64.stay with me |
エレボスを倒し、平和になったその世界で。 アンジェリークとJ.D.はいつも共にいた。恋人、と改めて定義するのも馬鹿らしくなるほどの近くに。恋人であり、共に旅する相棒でもある。二人は互いをどんな関係にだって位置づける事が出来たが、敢えて言葉にはしなかった。 今更必要だっただろうか? エレボス打倒後、実質的に解散という形になった陽だまり荘から離れて、二人は旅を続けた。時折火竜族の里に寄る事もある。陽だまり荘で生きる事を選んだニクスに会いに行く事もある。微笑を持って迎える彼等に、二人は帰るべき家を見出したものだった。 まだ未婚だったにも関わらずおしどり夫婦、だとからかわれた事もある。 アンジェリークはその言葉をはにかんで受け取り、J.D.を喜ばせた。 そんなからかいの言葉を真に受けたわけではないが。 半分冗談、半分本気で、J.D.はアンジェリークに「結婚しようか」と訊いてみた事がある。 あの時のアンジェリークの顔は、一生忘れられない、とJ.D.は何度も思い出す。 真っ赤になって、慌てふためいて、そうかと思うと冷静そうに振舞ってみたり、… 可愛くて、可愛くて、余計に愛しさが募った。 自分の腕の中にすっぽりと入ってしまうくらいに、アンジェリークは小さいのに。 その身の存在感はその限りではない、…女王という地位に望めば就ける。それでも彼女は自分と一緒にいてくれる事を望んでくれたのだ。 嬉しかった。自分は彼女にとって必要な存在なんだと感じる事が出来た。 唯一無二なのだと。自分は彼女の事をそう思っているし、彼女もそう思って自分を必要としてくれている。例えようも無いくらいに満たされていた。 抱き締めているのに、抱き締められている。何度でも繰り返した抱擁で、それを感じたものだった。守っているつもりだった。本当は彼女に守られていたのだ。 今更になってそんな事が分かった。アンジェリークはその身に在る力で自分の事を守り、慈しんでくれていたのだ。 静かに流れる時間。 向けられる笑顔が全て自分のものだという事が、毎日楽しくて嬉しくて仕方がなかった。 ちょっとした癖。ひとつひとつ見抜く度に、彼女の事をより理解していると認識出来た。 その時間が、永遠に続けば良かったのだ。 今となっては全て過去。思い出の中にのみ生きるもの。 メモリの中の彼女は今日も微笑んでいる。 * 立ち尽くす。 まだ、この現実を受け止めきれないでいた。 変化は急だった。 生から死へ、…どうしてこの変化はこれ程までに不連続であるのだろうか。 今まで確かに笑っていた筈の女の子は。自分に向けて緩やかで淀みない愛を与えてくれた女の子は。どうして今笑っていないのだろう。笑っているのといないのと、この差は思うよりもずっと不連続で。繋がらない。昨日も笑っていたなら、今日も明日も笑っていなければいけない筈なのに。どうして今、この女の子は冷たくなっているのだろう、と何度も自問する。その度にCPUが勝手に答えを弾き出す。 流行り病だ、と。 ある村で突発的に流行した流行り病。 医者の免許を持つアンジェリークは、迷う事無くその治療のためその村へ赴いた。それが必要なのだと、それが自分の為すべき事なのだと熱く語っていた。「たくさんの人を助けたいんです」と言っていたのを思い出す。 正義感の強いアンジェは、止めても無駄、とJ.D.は嘆息したのを覚えている。 彼女が亡き父や母の事を考えていたのは明らかである。静止の声など聞く耳を持つ筈が無い。それなら、とJ.D.は発言した。 「それなら、俺も一緒に行くから。それが条件だよ」 「私のわがままに、J.D.さんを巻き込むわけには…」 「アンジェの行くところ、それが俺の行くところだよ。大丈夫。きっと守るから」 止めれば、良かったのだ。全ては自分の過失にしか思えない。 何度でも自分を責める。それでも取り返せない、未来。永久に、無限の距離へと遠のいていくそれを、ただ呆然と眺めていくしかなかった。 目を閉じて、冷たくなっていって。口を閉ざして、笑う事をしなくなっていって。 人間であったものが、人間でなくなっていくさまを見るのは、これが二度目だった。 その村へと辿り着き、懸命に治療を続けた彼女であったが。 流行り病はアンジェリーク自身をも蝕んだ。彼女は倒れた。 端的に言って、治療は間に合わなかった。 愛しているわと囁いて、彼女は息絶えた。 あまりにも短すぎるアンジェリークの生涯だった。 J.D.はふと、もう二度と自分自身が笑えなくなった事を意識した。 もう戻れない。 * 呪文のようにその言葉を唱え続けている自分を知覚する。 もう戻れないなら。あの幸せな世界には、二度と戻れないのなら。 違う形でアンジェリークがJ.D.の傍にいる事を、自分自身に納得させたいのだ。 「そばに、いて」 願いはもはや、それだけ。欲しいのは実体ですらない。 ぽたぽたと。頬を伝っていく涙。雫。どうしてだろう、と自問する。 どうして今、自分はひとりなんだろう。 優しい気持ちをくれたあの子は、どうして今隣にいないのだろう。 微笑んでいる筈なのに。手を握ってくれている筈なのに。 一緒にいなくなれないのが、憎かった。この体が、いっそ憎かった。 人間だったら良かったのに。何度でも、変えられない未来をこの手で変える夢想に浸る。 あの子は言っていた。あなたは人間よと。 それでもやはり自分は人間などでは無かったのだ。自分で自分の機能を止められない。後を追えない。息を吸って、吐き続けるだけの、機械のくせして。 本当に役に立ちたい時に、自分をどうにかしたい時に、この体は全く用を為さないのだ。 「そばに、いて。アンジェ」 目を閉じたままの少女は答えない。 冷たいままでも。傍にいてよ、と叫んでみせた。主張は届くのだろうか。 分からない。けれど。J.D.は彼女の手を取った。真っ青で、ゴムのような感触。 既に人間ではないそれ。 お似合いだ、と自嘲した。人間でない自分が、過ぎた幸せを望んでも。天罰が下るだけ。 人間でない自分には人間でない少女が、一番相応しいのだ。 だってこれ以上は彼女は変貌しない。冷たいままでも、永久にこのままでいてくれるのだ。 「そばに、いてよ」 それがどんな形でも。 冷たい掌は、答えなかった。 おしまい |
■あとがき ここまで読んで下さってありがとうございました。 色々やらかしちゃってすみませぬ。超ダーク失礼。 J.D.×アンジェというか、ここまで来るとJ.D.×死体ですよね(最悪) |
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