悩みの種


 望美にとって今一番頭の痛い事は、彼氏の白龍の事である。
 付き合う前から知っていた事だが、改めて考えてみるに彼には本当に常識だとか社交辞令だとかいう言葉やその意味を知らない。昔、遙か時空の彼方で神として存在していた時分にはそれも仕方ないと諦めていたが、彼が人間として現代に存在する事を選んだ以上、知っておいてほしい事もある。いつまでも無邪気な子供のままではいられない。望美が彼を子供のままにしておきたくとも、世間がそうはさせないだろう。

 白龍をこちらの世界に連れて来て、半年が経過しようとしている。彼はまだまだ自分が力の無いただの人間になった事に慣れないのか、いつかそうしていたように未だに望美の傷を舐めて治そうとする。白龍が真の意味で人間になるのにはまだまだ時間がかかりそうだった。
 いつもの休日を、いつもの人と過ごす。一般的にはデートと呼ばれるのだろうけれど、まだはっきりとデートだと口にするのは恥ずかしいものを感じる。望美はいつものように白龍と手を繋いでショッピングに出掛けた。行くのは、望美のお気に入りのブランドのショップだ。望美好みの洋服を散々眺めたあと、望美は気に入った白いスカートを試着してみる事にした。ふわりとした、涼やかな一着。試着したあとどのように白龍が褒めてくれるか、実はそれも楽しみのひとつ。どうせ望美が何を着たところで「私の望美が一番素敵だ」とか「望美は素敵で…天にも昇る気持だよ」だとか周りを溶かす程の甘ったるい褒め言葉しか言わないと分かっていても、それはそれ、望美のなけなしの乙女心だった。

「じゃあ、試着して来るから。白龍はここで待っててね」
「え…?」
「え、って何よ?」
「私も一緒に行きたい」
「ダメ」

 いくらこの世界に慣れていなくて、ほんのひとときでもひとりにされるのが心細いとはいえ、これは即却下。望美は即答した。白龍は目に見えてしょんぼりしたが、すぐに反省の言葉を口にした。さすがに却下されるだろうという予想も付いていたのだろう。

「うん…分かった。ごめんなさい」
「分かれば宜しい! じゃあ、ちょっと待っててね」

 試着室のカーテンを引けば、あっという間に白龍の姿は見えなくなった。
 最後の一瞬に見えたのは寂しげな眼差しで、さすがにきつく言い過ぎたかなと反省する。しかしこうでも言わないと聞く人間でもない。
 もそもそと着替えながらも、思うのは白龍の事だ。時々こちらの思いも寄らないような事を仕出かすものだから、まだまだ目が離せない。何だか子供を養育している気分になって、望美はげっそりと息を吐いた。恋人、の筈なのだけれど、一応。
 スカートは腰周りもちょうどよく、思っていた以上に自分に合っていた。その場でくるくると回転すれば、笑顔の自分が鏡に写っていた。何だかんだと彼への文句も頭の端に思い浮かべるけれども、白龍の優しい笑顔と甘い台詞にいつだって蕩けそうになっている自分が、ここにはいるのだ。

「望美、着替え終わった?」
「ん? うん、まあ、でも」
「入るね」
「はっ?!」

 直前に言った「でも」の一言はどうやら耳に入っていないらしくて、試着室の布をぱっと払って中に入ってくる白龍。既に着替え終わって、自分ひとりで鏡の前でああでもないこうでもないとスカートをひらひらさせていた時だったから良かったものの、そうでなければただのセクハラだ。
 慌てて白龍を外に押し返す望美と、それに構わず何の脈絡も無く望美を抱こうとする白龍の静かな攻防が始まった。

「ちょっ、白龍…! 入って来ちゃダメだって!」
「だって、こんな布一枚で望美の顔が見られなくなるのが、寂しいから…」

 壮大な文句に、声には出さずうわーうわーと照れまくる望美。それでもけして腕の力は抜かない。いくら何でも、人目を憚らずにいちゃいちゃする趣味は無い。
 辺りをこっそり見渡せば、店員も他の客も全員こちらを見て見ぬ振りをしながらこちらをものすごく気にしている。視線をけして合わせようとしないだけに分かる、全員背中に目がある状態だ。しかも全員が全員、白龍の直球すぎる愛の表現につられて照れまくっている。ひとりなど、服を持ったままゆでだこのような顔になり、硬直している。普段そんな言葉を言われる事など皆無なのだろう。…望美にしてみても、こんなに殺し文句をたくさん持つ男性はドラマの中か、あるいは白龍しか知らないのだが。
 白龍の場合、それが無自覚である事に大いに問題がある。街のあちこちでこんな事を繰り返していたら、容姿の美しさも相まって評判になってしまうかもしれない。
 ついには、どこからかひそひそと、「すごいバカップルだね」などと囁く声まで聞こえてきて、望美は穴があったら入って埋まりたい気持ちになった。望美は軽い頭痛を覚えて、片手でこめかみを押さえた。
 頭が痛い。本当に、一体どう言ったら白龍は分かってくれるのだろう。深い溜め息を吐けば、それに気付いた白龍が、自分は無実だとでも言いたげに腕の力を緩めて小首を傾げてみせた。

「望美、どうかしたのか?」
「何でもない…」

 それでも振り解けない。嫌だと言えないのは、それによって彼が傷つくだろう事が簡単に予測出来るからだ。それに、他にも理由は有る。まだまだ彼を甘やかしたい自分がここにいるから。彼が可愛いのだ。遠慮する事を覚えて市井に溶け込んでしまう白龍よりも、永遠に世界の仕組みなど何も知らないまま純粋に生きていく白龍の方が好ましい。
 結局一番の悩みの種は、自分が彼を拒絶出来ない事。それに尽きる。彼は何も悪くない。…いや、悪くない事もない。大体こうして熱心に愛を告白などしてこなくても、自分はちゃんと傍にいるのに。
 隙を付いてカーテンを引いて、その隙間から望美は顔だけ出して白龍を窘めた。

「あのね、白龍。いくら心細いからって、カーテン開けて入って来ちゃうのはマナー違反なんだからね」
「私は…、何か良くない事をしたんだね。…ごめんなさい」
「私の顔なんて、あとからでもいくらでも見られるでしょ?」
「うん、そうだね。今は我慢して、望美の全てをあとから見せてもらう事にするね」
「だっかっらっ、そういう事は今言わなくてもいいって言ってんのーッ!!」

 望美の声は聞こえているのかいないのか、再び顔を赤くした望美の額に軽く口付けを落とすと、白龍は自分からきっちりとカーテンを閉めた。自分ひとりの空間に戻されても、望美はぜーはーと肩で息をするばかりだ。すっかり体温が上昇してしまって、スカートの事などもはや考えてはいられない。

 前言撤回。一番の悩みの種はやはり白龍自身だ。


おしまい


■あとがき
ここまで読んで下さってありがとうございました。
3万ヒットキリリク「白望(ED後)」でした。せつこさんリクありがとうございましたv
書く前は「エロエロしくなるかも…」とびくびくしてましたが、いざ書いてみたら白龍がただの困ったちゃんになってました(笑)
なお、現在はキリバンリクエストは承っておりませんので悪しからず。
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