雷。
朝から嫌な予感はしていたのだ。
今朝から雨でじとじとしていた空は、夜になって雷を伴い始めた。
真っ暗。
今にも停電してしまいそう。
停電するのが怖くて今は付けている電気を最小に留めている。
こうする事でいざ停電した時に目が全く見えなくなってしまう事を防ぐつもりなのだ。
逆効果と言ってよかった。
暗闇の中で唯一つ見えるもの。
それは光る雷にほかならない。
余計怖くなってしまった、とユウリィはため息をついた。
隣には大好きな兄がいる、だから怖くなんてない。
そう自分を信じさせたいのに。
上手くいかない。
怖いものは、やっぱりどう転んでも怖い。
二人ともお風呂に入り終わってさぁ寝るぞという頃になって。
雨風はますます激しくなり、雷もこれ以上は無いというくらいにまで近づいていた。
停電は、きっと近い。
怖いので、その停電した時の事は考えない。
「怖いか?」
隣にいる兄が心配そうに言ってきた。
クルースニクは全く平気らしい。自分ばかりが怖がっているのが癪だった。
「大丈夫……平気です」
子供扱いされるのが嫌で、つい突っ張ってしまう。
「嘘を。震えているじゃないか」
「震えてなんて」
いません、と言おうとしたが、それは自分の悲鳴によってかき消された。
隕石が落ちてきたみたいな激しい音と共に、ついに停電した。
きっと、近くに落ちたんだ。
「嫌ぁ……ッ」
「落ち着け、ユウリィ」
「嫌ッ、怖い……ッ」
「俺が、手を握っていてやるから」
使えない視界で兄が手を伸ばしてきたのが分かった。
兄自身もユウリィの手がどこにあるのか分からないようで、彼の手が顔の辺りをふらふらしている。
ユウリィの頬にそれがそっと触れたあと、肩、腕、と順々に彼の手が下がっていく。
そしてようやくユウリィの手にたどり着いた。
ユウリィのそれより、兄の手は幾分温かい。
ちょっとだけほっとする気持ちが生まれた。
「嘘、付きました。本当は……雷怖いです」
「大丈夫、俺がそばにいるから。こうして手を繋いでいれば、怖くないだろう?」
ええ、とかいいえ、とか言えれば本当は良かったのだけれど。
再び強烈な音によってユウリィの声は引き裂かれる。
どぉんという激しい音。雷ではないみたいに。
「手を繋いでいるくらいじゃ、」
「え?」
「足りない……」
思わず、そう呟いて。
ユウリィはクルースニクにぎゅっとしがみついた。
手だけじゃ、もう足りない。
この恐怖を追いやるために。
「お願いです、抱き締めて」
クルースニクがそっとユウリィの体に腕を回した。
「大丈夫だ。ずっと、そばにいるから。ユウリィがいいと言うまでは……」
じわりじわりと沁みこんでいく兄の言葉。
薬が徐々に効いていくみたいに、ユウリィは恐怖がようらく和らいでいくのを感じた。
「それなら、ずっと一緒です。わたしがいいなんて言うわけないもの」
「……ユウリィ、そんなに怖いなら今日は一緒に寝るか?」
その申し出は、嬉しいものであったけれど。今にでも縋りたいものであったけれど。
だけどますます子供扱いされているようで。
「子供みたいな事言わないで下さい。いくらなんでもそこまでじゃ……きゃっ」
三度かき消される言葉。
「……どうするんだ、ユウリィ?」
どうやら兄には全てお見通しのようだった。
「やっぱり、お願いします……」
ちょっとだけ赤くなりながら、ユウリィは頷いた。
停電してるから、この顔は見られないだろう。
少しだけ、ほんの少しだけ雷に感謝した。
シングルベッドに二人で入って。
この年になって兄と一緒に眠るなんてやっぱり変かな、とか。
兄も実は迷惑してるんじゃないか、とか考えたりしたけれど。
クルースニクがそっと耳元で「ユウリィ……」と呼んだので、全ての不要な感情を押しやった。
今はただ、こうして兄さんの隣に。朝が来るまでは。
いつしか雷も鳴り止んでいたけれど。
ユウリィはしっかり兄に抱きついたまま、離れようとはしなかった。
クルースニクだってそれには気が付いていた筈なのに、何も言おうとはしなかった。
彼もまたユウリィに回した腕を緩めようとはしなかった。
雷の夜は、二人に親密な時間を過ごさせる良いきっかけになったようだった。
おしまい
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