31.おやすみ


「…ルヴァ様?」

 とんとんと、地の守護聖・ルヴァの執務室を控えめにノックする。けれどいつまでも返事が無いので、痺れを切らしたロザリアはおそるおそる扉を開けた。一人前のレディを自称する身としては、返事の無い殿方の部屋に入るのに躊躇いはあるけれど。
 そうも呑気な事を言っていられない事情が、こちらにもある。

 本日は7月12日。
 何を隠そう、こののんびり屋の地の守護聖の誕生日なのだった。

 女王試験中なのだから、あまり浮き足立った行動に出られないのも事実で。しかしロザリアは彼のために何か出来ないかと随分前から考えていた。あまりにはしゃいでみっともない真似はしたくなかったし、アンジェリーク辺りからからかわれるのも不快に思ったから、本当に些細ではあるけれど。
 悩んだ末、ささやかな誕生日プレゼントを用意した。ブックカバーと、それと揃いの柄の栞だ。もっと気の利いたものをプレゼント出来れば良かったのだけれど、過度なプレゼントを贈ったところであの人が喜んでくれるとも思えなかった。
 値段は気持ちじゃない、と教えてくれたのはルヴァだった。今まで深窓の令嬢らしく金については使えば使う程素晴らしいものが完成すると信じていたロザリアに優しく諭してくれた、その一言はロザリアの運命を変えたといってもいい。目から鱗が落ちたような気持ちで、その日以来ロザリアの視線はルヴァを追い続けているのだった。

「あっ…」

 扉を半分だけ開けたところでロザリアの手が止まった。声を上げかけて、自分で自分の口許を塞ぐ。ルヴァはそこにいた――けれど、無防備に机の上で寝入っていた。ロザリアが上げたかすかな声にも全く反応する事無く、机の上に書類を撒き散らしたまま夢の世界に旅立っている。右手にペンを持っているところから、何か書類を片付けている最中に意識を失ったと考えていいのだろう。
 なんとみっともない。これがマルセルやゼフェル辺りならそう叱責してすぐに叩き起こすに違いないのに、どうしてかルヴァ相手だとそれが出来なかった。多分夜遅くまで読書をしていたか何かで睡眠不足なのだろう。彼の自業自得とはいえ、それを思うと起こしてしまうのが不憫で、ロザリアはその場に立ち尽くしてしまった。
 どうしたら良いのかしら。
 ただただ困惑する。誕生日プレゼントを渡して、誕生日おめでとうと言いたいだけなのに。けれど起こす事は叶わない。
 処置に困って、机の端に、ことりとプレゼントの箱を置いた。ロザリア・デ・カタルヘナからの贈り物である旨のメッセージを添えてあるから、おめでとうの言葉はあとからでも、今日中であるならば何とかなる。本当は別に言いたい事もあったけれど、それも今でなくても良い。すぐ近くで子供のような寝顔で眠っているルヴァに微笑みかけると、ロザリアは小声で呟くのだった。

「お誕生日おめでとうございます、ルヴァ様。…お慕い申し上げておりますわ」

 最後の一言は熱に浮かされるように。今は、まだ。本人に届かなくても良い。今の時点ではまだ、この気持ちを温めていたいから。いつもはかつかつと響かせるヒールも、今日は殊の外ひっそりとさせてロザリアは執務室から出て行った。扉を閉める直前、優美な微笑みでロザリアはまた呟くのだった。

「どうぞ良い眠りを。…おやすみなさいませ」



 ぱたん…。

 その音が届くのとほぼ同時刻にルヴァはぷはっと息を吐いて起き上がった。今さっき聞こえてきた言葉が信じられなくて、夢かと思って何度も頬を抓った。…痛い。これはどうやら現実のようだった。

「ど、ど、どうしましょうねー」

 どうしてよいものか、見当も付かずにわたわたと両手を動かす。
 まさか途中から起きてしまっていたなんて言えない。途中から起きてしまったものの、何だか起きるに起きられない状況のようで、とりあえず目を閉じたまま臥せっていたのだが。先程聞こえて来た言葉は幻聴ではなくて、本物のようだ。あわあわとみっともなく混乱する自分を抑えられなかった。ついでに赤面するのも。

「で、でもほら。ロザリアのあの言葉は、師弟愛みたいなものなのかもしれませんしねー。ほら。私は彼女と比べると随分と年上ですし…。きっと普段から色々教えてあげているのに対しての感謝の言葉なんですよー、きっと」

 誰に向けての弁解なのか自分でも分からないままに、とにかく言葉を並べ続ける。でなければ、恥ずかしさで自分が破裂してしまいそうだった。

「えっと、折角ですからねー、開けてみましょうかねー、ロザリアからのプレゼント」

 そんな事より追い掛ける事の方が先だと急き立てる自分の声もある。けれど、今会いに行ったらそれこそ自分は何を仕出かすか分からない。しかしリボンを丁寧に解いて、そこから出てきたカードとプレゼントにルヴァは息を飲んだ。すっかりルヴァの好みそのものであるプレゼントもそうだが、そのカードの文字に。その流麗な文字にルヴァはほけっと見入っていたのだった。たかだか17歳かそこらの女子高生の書いた文字にしては、あまりにも美麗で繊細。
 …レディそのもの。
 いつしか彼女を候補としてではなく、ひとりの女性として感じていた自分の姿を思い返した。その時感じた思いと、似た感情が今心臓の辺りでとくとくと生きている。
 分かっている。ロザリアが言ってくれたあの「お慕い申し上げています」という言葉。あれが真実でなくて、何なのだ。精一杯の勇気を振り絞って言ったであろうあの一言。あの語尾が震えていた事に、ルヴァが気付かないわけもない。それを自分勝手な理論で「師弟愛」などと解釈して。師弟愛ならば、こんなタイミングで言うものか。
 …自分は馬鹿だ。ひとりのレディがこんな自分に心を寄せてくれているというのに。
 ルヴァは立ち上がると、片手で握り拳を作った。自分なりの決意表明のつもりだった。

「…もう、気持ちを眠らせてる場合じゃ、無いみたいですね」

 寝ている場合ではない。今までこの思いを自分の中で誤魔化して、無理に眠らせてきたけれど。自分のような冴えない男と貴族令嬢だなんて釣り合わない、だとかそもそも自分は守護聖で彼女は未来ある立場なんだから、だとか年の差がありすぎてきっと上手く行かないだとか付き合ってもいない癖に後ろ向きな発想をして。真剣に自分の思いと向き合わず、言い訳ばかりを連ねて目を背けて来た。けれど、どうやらその気持ちを目覚めさせ、彼女に伝える時が来ているようだった。
 今すぐ、会いに行かなければ。
 今度は自分が思いを告げる番なのだから。


おしまい


■あとがき
ここまで読んで下さってありがとうございました。
「ルヴァ様誕生日企画2007」に投稿したものを、加筆修正しました。
初挑戦のルヴァロザでした。ロザリアはリモージュよりコレットより乙女なのが私の解釈です。
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