をもって知っているアリオスはにこりともしていなかった。
 アリオスは今回は徹底的にサブに回っている。料理中にアンジェリークに要らぬ手を出すととんでもなく怒られるのだ。ただ指示されるままに、塩を手渡す。
「それと冷蔵庫に入ってるでしょ。あれも取って」
「お前、何で冷蔵庫の中にコショウなんて入れてんだよ」
「いいから、早くして。きれいなオムレツにするのは難しいんだよッ?! ほらぁ、ぼさぼさしてるうちにたまごが固まっちゃうからッ」
 そもそも、オムレツを作る場合には先に塩コショウで下味を付けておくのが普通のような気がする。が、そんな当たり前の事実を述べてアンジェリークの機嫌を損ねたくなかったのでアリオスは黙ってコショウを手渡した。アンジェリークの機嫌が悪くなるととばっちりを受けるのは自分なのだ。思えば随分昔から彼女の機嫌を悪くしないようにと、そればかりを考えている。
「ほらよ」
「ありがとう。うーんと美味しいの、作ってあげるからね」
「期待しないで待つ」
「期待してくれて大丈夫だから」
「そんな事言って、先週俺に変なオムレツ食わせたのは誰だ?」
「やだなあ、何の事?」
 あくまでも朗らかに、アンジェリークは告げた。しかし、その目はどう見ても笑っていない。余計な事言うな、とその冷たい瞳が告げていた。反論するために開けた口を、しかし言葉の代わりに溜め息を吐き出すとアリオスは観念した。
「…。もういい」

 ごちゃごちゃと騒がしい日曜日の朝の9時。
 これが彼らの、いつもの風景。


おしまい



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