ギルドグラードに、新しくパン屋が出来たらしい。
それがなかなかの評判で、売れ行きも右肩上がりだとか。
アシュレー達一行は(というよりリルカの熱烈な要望によって)任務の無い休日を利用して早速そこへ向かう事にした。
「解散ッ!」
とアシュレーが高らかに宣言すると5人は蜘蛛の子を散らすように散開した。
ブラッドとカノンは酒場へ、マリアベルはARM屋へ、ティムとプーカはギルドグラード内の探検へ。
そして、やっぱりリルカはパン屋へと。
解散という言葉がかかった途端に脇目も振らずにパン屋へと走っていく姿が視界の端に写った。
こういうところは14歳らしくて無邪気だな、とアシュレーは考えた。
さて、自分はどこへ行こう。
宿屋でちょっと一休みもしたいし、いやARM屋で弾込めもしなくちゃいけない。
それからみんなの分もアイテムを買い込まなくては。
そうは思うのに、なぜか自然と足はリルカの歩いた道を辿っていた。
リーダーとしてやらなければならない事は山積みなのに、パン屋になんて行ってる余裕はないのに。
だが、足は止まらない。
「……まぁ、いいか」
自分に観念すると、アシュレーはまた歩き出した。
たまにはこういうのだって悪くない。
いざパン屋についてみると、リルカがパン屋の前でじぃっとしているのが見えた。
だが、何か様子がおかしい。
食い入るように見つめてはいるものの、中に入って行こうとしないのだ。
ディスプレイの中のパンはリルカの見つめすぎで今にも穴が開いてしまいそうだ。
両手に何も持っていないところを見ると、買い物あとの後悔というわけでもなさそうだった。
リルカは身じろぎ一つしない。
真剣な表情でガラスの向こうを凝視していた。
……何だか変な光景だった。
アシュレーは苦笑するとリルカに近づいて声をかけた。
「何してるんだ?」
「わぁッ?!」
「何だよ、そんなに驚く事無いだろ」
「あう……ちょっとびっくりしちゃって」
てへへ、とリルカは頭をかいた。
「さっきから見てたけど」
「見てたのッ?!」
「中に入らないのか? リルカが行きたい行きたいって言うから来たのに」
そう言うと、なぜかリルカはアシュレーから目を逸らしてもじもじし始めた。
何か理由があるようだが、アシュレーにはほんの少し言いにくい事であるらしい。
ニブチンなアシュレーはもちろんその辺の女性の心の機微など分からない。
「黙ってちゃ、分からないぞ」
リルカはもう、とか何とか可愛く悪態を付くとようやく口を開いた。
「あのね、折角ここまで来たけど買うのはやめたの」
「え、何で?」
ほんのり桜色に染まるリルカの頬。
俯くと、彼女は一気に喋った。
「ここでわたしがおやつ買うの我慢すれば、少しはアシュレーのARM改造の費用の足しになるかなって思ったの!」
あっけにとられて口を聞けなかった。
まさか、そんな事を考えていたなんて。
しばらくしてアシュレーはぷっと笑ってリルカの頭を撫でた。
「ばかだな」
「何がよッ。頭なでなでするのもやめてよ」
「子供はそんな事気にしなくてもいいんだよ」
「子供扱いしないでよ」
「ごめん。でもさ、やっぱりヤキソバパンは食べたいんだろ?」
痛いところを突かれたらしく、リルカはぐっとつまった。
そうでなければパン屋の前でじっと立ち止まっている筈がない。
「う……」
「なら、提案。僕が買ってあげるよ」
「え?」
予期せぬ提案だったのか、リルカはきょとんとした顔でアシュレーを見上げた。
「僕が好きなパンを買ってあげるよ」
アイテムを買わなきゃいけないのに、リーダーは休んではいけないのに。
こうしているのが楽しいと思ってしまう。
リルカが、きっとこういう性格をしているからだ。
そんなに頑張らなくてもいいよ、と言ってくれている気がするのだ。
そんなに頑張らなくても、平気へっちゃらッ! と。
「……いいの?」
「この棚のヤキソバパン全部下さい、なんて言ったりしなければ」
「わたしっ、そんなに食い意地はってない!」
真っ赤になってビシバシ叩いてくるリルカに負けじと応戦しながら。
隙を見て彼女の右手を取った。
リルカは急な事で何が起こったのか分からない、みたいな顔でアシュレーの顔と左手を交互に見ている。
「ほら、行こうよ」
「……」
「リルカ?」
「あっ、……うん!」
そして二人は仲良く手を繋いでパン屋へと入っていった。
ヤキソバパンと左手ときみと。
今日はいい休日を過ごせそうな、そんな気がした。
おしまい
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