3.いじわる


 うららかな日差しが心地良い、平日の真昼。
 うだうだとアリオスとアンジェリークは窓辺でお喋りをしていた。昼間から、女王の執務室で大胆な職務放棄である。執務室で二人きりの時間を過ごせるのも、一体どれくらいかはっきりとは計算出来ない程久しぶりの事である。遠い惑星からの仕事を片付けたアリオスの、今日は1ヶ月ぶりの帰還なのだった。来週になればまた遠い所に行くと、少し聞いた。
 だから、今日は一切の仕事をしない、と前々からレイチェルには告げてある。そして誰もここには来ないよう、強く言い含めてある。
 今日だけは、誰にも邪魔させない。
 今日だけは、アリオスはアンジェリークだけのものなのだ。彼を思い切り独占している事に心から満足しつつ、アリオスの腕にそっと自分の腕を絡ませて、アンジェリークは窓の外を見た。仲睦ましい二人を祝福するかのように、外はからりと晴れている。
「平和ねえ…」
「そうだな」
「あ、そういえばね、聞いたかな? あのね、…」
「ああ」
「それからあの話! もう笑っちゃうの、あのね、レイチェルってばね」
「…ああ」
「アリオスがいない間にも色々あったのよ。あ、そうそうアリオスがいないと言えばあの話よ! 帰ってきたら言わなきゃって思ってたの。エンジュってばね…」
「…ああ」
 お喋り、と言っても。アンジェリークが喋っているばかりで、アリオスは殆ど相槌係なのだった。聖地に篭りきりといっても事件ばかりのアンジェリークの日常に、耳を傾けるアリオスも、何となく口元が綻んでいるようにアンジェリークには見受けられる。
 なんといっても一月ぶり。アンジェリークにとっても話したい事は山積みだった。どんなに面白い事があっても、それを聞かせたい人がいないのでは話にならない。
 ぽーっと窓の向こうの庭を二人で眺めながらぺちゃくちゃと(アンジェリークが一方的に)話していたところ、突然そこに闖入者が現れた。
「あ、誰か来た」
 呟く。アンジェリークの視線の向こう。白の中庭。桜の木の下に、誰かがやって来た。
 その大柄で派手な守護聖の姿を認めて、アンジェリークは唸った。
「あの人だったのね…」
「あいつ…? レオナードがどうかしたのか」
 アンジェリークの口調のテンポの明らかな下がり方に、アリオスは問うた。
 彼は窓の向こうでイチャイチャしている二人に気が付く事も無く、中庭を素通りしていく。エンジュとのデートに向かうのかしら、とぼんやりとアンジェリークは推理した。
「うん、…ちょっとね」
 いたのは光の守護聖・レオナード。聖獣の宇宙の首座の守護聖でもある。元はバーテンダーでもあり、今はエンジュと怪しい仲になっているとかいないとか。アンジェリークは噂には詳しくないからよくは知らないけれど、レオナード自身がエンジュとの仲を既成事実にするためわざと流した、というような話も聞いた。
 だとしたらやっぱりちょっと、なのだ。
「ちょっとね、じゃ全然分からねえよ」
「だから、本当に何も無いってば」
 慌てて手を振って否定すると、余計にアリオスの表情は渋くなった。
「お前、まさか」
 と、アリオスは急に声のトーンを下げた。
「あいつに何かされたんじゃ無いだろうな?」
「何かって何?」
 きょとん、として小首を傾げてみせれば、慌ててアリオスは手を振って「気にするな、失言だった」と告げた。
「何でもねえよ。俺の早とちりだ。…で、何だよ。はっきり言えよ、お前らしくも無い」
「うん…じゃあ、正直に言うけど。あのね。レオナードさんの事で、相談があるの」
 自然と上目遣いで、アンジェリークはアリオスに懇願してみせる。
「何だ。あいつをやめさせでもしたいのか」
 確かにレオナードは守護聖の自覚に欠けるところがあって、そういう意味ではやめさせたい気持ちも無いわけでもない。ゼフェルのように執務から逃げ出しては街に遊びに行っている彼にレイチェルが注意をする事も度々だ。けれど、本気の気持ちで接すれば分かってくれる筈だと、アンジェリークは信じている。だからアリオスの質問に対する答えは否、だ。
「違うわよ。茶化さないで。…あのね。怖いの」
 アンジェリークの真剣な瞳にようやく気付いたのか、アリオスの目から笑いが消える。
「何が」
「あのね。…レオナードさんが怖いの」
「…はあ?」
 彼の目から笑いが消えたのは、結局ほんの数秒だけだった。彼はいつもの通り、人を小馬鹿にしているとしか見えないあの表情で口の端を吊り上げた。
 だって、とアンジェリークは顔を真っ赤にすると主張した。レオナードに対する気持ちは不満ではなくて、単純な恐怖。前からアリオスに言いたくて、聞いてほしくて仕方なかった事が一気に全部弾け飛んだ。
「だって…あの人。口調も荒っぽくて。警察に捕まってた事もあるんでしょ? 睨むみたいに見られて、いつも怖いんだもん…」
 目的のためには手段を選ばなさそうなところも、苦手だ。
「馬鹿だな、お前。女王なんだからしゃきっとしとけばいいんだよ」
「そんなの無理だよ…怖いもん。背だって高いし、結構ムキムキだし、私なんて一捻りっぽいし。いつもぎらぎらしてて…怖い」
 と一通り主張すると、返って来たのはあっけない返事だった。アンジェリークが望んだ同意でもなければ、アンジェリークはむくれるような反対意見でもない。
「あ? お前、ホントの馬鹿か? ここにもっとぎらぎらしてる男がいるじゃねえか」
「ん?」
「俺だよ」
 アンジェリークには、アリオスが何を言いたいのか理解出来ない。レオナードに比べれば、まあ、素行の悪さでは似たり寄ったりだが、少なくともアリオスは彼ほどの圧迫感は無い。
「アリオスはぎらぎらしてないもの」
「…なら、お前に分からせてやるだけだな。俺がぎらぎらしてるって」
 アリオスはそう言うと突然アンジェリークの唇を奪った。
 アリオスの熱い瞳の中に吸い込まれてしまったようで、アンジェリークは何も言えなくなる。ぎらぎらしてる、なんて。そういうつもりで言ったのでは無かったのに。
 アリオスの唇は熱くて。思えばどれくらいぶりのキスだろう。
 考えてみれば、…アリオスだってぎらぎらしている筈なのだ。キスだって久しぶりで、アンジェリークだって胸がきゅうっとなるくらいなのに、それ以上のものがしたいと望むアリオスが、ぎらぎらしない筈がない。
 アリオスに優しく耳たぶを甘噛みされて、アンジェリークは「やっ」と小さく声を上げた。既に頬が熱くて、心臓もどきどきばくばくで、けれど抵抗する事は叶わない。
 …否、抵抗する気なんて無い。
「んっ…アリオス。いじわる、しないで」
「バーカ。どこの世界に、宇宙の女王様に意地悪する男がいるんだよ」
 再びアンジェリークの元に降りてきたのは。

 いじわるな、甘い口付け。


おしまい


■あとがき
ここまで読んで下さってありがとうございます。
バカップルです。こんなに馬鹿っぽいやりとりを書くのも久しぶりです(笑)
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