7.熱 |
白龍と共に現代に帰ってからしばらく。 現代に帰ってみれば、京に残った方の白龍が上手く調整したのか、白龍の戸籍だの住居だの何だのという問題は全てクリアになっていた。知らないうちに白龍は春日家の近くに暮らしており、知らないうちに望美の両親と仲良くなっていた。望美の母親ときたら見目麗しい白龍に会える日などはとてつもなく上機嫌である程。 両親は思いの他望美の彼氏を気に入ってくれているらしかった。初対面の時こそ、とんでもない髪と目と名前の白龍に度肝を抜かれたらしいが、その容姿とは裏腹に純粋で真っ直ぐな白龍の性格に、ころりと態度を一変させてしまった。両親に言わせれば今時真面目な子、らしい。両親からの信頼をすっかり得た白龍は、望美の家だって部屋だってフリーパスだ。 今日は、そんな両親が偶然に出かけていった日の事。 二人は明日の昼まで、戻らない。 折角一日自由に使えるのだから、と白龍と一日まるまるデートをして夕食を食べに行って、そのまま「離れたくない」とごねた白龍のためになし崩し的に自宅へと連れ込んだわけなのだが…。 望美の部屋へ行き、白龍と二人っきりになった瞬間、望美は白龍に強く抱きしめられていた。二人が椅子代わりに座るベッドのスプリングに、白龍が面白そうににこにこしていた直後の事だった。 「ちょ、ちょっと、白龍?!」 望美はびっくりして、目を白黒させるばかりだ。白龍は痛くない程度にぎゅっと望美を抱き締めている。痛くない、けれど逃げられないくらいの強さで。 「…もうちょっと、このままでいていい?」 「いいけど…どうしたの?」 「最近何だか、寂しくて」 殆ど毎日会っていて、とても寂しいと感じる余地は無い筈なのに。それでも寂しさをあらわにする白龍の態度。望美は彼の願いを叶えるため、彼の背中に腕を回した。 「望美の全部が、欲しいよ」 ぽつりと白龍が漏らした言葉に、望美はぎょっとした。 全部とはどういう意味なのだろうか。やっぱりそういう意味なんだろうか。そういう事を白龍が知識として持っているとは思えないけれど、だとすると龍の本能として備えているのだろうか。――などと、憶測は望美の脳を駆け巡るけれど、結論は出ない。 「白龍…?」 「前までは、一緒にいられるだけで幸せで、それだけで良かったのに。私は、とても強欲だ」 ああ、そういう事かと納得した。彼は人として生きるために学ばなければならない壁に突き当たっているのだ。神として在った時には、考えもしない思想。 人は満たされるという事が無い。神は常に満たされている。その差を。 「あのね、白龍、それが人なのよ」 「これが、人っていう事…?」 「そう。人間はどれだけものがたくさんあっても満足する事は出来ないの。2つあったら3つ欲しいし、3つあったら4つ欲しいの。それが人間なのよ」 と、望美はちょっと考えて例を口にした。 「白龍は蜂蜜プリン好きよね?」 「望美の方が好きだよ」 「…そうじゃなくて。毎日蜂蜜プリン2つ食べる生活送ってたら、ある日から1つずつしか食べられない事になったら悲しいよね。…人間ってそういう生き物なの」 「人間って、大変なんだ…」 「じゃあ、やめる?」 しみじみと悟る白龍に、ちょっと意地悪な切り返しをすると、彼はぶんぶんと首を横に振った。 「やめない。望美と一緒にいたいから」 望美は白龍に顔を近付いて、ちゅっとキスした。 「…足りない?」 「前だったら、足りてただろうけど。…うん、足りない」 望美は白龍をもう一度改めてぎゅっと抱き締めた。 「…足りない?」 「うん、足りない。ねえ、望美、こんなに足りなくて悲しい気持ちでいっぱいになるのに、人間は一体どうやってこの気持ちと折り合いをつけていくの?」 「人はね、そういう場合は…特に男女の場合は…する事はひとつかな…」 もごもごと、ぼやかして言うと白龍はぱっと顔を輝かせた。 「じゃあ、それをするよ! 望美が全部手に入るなら、それをするよ」 遠回しで無自覚な求愛発言に目が眩みそうになる。それを何とか抑えて、望美は告げた。 「じゃあって言うけど、どうすればいいのか知ってるの?」 「うん、知ってる」 「…」 どうせ知らないだろうと高を括っていたが、真実は真逆だった。元・神様は、「元」のつく肩書きとはいえ伊達ではないという事らしい。 「あれをすれば、望美の全部が手に入るとは知らなかったけど」 全知全能の元・神は望美に向かって照れて、静かに言った。 「望美…だめ?」 言葉の端々と、そして白龍の見せる切ない感情にくらり、と望美は倒れそうになった。望美の知らないところで彼が解決出来ない寂しさを覚えていたように、今彼は自分自身でも意識しない人間らしさを放っている。 望美はどきどきした。そこまで白龍が足りないと言うのあれば、望美の答えはひとつしかない。緊張と羞恥が入り混じり、頭が沸騰しそうだった。白龍に顔を埋めて、望美は何とかようやくその一言を口にした。 「…いいよ」 「望美…」 「いいよ。私も白龍の、全部が欲しい…よ」 「嬉しい。ありがとう、望美」 そのまま、白龍は望を組み敷いて…。 ――暗転。 * 肩が冷たい。 起きて、最初に考えた事がそれだった。 どうして肩が冷えているのか、…布団から肩がはみ出してしまっているから。どうして布団から肩がはみだしてしまっているのか、…一人分のふとんに二人では入りきらないから。 「…」 そこまで順々に考えて、ようやく昨夜の事に思い至って望美は力いっぱい赤面した。 隣には、すやすやと寝入る白龍の姿。自分と同じで、入りきらない布団に縮こまるようにして。お互いに、むき出しの肩を晒して。ただでさえ体の大きい白龍なのに、ひとり分のベッドでは入りきらないだろう。無理して小さくなっているのが、妙に可愛い。体は成人男性でも、精神は穢れない子供。こうやって今深い眠りに入っている白龍の寝顔も、大変可愛らしい。それを見遣って、望美はくすりと笑みを零した。 そうしてふと、まだ疲れている自分自身を覚える。それも頷ける、何しろ昨日は――鼻血が出そうになって、望美はそこから先の回想はやめておく事にした。 しばらくは。白龍が目覚めるまでは、彼の隣でゆっくりしていよう。そう、結論付けて。そうだ、彼の目が覚めたら「おはよう」を言ってから一番に尋ねよう、…満たされているかどうかを。そこまで考えて、望美の意識は途切れ途切れになり。 望美はゆっくりと、二度寝のために目を閉じた。 おしまい |
■あとがき ここまで読んで下さってありがとうございました。 私の中の白龍のイメージを端的に形にしてみたところ、とんでもない白望になりました。テヘ★(…) 全年齢対象サイトで発表するのには、これが限界ギリギリです…(笑) |
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