75.Marry me?


「ええええーッ!!?」

 よく晴れた休日の昼下がり。
 アンジェリーク・リモージュはロザリアの齎したある情報によって素っ頓狂な声を上げていた。品位が必要とされる女王補佐官の上げる声では当然なく、ロザリアはその美しい形の眉を顰めた。
 この世界は、ロザリア・デ・カタルヘナの治める神鳥の宇宙。アンジェリークはその補佐官である。有能すぎる女王に比べるとドジな部分の目立つ補佐官だが、アンジェリークはアンジェリークなりに毎日けなげに頑張っているのだった。これぐらいでこの宇宙はちょうどよく均衡が取れているとアンジェリーク自身では考えているのだが。
 そしてここはそんな女王の私邸。宇宙の王とはいえ、日曜には休みを満喫する権利がある。ロザリアはアンジェリークを誘い、ゆったりとしたティータイムと洒落込んでいた。
「大きな声を出さないの。はしたないわよ」
「だって、だって、それ、ほんとにほんと? そりゃ、ロザリアの言う事だから冗談なわけないって知ってるけど、けどでも…!」
 アンジェリークはいつまでも落ち着かない。ばたばたと両手足を動かして驚きを表している。それに比べて、情報提供元であるロザリアは落ち着いたものだった。ロザリアはティーカップを持ち上げると一口、優雅な仕草で紅茶を飲んだ。
「ひとりで騒ぐのはおよしなさい、みっともない」
「けど、でも、びっくりだよ…まさか結婚だなんて!」
 ロザリアのくれた情報、それは。聖地にて働く女官のひとりが、結婚するというものだった。アンジェリークもロザリアもともに長く世話をしてもらっていた女官のうちのひとりが、である。二人はその女官とその結婚相手の顔をよく知っていた。
 傍から見ていても仲睦まじいカップルで、「いつ結婚するのか」と意地悪くニヤニヤと問い詰めた事も1回や2回ではない。その度にロザリアに「女王補佐官らしくない真似はおやめなさい」と怒られたが。
「彼女もいいかげん彼との付き合いも長いみたいだし、そろそろかもとは思ってたけど」
「…『けど』?」
「けど…はあ」
 言って、アンジェリークはテーブルの上に顎を乗せた。やめなさい、と途端に響く叱責にも構わず、もう一度深々と溜め息をついた。
「何よ? 年下に先越されたのが悔しいだとか?」
「そんな事、無いけど」
 力いっぱい嘘である。しかしここで肯定する事は、結婚できない女王に対する嫌味としか思えず、アンジェリークは嘘を吐く事にした。本心は悔しいに決まっている。けれど、その感情を表に出せばロザリアはきっと傷つくだろうと思って。
 隠したけれど隠し切れない本心が漏れ、はあ、と続く溜め息に、ロザリアは再び叱責した。
「女王補佐官ともあろう者が、溜め息なんて見苦しいからおやめなさい。…考え事があるのなら、言いなさいよ。水臭いわね」
 アンジェリークは人に話を聞いてもらう時のいつもの癖で、上目遣いになるとおそるおそる切り出した。
「…あのね。彼女はどうやって結婚っていう話の方向に持っていったのかなと思って。あの子の事だから、『自然とそういう方向に…』ってぼんやりしながら言うと思うんだけど」
 思うのは、付き合いだしてかなりの年月の経ったぼんやりな守護聖の事。
 地の守護聖・ルヴァだ。
 ルヴァとアンジェリークの付き合いの始まりは、アンジェリークが女王補佐官に就任する以前まで遡る。その時も付き合うまでに相当の時間がかかったものだが、今度もまた同じような問題にぶつかっているのを、ひしひしとアンジェリークは感じていた。
 アンジェリークはその女官程計算高くない。ついでに言えば、ルヴァもその女官の結婚相手程聡くも無い。いい雰囲気に持っていったところで、彼が気付いてくれるかどうか。そもそもその雰囲気にするのが大問題だ。
「私たち…私とルヴァなんか、あの子と彼が知り合う前からの付き合いなのに、一度もそういう展開になった事が無いのよねえ…」
 結婚する前から熟年夫婦的な雰囲気の漂う二人の事である。だからこそかえってプロポーズとは無縁の世界なのだが。
「つまり、アンジェは早急にルヴァと結婚したい、と」
「んーと…」
 あれこれと脳内で言い訳してみる。さすがにロザリアの目の前で「うん」とはっきり頷いてしまうのは悪い気もして、アンジェリークは即答を躊躇った。頭の回転が早く、またアンジェリークの性格をよく理解しているロザリアからしたら、今アンジェリークが何を考えているか丸分かりではあるだろうけれど。
 ややあってから、アンジェリークは控えめに肯定した。
「…うん、そうみたい」
「なるほどね。それなら、そうやって突撃したみたらいいんじゃないの?」
 気分を害した様子も無いロザリアにほっとしながら、アンジェリークは「突撃?」と尋ね返した。
「あんたっていつもそうでしょ。好きな人やものには何だって、後先考えずにバッファローみたに突撃して。それで失敗しても、全然めげないんだもの。そういうところ、尊敬してるわ」
「う…」
 それは、きっと褒められてない。
「いつものあんたらしくない。一体どうしちゃったの。結婚したいならしたいって、そうやって彼に宣言すればいいでしょ」
「だって、ルヴァから言われたいんだもん…」
 乙女心は複雑だ。
「その気持ちも分かるけど、ある程度は匂わせないと伝わらないと思うわよ、彼の場合」
「そう…だよね、やっぱり」
 アンジェリークはごくりと唾を飲んで覚悟を決めると、かちゃんとカップをソーサーに上に叩きつけて勢いよく立ち上がった。
「よし! 私、頑張る!」
「張り切るのはいいけれど、叩きつけるのはやめてちょうだい…」



 自覚をしたあとは早かった。元々「当たって砕けろ」思考の強いアンジェリークは、早速ルヴァの元へと走った。それとなく自分たちの女官が結婚した事と、自分たちも倣いたいな…という希望をあくまでも不自然でないように伝えるためである。
 勿論、最終的な求婚はルヴァからであってほしい。それはアンジェリークのささやかな我が儘だ。
 平日にも構わず、アンジェリークはルヴァの執務室に向かうと勢いよく扉を開けた。ルヴァは日常よく見せるように本を片手に執務をこなしていた。
「あー、おはようございます、アンジェリーク」
「お、おはよっ!」
「えー、何かご用が?」
「え、あ、うんと…大した事じゃないんだけどね」
「ええ」
「あ…あのねルヴァ。あの…あのね」
「何ですか、アンジェリーク?」
 にこにこ笑顔。どれだけの期間を一緒に過ごしたか、記憶が曖昧になるくらいになってもこの柔和な微笑みは変わらない。いつまで経っても、本当に彼は鈍いまま。
「えっと…」
「?」
 便乗しようとしてるのが見え見えで、どうしても切り出せなかった。
 いつまでも呼び方が他人行儀な「アンジェリーク」のままであるのも懸案事項だ。きっと彼には、深い意味は無いのだろうけれど出来れば「アンジェ」と呼んでほしい。より親密な気配が、そこに満ちるに違いないのに。しかし、自分から「アンジェと呼んで」と頼むのでは意味がない。あくまでも自分がするべきは彼の自覚を促す事のみだ。
 言いたい事とは微妙に外れた用件を、気付けば自分はぺらぺら喋り始めていた。
「えーっと…私とロザリアが長く世話になってた子がね、今度結婚するんだって」
「それは、おめでたい事ですねー」
「でしょ。…でね。是非結婚式に来てって言われてて、でもロザリアはさすがに急がしくて無理でしょ? だから私だけでも出席するつもりなんだけど、出来ればルヴァにも付いて来てほしいかな…なんて…」
「私ですかー? いいですよー。でも、何を着て行ったらいいでしょうかね?」
 あまりにもさらっと了承が返ってきたことに、アンジェリークはひどく面食らった。多分、本当に「結婚式に出席する」事しか考えていないのだろう。その奥に渦巻くアンジェリークの欲になど、気付いているわけがない。でなければ、こんなにあっさり行けると言えるわけがない。
 差し当たっては驚きを押し隠し、ルヴァの質問に答える。
「スーツ、とか。変かな。…ターバンしてるもんね、スーツじゃ変だよね。ルヴァのとこの習慣に従った恰好でいいんじゃないかな」
「それこそ、変に思われませんかねえ」
「大丈夫じゃないかなあ」
「何かスピーチの準備、していった方がいいですかねえ?」
「それは結婚式じゃなくて披露宴だからね、ルヴァ…」
 二人がいつまでも結婚出来ない理由は、二人してのほほんなところがあるからなどとは、アンジェリークはまるで気付いていないのだった。



 そしてやってきた、結婚式当日。
 ルヴァが式に参列する事を許してくれたロザリアには、本当に感謝している。口からでまかせで「ルヴァも一緒に」と言ったけれど、そう発言した時点では実はロザリアからの了承を取っていなかったのだ。あとから訊いた時に、快くルヴァに対しても1日の休日をくれたロザリアには、感謝してもしきれない。
 彼女がくれたものは、一緒に式を見て二人でいい気分になっちゃいなさいというさりげない気配りである。そしてあわよくばプロポーズ、と。
 そんなアンジェリークとロザリアの思惑に少しも気付いた様子もなく、ルヴァは結局自分の出身惑星の民族衣裳で式に出席していた。スーツにターバンでも自分は一向に構わないけれど、人の目というものを考えればルヴァの決断は妥当だったとアンジェリークは胸を撫で下ろした。
 花嫁は可憐だった。突き抜けるように晴れた空の下、賑やかな開放的な雰囲気で結婚式は始まった。
「すごく、きれい」
「そうですねえ」
 相変わらず緊張感の無い自分たちの会話に、アンジェリークは少しじれったく思った。自分こそ花嫁を褒めている場合ではなく、それとなく自分もウェディングドレスを着たい旨を伝えるべきなのだろうが、その一言がどうしても出てこない。ルヴァだって「アンジェリークのウェディングドレス姿が見てみたいです」と一言言えばいいだけの話なのに、それらしい発言さえ無い。
 しかし、いざ式が始まってみれば、アンジェリークは新婦や新婦のウェディングドレスの繊細さや甘さ、可愛らしさにすっかり虜になってしまい、あれよあれよという間に式は滞りなく進み、いよいよ式はクライマックスのブーケトスになっていた。
 本来の目的もすっかり忘れて、アンジェリークは投げられたブーケに夢中になって両腕を伸ばした。始めから自分に向けられていたかのように、ブーケは放物線を描いて伸ばした腕の中にすっぽり落ちてくる。見れば、それを投げてきた新婦はアンジェリークへとにっこり笑顔を浮かべている。彼女も、ロザリアと同じようにアンジェリークの未来のために一芝居打ってくれたのだ。今更になってなぜここにルヴァを連れて来たのかを思い出して、慌ててアンジェリークはルヴァに告げた。
「やったよ、ルヴァ!」
 違う違う自慢がしたいんじゃないんだってば。と早速脳内で突っ込みを入れるも、本当に言いたい言葉はちっとも出てこない。「ブーケ取っちゃった! 次に結婚するのって…ひょっとして私?」と計算込みの笑顔で言うのが最良の言葉であった筈なのに。そこまで分かっていても、言えない。
 隣にいたルヴァはそんなわたわたした様子のアンジェリークをしばらく見つめていたが、身長差を埋めるためのいつもの癖でそっと身を屈めてアンジェリークの耳に囁いた。ふうっ、と耳元にかかる息に、アンジェリークが驚いて飛びのく前に、その言葉は下りてきた。
「良かったですね、アンジェ」
 え? と一言声が漏れて。思わず見上げたその視線の先には。
 柔和な微笑みを浮かべた、ルヴァがいた。柔和…だけれども、どこかいたずらっぽさを含ませたそれ。その奥に隠された感情を読み取り、アンジェリークはひとり俯いて赤面するのだった。

――ひょっとして、全部お見通しだったのかも。

 画策して結婚式に連れてきたのも、プロポーズされたいと願っていた事も。
 本当は「アンジェ」と呼ばれたかった事も、全て。
 彼にしてみても、実はその機会をずっと窺い続けていたに過ぎなかったのでは。アンジェリークだけではなく、ルヴァもそうなる未来を望んでいたけれど、言うに言えないだけではなかったでは。

 アンジェリークがその事実に気が付くのは、そう遠くは無い未来。


おしまい


■あとがき
「アンケートついでにリクエスト企画(2007年2/15〜3/15)」の第四弾。
リクエスト「ルヴァ×補佐官リモージュでほのぼの」でした。ほのぼのゆえに、口調は強く原作を意識しました。
補佐官ネタといえば、結婚しかあるまい…! というわけで、このお話のオチはタイトルで。
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