背の高い青年が、いる。
森の木々に隠れるように生きている。暮らしている。
誰にも見つからぬよう、ひっそりと。
そう、彼は誰にも見つかってはならない存在なのだ。
青年は今もなお静かに暮らしている。
小鳥の歌で一日が始まり、夕焼けの色で一日が終わる慎ましやかな生活。
それに不満などない、と青年は考えている。
この小さな、彼以外は住まないこの家にて。
彼は誰にも送らない手紙を書いている。
送り主はただ1人だけ。だけれどその人には送る事叶わないから、こうして。
送っては、いけない。感づかれては。
自分が生きていると知らせてはならない。
青年は自分を押し殺しながら生きている。
たまに。
その人の住む村にまで近づくことがある。
どうしてもその姿、一目だけでもと思って。
大人になった彼女は。目を惹きつけられる程可憐だった。
彼女は自分には気付かない。
こうして遠くから眺める事くらいしか出来ない。自分に出来る事は。
彼女の幸せを遠くから願う事くらいしか。
自分を見ない彼女の瞳は、痛いくらいだけれど。
自分ではない、他の男を見つめる彼女は。きらきら光る彼女の瞳は刃のよう。
それでも彼女に会おうという気にはなれなかった。
会ってはいけないと、彼は考えている。
彼女は自分の事など忘れてしまうべきなのだ。
自分がいない方が、彼女は間違いなく幸せになれる。
自分がいてしまうと、彼女は永久に過去の呪縛からは抜け出せない。
食べるものがなくてひもじい思いをしたあの過去や、白い孤児院に行ってからのたくさんの傷跡。
それら全てを彼女は失くすべきだった。
それが自分がいては、彼女は忘れることなど出来ないだろう。
新しいスタートを踏む事など出来ないだろう。
だから。
いない方がいいのだ、自分などは。
意志も。目的もないこの生活。
彼にはたまにこの生が見えなくなる時がある。
なぜ。こうまでして自分は生きているのだろう。
これから先。彼女なしの生活が自分に幸せをもたらすとは思えない。
辛い。身を切られるように痛い。
そんな風に考えてしまう時は。
ただひたすたに心を静めて考える。外の景色を眺め続ける。
そしてその度思い出すのだ。
生きていこう、これからも。
隣に、あれ程願った愛しさはないけれど。
そばにいられる筈もない。いてはいけない。
「どこへも行かないで」
大切な、誰より大切な人の声が蘇る。
ああ、どこへも行かないよ。
隣にもそばにもいられないけれど、ずっとここにいるから。
生きていよう、お前がそれを望むなら。
おしまい
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