やっとまた、あえたね |
『これからミラパルスに行く』 手紙に書かれていたのは、その一言だけだった。 * ここは鉱山街ミラパルス。の、入り口。 ユウリィ・アートレイデはその一行だけの短い手紙を何度も何度も読み返していた。 最愛の兄からの手紙である。 長らく探し続けていた、消息不明の兄がカポブロンコの里にいると知り、はるばるゴウノンからやってきたはいいものの、ここからカポブロンコの里に向かう意欲が無くなってしまい、しばらくここでゆっくりしていた矢先に届いた手紙だった。 兄を探してくれた青い髪のゴーレムハンター(の、ような人)には感謝している。だが、自分からカポブロンコの里に行こうとは、思わなかった。カポブロンコの里に行くには魔獣だらけの路を越えていく必要があり、魔獣を倒す術を持たないユウリィにはその踏破が困難である事が理由である。 だが。本当のところはそれが第一の理由ではない。 兄に、迎えに来てほしいのだ。自分から迎えに行ってしまえば、妹に対して立派であろうと努める兄の鼻をへし折る事になるだろうから。立派でない兄だって、ユウリィにとってはしっかり敬愛の対象なのだけれど、その辺りに気付けないのがまた兄らしくもある。 だからここで待っている。兄との再会を、夢見続けているのだ。 決意を固めてくれたのか、手紙にそう書かれていたという事は、兄はミラパルスに来てくれると思って違いない。喜びに、ユウリィは頬を染めた。 ようやく。ようやく会えるのだ。この日をどれだけ待ちわびた事だろう。 「誰かこの街に来るのか?」 横から手紙を覗き見した首から上だけ男、否、アルノーが声を上げた。 「アルノーさん、いつから…じゃなくて、人の手紙を見るなんて非常識ですよ」 この街で偶然知り合いになったアルノーという青年が、ひょいと首を竦めた。彼の茶色い髪がふわっと揺れる。彼の名はアルノー・G・ヴァスケス。何でもアルノーの彼女・リボンの女剣士ラクウェルの病を治療するために共に旅を続けていたが、ミラパルスに辿り着いた所で急に彼女が容態を崩してしまったらしい。彼女は今宿で静養中だ。彼等とは、ユウリィがパラディエンヌの力が役に立つのなら…と治療を施した事で知り合いになったのだ。 ユウリィに軽く説教された事も構わず、アルノーは続けてくる。 「彼氏?」 一瞬、何を言われたのか分からなくて。きょとん、とする。 しばらくしたあと、ようやく意味するところを悟って真っ赤になって反論した。 「かっ、彼氏だなんて! 違いますッ! 兄ですッ!」 「そこで赤くなるなんて、図星なんじゃないか?」 「だ、だから違うって…」 「わーかってるよ、俺なら分かってるから照れなくたっていいのに」 ばん、と背中をはたかれた。違うのに…という文句を、受け付ける気は彼にはさらさら無いらしかった。照れてなんかない、のに。事実を述べているに過ぎないのに、色恋事が好きとみえるアルノーには、この手紙はすっかり「恋人からの恋文」に見えたらしい。 確かにそういう目で見ればそう解釈も出来なくは無い。さしずめ、仕事のためにカポブロンコの里に出張に行っていた彼氏がミラパルスに住む彼女のために帰郷するといったところか。 「で、その男とはどのくらいなんだ?」 「えッ?!」 アルノーはにやにやしながら続けてくる。 「その反応から見るに、まだまだ付き合いたてと見たッ! どうだ?」 「どうだと言われましても…」 そもそも、それが勘違いなのだが。 じりじり、と詰め寄るアルノーに一歩一歩と引き下がりつつ、この人は本当に甘い話が好きなのだなあ、などと感心していると、チャリンチャリーンとどこか呑気な音がした。 小さな鈴の音のような…。 「そこのお前ッ! ユウリィから離れろッ!」 聞こえてくるのは大音声。街の外からものすごい勢いで自転車に乗った青年が入ってくる。茶色い、自分とよく似た髪を持つ男。黒い自転車に乗っている姿は昔の何かを連想させた。 …自転車? 「ユウリィッ! 無事かッ!」 「――兄さんッ!」 八年振り。だけど、その差をまるで感じさせない程の。 兄。間違いない。自分の名を呼ぶこの人は、クルースニク・アートレイデ。自分の兄だ。 クルースニクはばっと自転車から飛び降りると、ユウリィにではなくアルノーに詰め寄った。ものすごい剣幕で、怒っている。今までに見た事も無い激しさで、アルノーからユウリィをかばうように手を差し伸べた。 「俺のユウリィにそれ以上近付いてみろッ! 貴様の命は無いものと思えッ!」 「え…?」 「『俺の』…?」 アルノーとユウリィ、それぞれがそれぞれで「ん?」と眉根を寄せた。クルースニクだけが昔と変わらぬ冷静な中に垣間見える熱血さでアルノーに吠えている。 「ちょッ、兄さんッ、何を…!」 「止めるな、ユウリィ。優しいお前の事だからこの男を許すと言うだろう…だがッ! ユウリィの半径1メートル以内に入りなおかつユウリィを困らせるような男はこの俺が成敗してくれるッ!」 「あ、あの…兄さん…」 「ようやく妹と会う決意を固めて、喜び勇んでジャベ…改めハルバードで駆け出してみれば、俺の妹はどこの馬の骨とも分からん男に言い寄られている始末ッ…俺の、俺の監督不行き届きの所為だ…ッ」 「兄さん、ちょっと落ち着いて…」 「今のうちに、悪の芽を摘み取ってくれるッ! ユウリィ、お前は下がっているんだ」 ダメだ。全然こちらの話を聞いていない。というか聞こえていない。八年前とまるで変わらぬ視界の狭さを喜ぶべきなのかどうか。暴走するクルースニクを落ち着かせるため、ユウリィはひとつ大きく息を吸った。声を張り上げた。 「わたしには兄さんだけですッ!」 だいたい、アルノーにはラクウェルというきちんとした伴侶がおり、ユウリィにしてみたって心から敬愛する兄がいるわけなのだし…。正に、兄さえいてくれれば他の男などどうでも良いし、そもそも視界には映らないのだ。 「この人はわたしが治療してる患者さんの、未来のだんなさんですッ!」 「ユウリィ…」 「ずっと…待ってたんです。怒るのもいいけれど、先にする事があるんじゃないですか?」 最後の一言は、諭すように静かに告げた。はっ、と突かれたようにクルースニクは冷静さを取り戻す。 「そう…だったな、ユウリィ。…迎えに来るのが遅れてすまない、…許してくれるか?」 勿論、とその言葉を飲み込んで、ゆっくりと頷いた。クルースニクが両手を広げたので、ユウリィは迷う事なく彼の胸の中に飛び込むのだった。 「兄さん…ッ」 「ユウリィ…ッ」 二人を包むのは、八年経っても変わらぬ想い。 「やっとまた、あえたな…」 * 「えーっと…お二人さん?」 そのラブラブオーラを発したまま二人だけの世界を形作っているクルースニクとユウリィを半目で眺めながら。聞こえないだろうな、と思いつつもアルノーは声を上げた。予想通り、あっさりと無理される。無視、というかおそらくどちらにもアルノーの声は届いてないのだろう。 「ずっとずっと、これで一緒ですね」 「そうだな、死ぬまで一緒だ」 二人はなおもきゃっきゃとはしゃぎあっている。クルースニクがユウリィの髪に触れそれに口付けてみたり(口付けを受けたユウリィは照れながらも喜んでいる)ユウリィがクルースニクの体に思い切り腕を回してみたりと街の中心にも関わらず人目を憚らずいちゃついている。無論入れる余地は、無い。 「兄さん、大好きです」 「俺もだ、ユウリィ」 「今『兄さん』って聞こえたような気がするが…俺の気のせいか?」 だとするとこの雰囲気は、いささか問題があるように見受けられるが。兄と妹、とか近親相姦、とかそんなような言葉がアルノーの脳内を駆け巡った。…考えない方がいい。きっとそう。深く考えた者の負けだ。 いずれにしろ兄と妹だとすれば、この二人は仲が良すぎるようにアルノーには思われる。 自分があの手紙を恋文と見間違えた事は、あながち見当違いでも無いと確信した。この二人は近いうちに道を踏み外す。というかもう踏み外している。 クルースニクがユウリィの顔に唇を近づけたので、さすがにアルノーは直視しかねて視線を逸らした。そうっと二人に背を向けると、真っピンクな雰囲気が背中からでも伝わってきた。 「やだっ、もう兄さんたら。こんな人前で」 「そう言うが、お前の顔は嬉しそうに見えるぞ」 アルノーの逃げ出す先はラクウェルのいる宿屋。 「俺も、ラクウェルに癒されに行こうかな…」 何だか全てがあほらしかった。 おしまい |
■あとがき ここまで読んでくださってありがとうございました。 あー楽しかったッ!(笑) 100%自己満足でした。 WA4th本編では二人の愛がすれ違い気味ですが、WA5thでは押しも押されぬ両思いぶりにラブです。 |
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