66.やきもち |
聖獣の宇宙の、白の中庭にて。 ふわり、ふわりと風が心地よくアンジェリークとセイランを撫でていく。もこもこした真っ白な雲が空に浮いていた。日曜日の午後3時。二人に与えられた週に1日の休みにして、唯一二人きりで過ごせる時間。それを二人は今思い切り謳歌しているところだった。 全く平和な真昼間だった。 アンジェリークとセイランはというと、中庭に設置されたベンチの上でゆっくりしているところだ。セイランなどはちゃっかりアンジェリークに膝枕されていてご機嫌の模様。 女王と守護聖、と周りの者は二人をそう評価するが、女王候補と教官としての関係から始まった当人たちからすれば、「女王が臣下の者に膝枕をしている」と傍から見たら異常な光景なのも、全く構わないといった風情だった。 簡単に言えば、二人はラブラブだった。 アンジェリークに膝枕されたままセイランは空を仰ぎ、手を伸ばした弾みで彼の指がアンジェリークの頬に触れる。 「頬…、熱いね」 「セイランさんだって、頭あったかいですよ。セイランさんて湯たんぽみたいで、頭を乗っけてるとあったまります」 このように、付き合いだして随分と経つのに二人の間は常に守護聖の側が普通の言葉遣いで、女王の側が丁寧語で話すのだった。周りからはヘンテコカップルとからかわれるが、二人が(特にセイランは)気にした様子は無い。アンジェリークの方はというと、言葉遣いを直す事が出来ないでこのままにしているだけなのだが。 ふわり、ふわりと二人の間をよぎる風。このまま昼休みは平和に過ぎていくものと思われた。 が。 「あーっ、陛下とセイラン様がイチャイチャしてるーっ!」 その良い雰囲気をぶち壊したのは、嵐を呼ぶ聖天使、エンジュ・サカキだった。これまでもいくつかの伝説(半ば拉致のように光の守護聖をスカウトしてきただとか、成功したかどうかはともかく色仕掛けで闇の守護聖をスカウトしてきただとか)を作った大人物だが、それらを無自覚でこなしているらしい事の方が恐ろしい。 仕事に行く途中だったのか、鞄とタンタンを携えながらにっこり笑顔でこちらを指差すエンジュ。指差す先は勿論の事セイランとアンジェリーク。 アンジェリークは思い切り慌てふためいてついでに真っ赤になる。 「エンジュ!!」 「アンジェリーク、エンジュはからかいたいだけなんだからそんなに赤くなったら相手の思うツボだよ」 セイランはアンジェリークとは違って冷静なまま、ついでに言うと膝枕されたままでそんな事を言う。起き上がる気配すら見せない。 「だけど、でも、だって…!」 アンジェリークはじたばたとその場で身を捩った。膝枕されている図を見られたくなくてセイランに離れて欲しいらしいが、生憎その気の無いセイランは見て見ぬ振りをしている。 今更何してるんですかっ、とエンジュは朗らかに告げる。 「もうお二人がラブラブなの、知ってるんですから。慌てて離れたって意味無いですよ。えへへっ、見てる方が恥ずかしいです、お二人さんったら」 そして、やーんと両手で自分の林檎のような頬を押さえてみせた。 「もうっ、大人をからかうのは止めなさいっ」 「陛下ってば真っ赤になっちゃって可愛いんだから〜」 自称大人のアンジェリークはそう言って抗議するが、それも余計にエンジュを煽るだけだ。女王陛下をからかいの種にするなど、常識で考えればありえない事だが、今回のエンジュの暴走を止める者はここにはひとりもいない。 「あ。今日はもうお仕事に行かなきゃいけないんで、これで失礼しますね。さよなら、陛下、セイラン様!」 これ以上言ったらさすがに怒られる。その瀬戸際まで散々からかったあと、ちらっと腕時計を見遣りエンジュは華麗にスカートを翻らせて立ち去った。姿が完全に見えなくなってもなお、アンジェリークはぷんすかと腹を立てていた。 「もう、あの子ったら…っ」 勿論本気で怒っているわけではない。これもエンジュと心から打ち解けているからこそ出来る交流で、むしろアンジェリークにとっては望むところだったが。 それとこれとは、話が別。 「見てなさいっ。あの子だってレオナードといい仲なの、知ってるんだから。今度会ったらレオナードとの事、うんとからかってあげるんだから」 「よしなよ。君には無理だから」 「無理なんかじゃ無いです。…だいたいセイランさんも! どうしてどいてくれないんですか! もう!」 苛立ち紛れに無理に彼の頭を押さえつけてセイランを膝の上から追い出そうとするが、どうしても膝の上に頭を乗せていたいセイランは踏ん張っている。 「諦めなよ。もうぼくらの仲はありとあらゆる人に知られてるんだしさ、今更恥ずかしがって何になるの。それよりその手をどかしてくれるかな、ゆっくり出来ない。あとエンジュに立ち向かおうなんて考えない方がいいよ、どうせ無駄だから」 「無駄かどうかはやってみないと分かりません」 「無駄無駄。いいようにやり込められるのがオチさ。…あの子は君と違ってしっかりしてるし瞬間瞬間で立ち回るのが上手いからね。君はそうじゃないけど」 「私、しっかりしてますよ」 アンジェリークの反論をあっさりと無視し、続けてくる。 「彼女は判断力や決断力もあるしね。残念ながら君はそうじゃないけど」 むー、と唸るアンジェリーク。口をへの字に曲げて反論の意志。 「セイランさんも私がうっかり女王って言いたいんですか?」 「という事は、誰かがもう君にうっかり女王さんって言ったんだね。レイチェル辺りかな」 「…セイランさんもいじわるです…」 「だったらあの子みたいにしっかり出来る? 出来ないだろう?」 アンジェリークは無言で片頬を膨らませた。先程からアンジェリークが見せる子供っぽい感情の露出にセイランは薄く微笑むばかりだ。 「…気分悪いです。エンジュにはからかわれるしそれで恥ずかしい思いもするし、レイチェルにはうっかり女王って言われるし、セイランさんはさっきから、あの子あの子って、エンジュの事ばかり褒めるし…」 「なあに? …やきもちかい、僕の可愛い女王さん。…何を言ってるんだか、君は出来ない所に最高の可愛らしさがあるっていうのに」 やきもちを焼いているなんて、本当は嫌だしみっともない事だ。なおかつやきもちを焼いている相手が臣下の者ときている。それでも焼いてしまうのはアンジェリークのさがだし、セイランがエンジュの事だけ褒める事にも原因はある。それが面白くない。 セイランが恋人の事を全肯定するような人物だとは思わない。むしろ好きだからこそわざと手酷い言葉をぶつけて様子を窺うようなところがセイランにはある。それを差し引いたとしても、もう少し優しくたっていいだろうなんてアンジェリークは考えてしまうのだ。 「そんな事言われても嬉しくありません」 「ついでに君はとんでもない不器用だしね。僕の方が下の立場にいるのに、いつまでたっても敬語が抜けない」 下の立場にいる者が最大限の敬語で話さない事にも問題はあるのだが。 「でもね。分からないかな。僕はエンジュがいくらよく出来た子でも、見てて創作意欲は湧かないよ。逆に君はおっちょこちょいだしドジだしすぐに失敗するけれど、だからこそ君を見てると飽きないし創作に活かせるってものさ」 喜ぶべきところなのか、「そうじゃないでしょう!」と怒るところなのか、アンジェリークには判断が付かない。明らかに後者だろうとも思うものの、ちょっとだけ嬉しい言葉が混じっていた気がして。好きな人に「君を見てると飽きない」と言われて嬉しくない女の子がいるだろうか、なんてアンジェリークは脳内で自己弁護するけれど、結局のところ惚れた弱み。 それでもなお意地を張って、ふん、と顔を背けるアンジェリーク。 「意地悪言うセイランさんなんて、きらいです」 勿論本心じゃないけれど。 「…僕の事をきらいだって言う、そんな君が好きなんだよ」 思いがけない告白に、どきりと大きく心臓が高鳴った。しかし一応、機嫌の悪い振りは続ける。本当は彼の目を真正面から見つめたいところだが、先程の自分の行為を簡単に翻す事が出来る程アンジェリークは器用ではない。 「セイランさん…?」 「だから、ねえ、いつまでもへそ曲げてないで。僕が悪かったよ、…機嫌を直してくれるかい?」 「セ、セイランさん」 僕が悪かった、なんて台詞。膝枕されながら言う台詞でもないのだが。なおも我を張り続けると、セイランはようやく言い過ぎた事に気が付いたのは、懇願するような口調に変わり始めた。 「ごめんって、ねえ。もういいかげん、許してくれないかな」 つい見てしまった彼の表情の中には、ばつの悪そうなものが混じっていて、ついアンジェリークは噴き出した。 意地悪を言いつつ、セイランという男、その実はとても恋人に弱いようだった。 「仕方ないから、許してあげます」 「本当かい」 「本当です」 そうして、再びラブラブオーラが漂い始めた頃。 仕事帰りの聖天使が2度目の嵐を呼び起こす。 「あーっ! 陛下とセイラン様がまたイチャイチャしてるー!」 そして、振り出しに戻る。 おしまい |
■あとがき 「アンケートついでにリクエスト企画(2007年2/15〜3/15)」の第一弾。 リクエスト「セイランのお話」でした。相手キャラに指定が無かったのでコレットにあいなりました。 目標はずばりセイランに「ごめん」と言わせる事でした。 |
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