22.お薬


 帰宅後、どれだけ念入りにうがいや手洗いを慣行しても、ビタミンCを摂取しても、防げない時があるこの病気。睡眠不足はお肌の敵でもあるからと早めに床につく事を心がけ、また適度な運動も部活でこなしているというのに、来るものは来てしまう。
 風邪。
 春日望美、17歳。この彼氏持ちの女子高校生は、現在風邪で寝込んでいた。部屋で寝込む望美を看病しているのは、当の彼氏の白龍である。過去に色々あった末深い仲になった二人だが、今回その話は差し当たって重要ではないので割愛。
 ともかくも、朝から37度程度の熱に浮かされている望美は、白龍に傍にいてもらいたくて彼にSOSを送り、来てもらったというわけ。風邪などこれまで引いた事がなく、また看病もした事がない白龍は望美の指示に従って飲み物やら喉飴やらを買い込んだ上でやってきた。
 日曜日の朝。本来ならデートをする筈だった日曜日。約束は違う形で果たされる。

「望美、大丈夫?」
 部屋に入ってきて開口一番に白龍が告げた一言がそれだった。
「うん、大丈夫。熱っぽいだけだもの」
「そうか、…何か食べる?」
「ううん、今はいいや」
「じゃあ何か飲む?」
「ううん、それもいい」
「…」
 白龍は困ったように目を伏せた。
「私に…何か出来る事は、無い?」
「今は、傍にいてくれるだけで十分だよ」
「うん」
 こくりと頷いて。白龍は望美の寝入るベッドの端に座った。ふと気付いたという表情で、白龍は何の気なしに突然望美の額に触れた。
「わっ、白龍、…」
「やっぱり熱いね」
 白龍の掌はとても心地いい。甘えるように、望美は目を閉じた。心なしか触れられる前よりも頬が熱くなっているように感じるけれど。
 白龍の落ち着いた声音が、だるさの残る体に染み渡っていく感覚を覚えた。
「そういえば、ヒノエが昔言ってた。望美が風邪でも引くような事があれば、うつしてもらえば治るって」
「…ヒノエ君たら…」
 あの人らしい。白龍に余計な知恵をつけさせた事に関しては、文句もあるけれど。懐かしい顔を思い出して望美の顔はほころんだ。思えばあれから随分と月日が経ったものだ。
「望美、私に風邪をうつして。すぐに楽になるから」
 冗談を真に受けて、ひどく真剣な顔で望美ににじり寄る白龍。どうやったら風邪がうつるのか、それも知らないくせにうつせうつせと強要する彼がいじらしくてならない。
「だめ、そんなの。私が治っても、白龍が風邪引いたら意味無いでしょ」
「…嬉しい。気遣ってくれるんだね」
「う、うん。まあ」
 それは嬉しそうに微笑む白龍。何だか論点がずれているような気もするが、白龍が笑ってくれたのが嬉しくて、望美もつられてしまった。
「でも、私も一度風邪を引いてみたい」
「そうやって羨ましがるけど、風邪なんて体だるいし、動けないし、節々痛いしいい事なんてひとつも無いよ」
「うん、望美がつらそうだからいい事じゃないのは分かる。でも、私は人間の形を取ったのがこの前の話だから…人間らしい事なら、何でも取り入れたい。何でも体験してみたい」
「そうか、神様は風邪なんて引かないもんね」
 白龍の向学心の高さには舌を巻く。しかしこうでなければこの現代で生きていくのは難しかっただろう。元が純粋で飲み込みも早いだけに、この世界に慣れるのも早かった。これが九郎ならば10年経ってもまだあの頑固さで馴染みきれてないだろう。
 望美の言葉を了承と取ったのか、白龍の続く言葉は完全に風邪をうつしてもらう気満々だった。
「じゃあ、私に風邪をうつしてくれる?」
 にじり寄る白龍に、望美は慌てて「ストップストップ!」と呼びかける。が、彼がそれを聞き入れた様子は無い。ベッドの中では逃げるにも限界がある。ベッドの端に座っていた筈の彼が、気付けば望美の上に馬乗りになっている。これはまずい。望美はだらだらと冷や汗が出てくるのを感じた。
「うつしてもらうってったって…どうやってうつしてもらうかなんて知らないでしょ?」
「知ってるよ。ヒノエに教えてもらったから」
 言うが早いか、白龍はあっという間に望美の唇を奪ってしまった。掠める程度の口付けでも、望美の心臓をばくばく言わせるのには十分だった。
「〜〜〜〜っ!!!」
「早くうつらないかな。あ、もっとした方がうつりが早いかな?」
 望美がどきどきしたまま、何も反論できないでいるうちに何度も何度も唇を重ねる白龍。一体どこで覚えてきたのか(ヒノエか将臣辺りの入れ知恵である事は明白だが)ふとした弾みで空いていた望美の唇に彼は舌を差し入れ望美の舌を絡め取ってきた。逃げても、逃げても、追いかけてくる。
「ん…っ」
 白龍の手がさりげなく望美のパジャマの隙間に入り込もうとしている。
「あっ、ちょっ、…んっ」
 同じ屋根の下に両親もいるのに、これ以上の行為には及べない。白龍の熱い指先に従ってしまいたい衝動をどうにかこうにか抑えて望美はその手を振り払った。
「もう、白龍っ!!」
「あ…ごめんなさい…」
「もう…」
 大体、途中から風邪をうつすための行為じゃなくなってたじゃない。目を吊り上げて怒ろうとしたが、一喝した途端に彼が見せたしゅんとした表情に、振り上げた拳も止まる。何だか怒っている方のが罪深く感じられて、望美は握り拳をこつんと白龍のおでこに当てる程度で済ませた。
「だめよ」
「うん」
「大体ね。風邪をうつして治しても、私は嬉しくない。その所為で白龍が風邪になるんなら、私が寝込んでた方がずっといいよ」
「うん、分かった。でも、…もし…今ので望美の風邪が治って、私が風邪を引いてしまったら、望美は傍にいてくれる?」
 ははあ、それが目当てか。長い会話の末、彼が意図する事に気付いた望美は、込み上げてくる笑いをしかし何とか堪えた。白龍はきっと真剣に訊いているのに、笑ってしまったら可哀想だ。それでも口許が緩んでしまうのは止められない。
 望美に看病されたいと願う白龍。それはきっと、今の望美が白龍を呼んだのと同じ気持ちで。
「何かの本で読んだんだ。風邪を引けばみんな優しくしてくれるって。甲斐甲斐しく世話を、焼かれてみたい。望美に」
 いつもそうしてる気がするけど。とは言えずに、望美は少しだけ体を起こして白龍に手を伸ばし、その頭を撫でた。白龍はなでなでされるがままになっている。彼は僅かに頬を赤らめると、もう一度だけ尋ねた。
「望美は、私が風邪を引いたら看病してくれる?」
 小首を傾げる、いつものちょっと子供っぽい仕草でそう乞う白龍。これに弱くて、いつもしょうがないなあと呟いて、そして負けてしまうのだ。

「そうだね、病気の時に好きな人に傍にいてもらえる事が、一番のお薬だもんね」


おしまい


■あとがき
ここまで読んで下さってありがとうございました。
白望萌え。可愛い!
白龍が風邪を引いたらデレデレと世話を焼いてあげたいものです。
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