I'm home. 〜ハロウィン〜


 今日はハロウィン。
 日が沈んだあと、子供たちは思い思いに仮装をして家々を巡る。そして言うのだ、「お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!」と声高に。そうして大人たちは前々から用意してたお菓子を差し出す。
 子供たちにとってはお菓子がまとめて手に入る素晴らしい日である。大人たちは子供たちの可愛らしい仮装を見て心和ませる日である。相互にとって得るもののある今夜、クルースニクの前にもひとりの仮装少女がやってきていた。



「兄さん、お菓子をくれなきゃいたずらしちゃいますよ」

 自室で本を読んでいた時だった。静かに扉を叩く音がしたので開けてみれば、そこにいたのはユウリィだった。そのユウリィの恰好が先程――夕食を取っている時と違うのに気が付いて、クルースニクは妹を注視した。
 赤を基調とした白の水玉のワンピースに、黒い円形状のふたつの耳のついたカチューシャを付け、白い手袋をはめ、黒いタイツを穿き、黄色い靴を履いている。頭にはいつも横に青いリボンがしてある筈だが、今日はワンピースと同じ柄の大きなリボンが頭のてっぺんで結ばれている。しばらく無言で眺めるうち、他大陸にあるという巨大遊園地のねずみのマスコットキャラクター(女の子版)を模したものだ、と一目で気付いた。行った事は無いが、その人気ぶりは知られている。ユウリィがいつか行ってみたいと零していたのも記憶に新しい。むしろ、だからこそクルースニクも知っていたのだが。

「…あの、兄さん?」

 その度を越した可愛らしさにクルースニクは返事もする事も忘れ真剣に見入った。彼女を外に出したら大変だ、あまりの可愛らしさに攫われる。「お菓子をくれなきゃ」とせがまれたのが自分で良かった。良からぬ輩がこのユウリィを見たら良からぬ事を考えるに決まっているそう自分のように。そんな事を本気で考えていると、ユウリィは答えが返ってこない事を不満に思ったのかぷうっと頬を膨らませた。

「兄さん…聞いているんですか?」
「あっ、ああ…聞いている」
「兄さんたら…何ぼーっとしているんですか?」
「いや…似合うな、と思って。よく出来た仮装だな」
「ありがとうございます」

 褒められたのが嬉しかったのか、ユウリィはころりと態度を変えて屈託の無い笑顔を見せた。それにまた、クルースニクはくらりと転げ落ちそうになる。なりながらも、ようやく今日のこの日が一体何の日であったかを思い出し、ひとり合点する。

「そうか…今日はハロウィンだったな」
「そうですよ、だから仮装したんじゃないですか」
「しかし…お前ももう15歳だろう。そろそろ卒業した方が…いや、卒業しないままでいてくれても俺は構わないのだが…だがしかし、何処の馬の骨とも分からん奴の目にユウリィが止まったりしては大変だし…」

 脳内で妄想を繰り返す。

「あの…兄さん、どうしたんです? ぶつぶつ呟いて」
「ああ、いや、何でもないんだ。それより菓子だったな。菓子…と言っても、普通はどんなものをあげたらいいんだ? 俺はハロウィンに参加した事が無いからよく分からないんだ」
「そうですね、飴1個だとか、キャラメル1個だとか、ほんの小さなものでいいんですよ。クラッカー1枚とか。…ありますか?」

 この部屋にユウリィが欲しがるものが無いのは、探すまでもない。お菓子などといったものはクルースニクは殆ど取らず、また取ったとしてもユウリィと一緒に居間で、というのが彼のライフスタイルであるからだ。それほどの事、長く一緒に住んでいるユウリィならば当然知っているものだと思ったが、とクルースニクは首を傾げた。

「…分かっているくせに、俺の部屋にお前が今求めているようなものなんて無い事くらい」
「――だから、来たんじゃないですか」

 思わぬユウリィから切り返しに、クルースニクは目を瞬かせた。

「何?」
「兄さんの事だからこの部屋にお菓子なんて無い事、知ってます。むしろあったらおかしいですよね、兄さんは滅多に甘いものを口にしないんですから。だから、来たんですよ」
「言っている意味が、よく分からないのだが…。ハロウィンというのは、大人が子供にお菓子をあげなきゃいけない日、なんじゃないのか。お前のその理論でいくと、どうもズレが…って、ユウリィ?」

 ユウリィは少しずつクルースニクに近付いていく。極め付けに、にっこりと微笑んだ。

「今日はハロウィンなのに、お菓子を用意していないなんていけない兄さんですね。…今晩は力いっぱいいたずらしますから、覚悟して下さいね?」
「ユウリィ…あっ…」

 どんないたずらが為されたかは、推して知るべし。


おしまい


■あとがき
ここまで読んで下さってありがとうございました。
ユリクルです。たまには妹ちゃんが強くてもいいじゃないか。
ユウリィのコスプレはネズミーランドのヒロインのあの子です。

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