45.ただ、呟いただけ


 からりと晴れた、雲の無い空。ついでに爽やかな風。加えて快い太陽。
 これ以上は無いという良い天気だったが、それとは反比例するように望美の気分は最悪だった。
 朝からどうにも、調子が悪い。と軽い頭痛と眩暈を覚えて、望美は頭を押さえた。
 実は今日は、非常に運の悪い事に生理2日目なのだ。異世界に来ようが白龍の逆鱗を使おうが定期的にやってくるものはやってくる。溜め息をついたところで、体調は良くはならない。
 それでも、前へ進まなければならない。白龍の神子として、自分に課せられる役目を果たさなければならない。
 朝ご飯が終わり、さて出発しようという頃合になって。朔や譲に言われて、望美はふらふらしながらも何とか立ち上がった。その時、望美のふらつく体を、しっかりと支えてくれた人物がいた。
「あ…、ありがと、ごめんね、白龍」
 今にも倒れこみそうな望美を、白龍の心配そうな眼差しが守っていた。淡い瑪瑙色の瞳に、ふと吸い込まれそうな自分を覚えた。
「神子、どうしたの? 気が乱れている」
「あ、うん。ちょっとね。…ごめん、大丈夫だよ」
 まさか好きな人に「生理2日目だから」なんて口が裂けても言えない。彼は厳密には人ではなく神だが、望美にしてみれば同じ事だ。
「願ってくれれば、苦しいの消せるよ」
「ううん、いいの。どうせ今消してもらっても、来月また痛むだろうし…」
「あら、望美ったら月のものが来ているのね」
 横から、話を聞いていた朔が入り込んできた。
「運が悪かったわね」
「仕方ないよ。こればっかりは」
「そうね…」
 尋常でなく望美の顔色が真っ青なのに、朔はしばらく困ったように頬を手で押さえていた。
「…思った以上に顔色悪いわよ、あなた。でも、今日は休むわけにもいかないし…どうしたものかしら」
「私なら大丈夫だよ、朔。心配してくれてありがとう」
「大丈夫と言われてもね…あなたに何かあったら大変だし…」
「朔は心配性だなあ。私なら大丈夫だよ」
 強がって、白龍から離れてその場でくるくると動いてみせた。…直後に襲ってくる眩暈。どうやら今日は本当に安静にしてるべきのようだ。目の前がちかちかするのを、望美は気付かない振りをしてやり過ごした。
「全然、大丈夫そうには見えないのだけど」
「気のせい気のせい」
「…」
 朔は眉間に皺を寄せると、振り返って白龍にとんでもない提案をした。
「白龍、あなたさえ良ければ望美をおぶっていってもらえないかしら」
「さ、朔?!」
「だってあなた、とても歩ける状態じゃないでしょう」
「そ、そりゃあ…まあ…」
 このまま歩き続けて途中で貧血のために気でも失ったら事だ。けれど、でも、それにしたって。白龍は望美の困惑を知ってか知らずか、望美を見てにっこりと笑ってみせた。
 …絶対分かってない。
「そうだね、私の神子は、私が守る。でもその前に」
「その前に?」
 白龍は望美に近付くと、その手をぎゅっと握った。望美の両手は白龍の温かくて大きくて骨ばった男の人の手に覆われる。何、と尋ねる前にやってきた清浄な感覚に、望美は目を細めた。気分が朝よりずっと良くなっていく。視界がきりりと晴れていき、頭が冴えていく。
「…これは?」
「神子に、私の気を分けたよ。少しは楽になったかな」
「うん、とても。嬉しいよ、ありがとう。…でも、白龍は気を分けたりして大丈夫なの?」
「私なら、大丈夫。そんな事より、神子にさわれて嬉しい」
 ヒノエ辺りが「役得」というところを、白龍が表現したらこうなるのだ、と望美は理解した。
「あらあら、あなたたちって本当に仲良しなのね」
 僅かにからかいの色を含んだ朔の発言。言われて気付く。白龍とは手を握ったままだった。白龍は手を離そうともせずに、あっさりと肯定した。
「うん。私と神子は、一心同体。二人で一人だから」
「まあ。少し妬けるわね」
「二人とも…っ! そ、そんな事より、白龍、乗っけてもらってもいいの?」
 無理矢理に話題を転換させる。白龍はそれに気付いた様子も無く、ん、と軽く頷いた。
「うん、それが神子の願いなんだね。私は神子の龍、あなたの願いを叶えるよ」
 その場でしゃがむ白龍。改めてよく見ると、その大きな背中が目についた。大きくて、適度にがっしりしていて、温かそうな背中。あの背中に自分が頼ってしまうなんて、触れるなんて照れ臭い事この上ない。
「さあ、乗って。神子」
「う、うん…」
 体調が悪いのは本当。白龍の神子として、倒れてはいけないのなら体力を温存するのも正しい選択。自分は間違ってない。こんな時くらい、甘えてもいいよね。と自分に言い訳しつつ乗る。言い訳でもしなければ、背中に乗るなんて行為恥ずかしくてやっていられない。
 白龍が立ち上がると、途端に視界が高くなった。いつもとはかなり違う視線に、少し戸惑いを覚えた。
「白龍の視線は空が近いんだね」
「私も体積が増えた時にまずそう思ったよ」
 実際におぶわれてみれば、白龍の体温は、自分のそれより幾分高くて落ち着く。
「白龍の背中は、あったかいね…」
「そう? …神子の気が、ちょっと落ち着いた。良かった」
「大丈夫そうかしら?」
 不安そうに尋ねる朔に、白龍は言った。
「このままおぶっていけるよ。出発しよう」

 白龍におぶわれていく神子に、八葉は度肝を抜かれていた。特に譲の驚きようと言ったらなかった。それでも白龍が平然と歩き、また望美もある程度は平気そうな態度をしているのに、誰も何も言えなくなってしまったようだった。
「白龍、大丈夫? 重たくない?」
「うん、平気だよ。気に掛けてくれるなんて、神子は優しいね」
「優しいというか、まあ…」
 返事は曖昧にぼかした。いつも彼は微妙に論点がずれている。こちらは気に掛けたというよりも途中で望美の重さに白龍が疲れてしまわないか、そちらを心配しているのだ。が、人ひとり背負っているとは思えない軽快な足取りで白龍は歩を進めていく。いつもの歩き方と、何ら変わらない。
「…この大きな体があれば、神子の気が乱れていても解決出来るのが、嬉しい」
「そうだね。小さいままだったら、おぶって歩くなんて無理だったもんねえ」
「うん。大きくなれて良かった。小さい時の私は、無力に等しかったから。…だからあの時、神子が私の事を大きい方がいいと言ってくれて嬉しかった。同じ気持ちでいてくれた事が、とても」
 彼が大きくなってくれなければ、今頃こんなにどきどきする事もきっと無かった。それが嬉しい事なのか、困った事なのか、今は分からない。けれど。
 ゆらゆらと動く彼の背中。服越しに感じる肌と熱。頭痛はいつしか消えていた。
 望美は小さく呟いた。
「大きくなった白龍の方が、ずっと素敵だよ。…」
「? 神子、何か言った? 声、小さすぎて聞こえなかったよ」
「ううん、ただの独り言」

 私もあなたの事が大好き、とただ呟いただけ。


おしまい


■あとがき
ここまで読んで下さってありがとうございました。
四章の「白龍の純粋な愛情」で落ちた私としては白龍(大)を推奨。てなわけで、白龍は大きい方がいいよね話。
白龍のボリュームたっぷりな髪の毛は気にしないで読むのが正解。(笑)
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