14.友人以上恋人未満


 二人の女王の管理に寄るものなのか、アルカディアは大概晴れだった。時折思い出したように通り雨が降る以外は概ね晴れている。多分、本当に雨を降らせるのを忘れているんだろう。アリオスの知る女王陛下はどちらもそそっかしそうだから。
 ここはそのアルカディアの中でもとりわけ緑の多い場所、約束の地。大きな木の根元に、一組の男女がいる。アンジェリークという名の女性と、アリオスという名の男性、どちらも見目麗しい。ひとりは聖獣の宇宙の女王にして、ひとりは元・記憶喪失の男性。彼はさらに、昔にはとある惑星の王子だった事もある。遠い過去の事だ。遠い過去で、二人は敵同士だった事もある。
 それらの暗い過去は失われて久しい。今の二人は、言葉にはしにくい関係である。恋人ではない。かといって過去を引き摺ったまま敵同士である…とは、言い難い。友情以上のものは芽生えつつある、とアリオスは目算しているが、それこそ想像に過ぎない。過去に面倒くさい色々があったからこそかえって次の一歩を踏み出しにくくなっているのだが。
 はっきりとはアリオスは今の自分の思いを告げていない。何となく匂わせるような発言ならば数知れずだが、この壊滅的に鈍い宇宙の女王が気付いた試しは無い。しかし、守護聖たちとの深い関係は無さそうだ。でなければ、約束の地なんて僻地にひとりきりでやってくるものか。いつ取って食われても文句は言えない程、約束の地はアルカディアの中心からは離れている。彼氏がいるのだとすれば、こんな所にまでのこのこ訪れる真似はさせない筈だ。
 心の中でほくそえむ。毎度ここで会う辺り、全くの脈無しではないのだとアリオスは信じて、今日もアンジェリークと会うのだ。

 二人は示し合わせたように約束の地でいつも集まる。
 「また来週に、ここで」なんて野暮な事はどちらも言わない。けれど心を読みあうようにいつも同じ時間・同じ場所で出会う二人。別れる時だって「またね」の一言きりだ。それでもお互いに次会うのはいつか、ちゃんと分かっている。
 アリオスは隣にいるアンジェリークを見遣った。聖獣の宇宙の女王は今日も元気そうだった。大変な仕事でここに来ているだとか話半分でアリオスは聞いたけれど、そんな大層な役目を背負っているとは思えない程今日も今日とてアンジェリーク・コレットは朗らかだった。
「元気そうだな」
「だって、そりゃあ…アリオスに元気じゃない顔なんて見せられないもの」
 まるで無理矢理元気を出しているかのように彼女は言うけれど、けして空元気なようには見えないし、自惚れるのならばアンジェリークはアリオスと会うのが心の底から楽しくてならないといった風情なのだ。
「無理すんな、何でもいいけどよ」
「うん、無理はしてないよ」
 アンジェリークはにっこりと微笑んだ。思えばこの笑顔にほだされてしまったのだとうんざりした顔でアリオスは髪をかきあげた。
 アンジェリークは彼のそんな様子に気付いた様子もなく、永遠と続く花畑から花を一輪抜き取り、鼻に近づけて匂いを嗅いでいる。
「いい匂い」
 そのほのぼのとした様子に、アリオスは目を細めた。そうやって花とともにあるアンジェリークは天真爛漫で。言い換えれば、とてもじゃないけれど宇宙の女王とは思えないわけで。威厳や、その他女王らしさの無い隣ののんびり屋を見遣って、アリオスは溜め息をついた。
「お前、本っ当に楽しそうだよな」
「うん、楽しいよ毎日。…それがどうかした?」
「お前の人生、傍から見てても一難去ってまた一難的波乱万丈人生なのに、よくそうやって呑気に笑ってられるよな」
 自分が言える事では無いけれど。その「一難」の中にレヴィアスとかいう人物による宇宙の侵略も、勿論含まれている。そして今起こっているというアルカディアの異変。一般人であるアリオスは関われないから、詳しくは聞いていないけれど。女王たるアンジェリークの今回の大きな仕事というのが、このアルカディアを救う事だとか。こんな呑気な女王にまかせて本当に大丈夫なのかという気もする。出来れば手伝いたいが、それは一般人には難しいだろう。
 アリオスが出来る事といえばこの約束の地に来て、時々アンジェリークと会い、彼女の愚痴を聞いてやったり昼寝に付き合ってやる事ぐらいだ。
「たしかにそれはそうだけど…、でも、毎日楽しいよ、みんな傍にいてくれるし」
 にこにこ笑顔で返事したアンジェリークだったが、ふとその眉間に皺が寄った。「ねえ、ちょっと呑気ってどういう」それを片手で制して、アリオスは自分が主張したい事を優先した。
「『みんな』?」
 どうしてそこに突っかかるのか分からない、と言いたげな表情で首を横に傾けるアンジェリーク。きょとんとしているのを横目に、アリオスは溜め息をついた。正直頭痛もする。
「そう、みんな」
 そうじゃねえだろ。なんで「みんながいてくれるから頑張れるけど、特にアリオスが隣にいてくれるからはりきってお仕事出来る」って言えないかな、こいつは。と口には出さずぼやいた。
 ハア、ともう一度大層な溜め息をつくアリオス。
「お前は一体、いつになったら気付くんだろうな」
「何の話?」
「…このニブチンめ」
「もう、何よ! 全然分かんないわよ!」
「…」
 ついに逆切れまでしだすアンジェリークに、心底呆れ果てアリオスは深い溜め息をついた。
 ここまで言ってまだ分からねえのかよ。一体どう言ったらお前は気付いてくれるんだ。と叫んで行動に出てしまいたい衝動をぐっと飲み込む。
「あ、分かった」
 アリオスが我慢している事など露知らず、アンジェリークはぽんと手を打った。
「何がだよ」
「アリオス、あなたいじけてるのね?」
「…はあ?」
「『みんな』なんて言うから、自分が入ってないんじゃないかと誤解しちゃったのね? …大丈夫よ、勿論アリオスのおかげでもあるんだからね。私が今頑張れるのは、アリオスのおかげでもあるんだよ」
「…」
「だからいじけないで。ね?」
 なぜか誇らしげに胸を反らし、アリオスの肩をぽんぽんと叩くアンジェリーク。
 ここは怒鳴るところなのか、呆れるところなのか。どちらもタイミングを逃してしまって、ただアリオスはいつものように「クッ」と苦笑した。
「本当にしょうがねえな。俺の女王陛下は」
 先程まで怒っていた事もころっと忘れ、アンジェリークはアリオスの言葉を訂正した。
「女王陛下、より天使の方がいいな」
「へーへー。俺の天使様」
「うん!」

 仕方ないな、と呟くしかない。
 どうせ勝てない。どれだけ呑気でもぼんやりでも、結局自分が折れてしまうのだ。惚れた弱みか、と思う。こちらの想いに気付いてもらえず、じれったい気持ちをどれだけ抱えていても、結局怒りを抑えて彼女の傍についていてしまうのだ。
 今は、まだ。この鈍い女王陛下が気付かなくとも、良い。友人以上恋人未満の、温い関係を続けるのだって悪くない。それで彼女が笑っていてくれるのならば、もう何だっていい。

 けれど。
 いつかはきっと、この関係を終わらせてみせる。

 アリオスはその決意を固め直すと、早速考えを巡らせ始めたのだった。


おしまい


■あとがき
「アンケートついでにリクエスト企画(2007年2/15〜3/15)」の第三弾。
リクエスト「アリ→コレのお話」でした。いつも女性からの矢印ばかり書いてきたので新鮮でした。
「アリオスの気持の一方通行」を意識しすぎてアンジェリークがややお馬鹿さんになってしまったのが…(汗)
でもきっと、この先にあるのは幸せな両思いですよねv
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