92.ジューンブライド


 ゼフェルと第256代女王の結婚式に招かれたアンジェリーク・コレット。
 楽しく、賑やかな雰囲気に包まれながら式を終え、あとは神鳥の宇宙の女王と守護聖・聖獣の宇宙の女王と守護聖だけが集まる、気の置けない二次会が始まった。
 そこで、アンジェリークは少し離れた所から眺めているルヴァの姿に気付いた。
 ――心なしか、少しだけ寂しそうな顔。
 他の人…特にランディやマルセルが派手に騒いでいる分、ルヴァがこのように静かに見守っているのは違和感があった。もっと、このような式であるならにこやかさを前面に出してもいいだろうに、ルヴァの表情にはそれが明らかに足りていないのであった。クラヴィスの隣に控えるリュミエールが、普段と変わらない微笑みを湛えているのを見て、「そう、あれくらいじゃなきゃ」と思わず呟く。それを聞き咎めたレイチェルが、「ん?」と尋ねた。
「ううん、何でもないの」
 他でもないルヴァにとっての女王であり、他でもないルヴァが長く世話をしていた存在である。ルヴァにとって、両者の結婚を嬉しく思わない筈が無い。
 それなのに。ちくり、と胸が痛むのを覚えた。ルヴァが笑えないのには、自分が与り知らない理由がある。それに立ち入れないのを、寂しく思った。
「…あ、」
 ルヴァに近付いていくゼフェル。
 馬子にも衣装的な白いタキシードに、いたずらっぽそうな表情を浮かべて。
 それはそれは嬉しそうな顔。極上の幸せを感じている顔。
 その表情のまま、ゼフェルがルヴァに近付き何事かを言った。ここからでは聞こえない。その言葉を聞いて、ルヴァはにっこりと笑ってみせた。

 だめ。

 咄嗟に口から出たのは、その一言だった。
「アンジェ?! 一体どうしたの!」
「だめよ。…あんな…」
 あんな顔。ルヴァ様にさせたら、だめだ。だって、ルヴァ様は、笑っていない。
 きっと本人は微笑んでいるつもり、きっと笑えているつもりなのだ。
 けれど、その目はけして嬉しそうでないのに、アンジェリークは一目見た瞬間に気付いていた。
 あの上辺だけの微笑みに隠されているのは紛れも無い寂しさ。
 いいや、隠しきれてなどいない。滑るように表面に浮かぶ、痛みにも似た面差し。あんな寂しい顔をしたまま笑うなんて。…
「私…ちょっとルヴァ様の所に行って来るね」
「あっ…ちょっ、アンジェ?!」
 今のルヴァを、ひとりにはしておけなかった。



 ルヴァの後ろに、そろそろと近付く。アンジェリークはルヴァの元にすっかり近付く頃には、ゼフェルは姿を消していた。何と声を掛けたらいいのか分からず、アンジェリークは俯いてルヴァが気付いてくれるのを待った。
 ただ、時々彼を窺い見る。そういった時、ルヴァの視線は常にゼフェルと女王に注がれている事に気が付いた。
 痛々しささえ感じる程の、真っ直ぐな視線。けれど、その視線に二人が気付く事は無い。
 ルヴァの寂しさに感づいているのはアンジェリークだけなのだ。
 そうしてルヴァの事を見ていると、ふと、自分がどうやら思い違いをしている事に気が付いた。ルヴァが見つめているのは二人ではない。その視線が追っているのはひとりだけだ。
 一心に見つめている。誰を。…神鳥の宇宙の女王を。
 彼の痛みを思って、自然と涙が零れてきた。
「ルヴァ様…」
 アンジェリークの囁きに気が付いて、ルヴァはアンジェリークの方を向き、そしてそのまま絶句した。
 彼女がほろほろと流す涙に、ぎょっとしたまま立ち竦んでいる。ルヴァを混乱させている、そう気が付いてアンジェリークはごしごしと目を擦った。
「アンジェリーク?!」
「ごっ、ごめんなさい、…」
「どどどどど、ど、どうなさったんです?」
 混乱するあまりいつも以上にもたもたした喋り方になっているルヴァに、アンジェリークは慌てて作り笑顔を浮かべた。
「違うんです、何でもないんです、…ただ…、あの、」
「…『ただ』…?」
 アンジェリークを落ち着かせようと、あくまでも穏やかにルヴァは尋ねる。
「逆だったら、良かったですよね…」
「――『逆』、といいますと?」
「あの、だから…」
 自分は何を言おうとしているのだろう。失言を口にしようとしている、それに気が付いてアンジェリークは口を噤んだ。
 あの場で幸せそうに口元を緩めているのが、ゼフェルでなくルヴァであったなら、彼は今微笑んでいてくれるのだろうか。寂しげな、切ない表情を消し去ってくれるのだろうか。こんな妄想は誰に対しても大変に失礼だ。瞬間的に脳を働かせ、ようやくそれらしい言葉を口にした。
「…ルヴァ様が、陛下を、ずっと、ご覧になっているから」
「そりゃあ、まあ、…寂しいですからね」
「寂しい…ですよね、やっぱり…。――陛下が、少し遠い存在になってしまわれるのは」
「そうですねえ…、ですが、もうゼフェルも大人ですから」
 ルヴァはふと微笑んで、テーブルにあったシャンパンを手に取ると少し遠くに視線を向けた。何やら騒がしい。ゼフェルがオリヴィエにからかわれて向きになって反論している。なぜか女王までもがオリヴィエ側に立ち、いたずらっぽそうな目をしてゼフェルをからかっている。アンジェリークはその微笑ましい光景につられて微笑む振りをしながら、そっとルヴァの横顔を伺い見る。その表情は、横側からでは読み取れきれない。
「ルヴァ様は…平気、なんですか?」
「平気かと言われれば…どうなんでしょうね。本当に、自分でもよく分からないんです。…もうそろそろ、ゼフェルの教育係の終了という事なのですよ、結局。私がそれをまだ理解しきれていないだけで」
「…?」
 アンジェリークは首を捻った。妙に会話が噛み合わない。確認するために、アンジェリークは声を落として尋ねた。
「あの…ルヴァ様は陛下がゼフェル様のお嫁さんになったのが悲しい…ん、ですよね?」
「は?」
 ぽかんとルヴァが口を開けたまま静止する。何の事を言っているのか本気で分からないようだった。説明するために、仕方なくアンジェリークは直球を投げた。
「えと、ですから、ルヴァ様が陛下の事を、お好きなんじゃないかって、」
「…ええええええええええっ??!!」
「きゃっ!」
 ルヴァが声を張り上げて驚くものだから、アンジェリークもちょっとのけぞった。
「ど、ど、ど、どういう事ですかアンジェリーク?!」
「えっと、だから、あの、えっと」
 二人して大いに混乱してわたわたと手足を動かす。
「そ、そんなの不敬ですよ! 私なんかが陛下に懸想だなんて!」
「ご、ごめんなさい! だって、そう見えたからっ、」
「だっても、何も、どう考えても有り得ませんよ、アンジェリーク!」
「わああ、ごめんなさい…!」
 大興奮ののち、二人ともようやく少し冷静になった。嵐が収まったあとのように静けさを取り戻す。
 ルヴァもアンジェリークも気まずさのためにお互いの顔が見られない。よそよそしさを消すために、ルヴァは全く違う話題を出した。
「えと…あの。その…陛下のあのウェディングドレスは、大変に愛らしいですね」
「え…ええ。とても陛下にお似合いです」
 ルヴァがふとこちらを見つめる気配を感じた。尚も消え入りたい程の恥ずかしさを覚えながらも、アンジェリークは表を上げた。やけに真剣な眼差しとぶつかった。
「あの…。あなたが着る時は、一体どんな風なんでしょうね?」
「――え?」
「…その隣にいるのが、その、私だったらいいと、…思っているんですよ」
 今、彼は一体何を?
 自分が今一体どんな顔をしているのか。かーっと熱くなる頬。答えられずに、ただ何度も瞬きを繰り返した。先程から忙しく何度も顔色を変えるアンジェリークを面白く思ったのか、ルヴァはへらっと相好を崩してアンジェリークに手を差し出した。
「行きましょうか、アンジェリーク。まだまだ、パーティーは続くんですから」
 へらっとしつつも、その頬はほんのりと赤い。年は離れているけれど、案外精神年齢は同じくらいなのかもしれない。
「そう、ですね。パーティーは、まだまだこれからですよね!」
 彼の掌に軽く手を乗せて、アンジェリークは今度こそ微笑んだ。

 パーティはまだ続く。賑やかで幸せな日々は、まだまだ。


おしまい


■あとがき
途中までルヴァリモで書いていたものでしたが、うちのリモージュはドジでボケではないので違和感を覚え、
急遽差し替えたものです。うん、この方がすごくしっくりくる。
うちのコレットは超ボケボケでドジっ子のイメージです。
ルヴァ様と並ぶとお互いにボケです。突っ込みはレイチェルでお願いします。
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