葬儀は滞りなく行われて。
あっという間に墓の下の、冷たい土の中に彼女は。
きっと、あのどこか微笑みに似た表情のまま、土の下で休んでいるのだ。
あんな、満足気な顔など今まで見た事も無い。
満ち足りた、いかにも幸せそうな顔は。
ジュードは墓の前で立ち尽くす。
まだ真新しい白い十字架。
その下にユウリィがいるのだと思ってみても、ちっとも納得出来なかった。
亡くなる前の1ヶ月。
ジュードとユウリィは二度とあの話には触れなかった。
ユウリィは決意に満ちた瞳のまま、ついにジュードに明かす事無く眠りに就いた。
きっと、会ったのだろう。ジュードとしては想像するしかない。
ジュードもまた、ユウリィからはっきりした事は聞きたくなかった。
叫びたくて仕方なかった。
この持って行き場の無い思いを。一体これからひとりでどうすれば良いのか、見当も付かなかった。
*
目を覚ますと、そこは無限に続くとまで思われた花畑だった。
どうして自分はこんな所にいるのだろう。分からない。自分はベッドから出られないのでは無かったのか。
平たい大地が永遠に続いている。ふかふかの緑が土の上を埋め尽くしている。穏やかな風が吹いて、全く平和そうな所だった。
「大丈夫か?」
上方から聞こえてくる、声。自分の容態を気遣う優しげな。
答える前に気が付いた。視力が戻っている!
「目がっ…見える…!」
「…良かったな」
誰かに膝枕されている。その顔は逆光でよく見えない。
ふいにあの時の影を思い出した。あの影と、よく似ている雰囲気。
「…に…さん…?」
影はその質問には答えない。
「お前を、追いかけて来たんだ…許してくれ」
「許すも、何も…これからは、ずっと一緒なんでしょう?」
「…勿論だ」
追いかけて来る、と彼は言った。意味は、よく分からない。
自分がどうしてしまったのか、よく分からない。
脳髄のその奥で、誰かがもうその問題はいいのだと告げていた。
ベッドで横たわりながら何度も考えていた事。それを聞いてほしくて、そっと口にした。
あの時は、彼から答えを聞きそびれたから。もう一度だけ聞きたい。
「兄さん…。あのね、聞いてほしい事があるの」
「言ってみろ」
「…あの日々は辛く苦しかったけれど、間違ってなかったと言って。あの時の日々があったから今日のわたしがいるのだと言って。確かに幸せだったって言って。わたしに、証明して。あの時の呪いは今も続いているけど、兄さんがそう言ってくれるならわたしは安心出来るの…」
影は口を開いた。
その答えを黙って受け入れるため、ユウリィは静かに目を閉じてその時を待った。
*
花束を。
左手に持ったままの花束を、墓の前に置いた。
ジュードの前にもたくさんの人が来たらしく、ユウリィの墓は他の人の墓の前よりずっと華やかに飾り立てられていた。
どれだけたくさんの人たちに慕われていただろう、想像も付かない。…本当に素晴らしい人だった。
今更思っても、どうしたって、遅すぎるのだけれど。
置いた花束が、少し傾いだ。バランスが悪く、隣の花束に寄りかかってしまった。
ちょっと屈んで位置を直した。と、墓には似つかわしくないものを発見して、ジュードは狼狽えた。
…オルゴールが。
あの時、見つからなかったオルゴール。
ユウリィの家に戻った時にも、ついに見つからなかったオルゴール。
それが、ここにあった。
「…何でっ…!」
置いたのは誰か。考えるだけ面倒な話だった。
そいつは、ユウリィは本当には何を必要としているか分かっている人物だ。
そして、ジュードにはそれが何なのか分からない。
永久に分からない。言ってもらわなければ分からない。
だが、彼ならば近くにいなくても、言葉を交わさなくても、ユウリィが何を必要としているか感じられるのだ。
彼女が15歳の時から10年以上も自分は一緒にいた。
それなのに。彼女が最後に会いたいのはジュードではないという。
彼女の心を占めていたのは自分ではなく、たったひとりの男だったのだ。
どうしようもない敗北感。
自分の付け入るだけの隙など、初めからどこにも無かったのだ。
わけの分からない気分になって、ジュードは悪態を吐いた。
「ちくしょう…!」
オルゴールを乱暴に掴むと、それを投げ飛ばそうとした。
だが、それは出来なかった。
オルゴールを掴んだまま、右手が震えている。止めろ、こんな事をしてもユウリィは喜ばない。オルゴールが手元に戻って彼女はさぞかし喜んでいるだろう。悲しませたくない。自分の一存で投げ捨てる事は出来ない。
ぎりぎりと歯軋りした。
そうして何とか自分を堪えさせる。その衝動を追いやって、ジュードは一息ついた。
いまだ震える右手。
おそるおそるその指で、オルゴールの蓋を開いた。
自分ひとりでこれを聞くのは初めてだった。そして、これで最後だ。
その音色に耳を傾けるため、ジュードは静かに目を閉じてその時を待った。
おしまい
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