97.このまま夜明けまで |
その日は満月で、庭から差す月明かりの美しい夜だった。 八葉たちが既に深い眠りに入っているのを横目で確認しながら、白龍は縁側で足を投げ出してぼんやりと空を見上げていた。 どうしてだか、今夜は眠れないのだ。眠りを置き忘れてしまったみたいに、訪れるべき眠りがいつまで経ってもやって来ない。足をぶらぶらさせながら、白龍はひとりで寂しく月を見つめていた。こうした他愛の無い行為でさえ、眠りは誘われない。 いつもは、こうではないのに。夕食を食べ終わると真っ先に眠くなるというのに、今日だけ特別だった。 「はあ…」 重い溜め息をついた。自らの体が大きくなってからと言うもの、白龍の神子とは寝所を別にされている。「大人になったのだから」と人は言う。自分で望んで手に入れた肉体ではあるけれど、神子と一緒にいられる時間が短くなったのが、果たして良い事だと言えるのか。繰り返す自問自答。神子を大きな体で守れるようになったのは喜ばしいけれど、その分だけ失ったものも多い気がして。 悶々とし出す。ますます眠れなくなる気分を覚え、白龍は目を伏せた。神子と離れ離れなのが、寂しくてたまらない。自分の体積が小さかった頃のように、神子の隣で眠りたいのに。 ――神子の隣で。 その考えに、ぱっと白龍は顔を輝かせた。 そうだ、望美の寝所に行こう。ひょっとしたら神子の顔を見たら案外簡単に寝付けるかもしれない。このもやもやした気持ちだって、きっと自由に望美の顔を見る事が出来ないからに違いない。そう結論付けた。 決めると、月明かりを頼りに部屋を抜け出し、望美の寝所へと向かった。 これを一般的には「夜這い」と呼ぶ破廉恥な行為である事など、勿論白龍は知る由も無い。 * なるべく音を立てないように気を遣って、襖を開ける。 ものすごく広い部屋の真ん中で、望美は布団を敷いて眠っていた。望美はすぅすぅと静かな寝息を立てている。彼女の長い髪の毛が、枕と言わず布団からはみ出ている。握り拳のまま寝入っているのが、子供のようで白龍は何だかほのぼのする気持ちを感じた。 「神子…」 呟くが、望美は起きる様子は無い。どうして呼びかけてしまったのだろう、と白龍ははっと口元を押さえた。自分の所為で神子を起こすのは、嫌だった。 それならどうしてここに来てしまったのだろう、と白龍は自問する。望美が何かの拍子に起きてしまった場合の言い訳を考える。神子の顔が、突然見たくなったから。それは理由になるだろうか? 望美はともかく、譲は怒るかもしれない。白龍には理由はよく分からないけれど、譲は望美に関する事で時々ひどく短気になる。望美の顔が見たいからといって夜中に神子の寝所に押しかけたのが知られたら、彼はやっぱり怒るだろう。 けれど、ここには譲はいない。差し当たって、怒られる事も無い。それなら大丈夫、と白龍は望美に近付いた。なるだけ足音を殺して進む。警戒したわりには望美の眠りは深いようで、起きる気配さえ無かった。 ついにあと一歩前に進んだら望美を踏んづけるという距離までやってきた。白龍はもっと望美の顔を近くで見たくなって、彼女の横にごろんと寝転がった。白龍の大好きな神子は今、いい夢を見ているようで、時々笑顔が漏れている。つられるようににっこり笑って、望美の顔を飽く事も無く眺め続けていた。神子の体は不可侵の領域、触れる事さえ叶わないと思えた。ただ、見つめるだけでこの上なく白龍は幸せでいっぱいになれた。 「…大好き」 零れ出す気持ちを、抑え切れなかった。白龍は身を乗り出すと、望美の白い額に口付けを落とした。この前ヒノエが望美の手の甲に口付けを落としていたのを見て学習したのだ。きっとその行為は、親愛の印。 「大好きだよ、神子」 ゆるゆると、望美の瞳が開かれる。しまった、と気付く頃にはもう遅い。望美は触れられる額の感触によってか目を覚ましてしまった。 「はく、りゅう…?」 「あ…ごめんなさい…起こしてしまって」 今自分が置かれている状況に気付いたのか、彼女の虚ろな眼差しは急に正気を帯びた。望美は服の襟を整え直すと、上半身を起こした。 「どうしたの、一体。こんな夜中に」 「うん…」 事情を話すと、望美は「ほんとに困った子だね」と困ったように笑った。 「神子を、困らせるつもりじゃなかったんだ。…」 「それは分かってるよ。白龍はそんな子じゃないの、知ってるから」 「うん。信じてくれて、嬉しい」 「で、どうする?」 「え?」 「…だって、私の隣じゃないと今日は眠れそうにないんでしょう?」 望美は頬を赤らめた。言わなくても分かるでしょう、とそのきらきらした瞳が告げている。 「一緒にいていいの?!」 「いいけど…添い寝だけだからね。それ以上の事はナシだからね」 「それ以上の事って…一緒に眠る事以外に何かする事があるの?」 念押しされた事の意味が分からず尋ね返すと、なぜか望美は真っ赤になった。 「わ、わかんなきゃそれでいいの。今の私の発言は無しって事で、うん」 「…???」 「と、とにかくもう今日は横になる! 眠れなくても、横になってればそのうち眠れるから」 「うん」 もぞもぞと、白龍は望美とともに布団の中に入る。 「神子と一緒。嬉しい」 「私も…嬉しい、よ」 「神子、手を繋いでもいい?」 「…いいよ」 布団の中でお互いの手を探り当て、その手を握った。握った時、望美の掌がうっすらを汗をかいているのに気が付いた。緊張でもしている時のような。 「神子、どうしたの? 何だか、緊張してるみたいだけど」 「き、緊張なんて…」 言いながら、望美は白龍に顔を埋めた。ふわり、と望美の髪の匂いが鼻腔に届く。 「してない。緊張なんて、してない」 そうか、と白龍は声に出さず納得した。この姿の白龍と眠るのは、初めてだから。この姿が怖いのだ。落ち着かせるために、神子の耳に囁いた。その距離の思いがけない近さに、自分でも戸惑いを覚えながら。 「神子、怖くないよ。私は私、それだけだよ」 「…うん、そうだね」 束の間沈黙が流れる。 「ねえ、白龍。…いつか、私とこうやってまた――」 「また?」 「…ううん、何でもないの。おやすみ、白龍」 「おやすみなさい、神子」 望美の言いかけた言葉は気になるものの。ふいに押し寄せる眠気を堪えられず、白龍は目を閉じた。やっぱり、神子の隣だと眠たくなる。不思議だけれど、自然な事だと頭で理解した。 神子の隣で、このまま夜を過ごす事は、とても自然な事。 今夜は、どうかこのままで。 望美の隣で眠りにつける喜びに満たされながら、白龍は静かに目を閉じた。 * 日が開けたあと、いつものように望美を起こしに来た譲によって白龍はしこたま殴られる羽目に陥るのだが、それはまた別の話。 おしまい |
■あとがき ここまで読んで下さってありがとうございました。 白望萌え。今日も白龍は無邪気にエロエロです。 最後に出てくるのは朔にしたかったのですが、プレイ中いつも望美を起こしているのが譲だったためあえなく彼に。 譲くんごめんよ…譲くんはマイセカンドキャラです(どうでもいい主張) |
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