赤く咲く花 |
緑の守護聖の温室にスピーカーを運び込み、ゼフェルはそのままそこへ座り込んだ。 「ねえ、あんまり大掛かりじゃなくていいよ、ゼフェル」 ゼフェルは後ろへ立つマルセルを振り仰いだ。 「お前が言ったんだろ? 花に音楽聞かせたいって」 うん、頷いて金の髪の少年はにっこり笑った。 「植物はね、音楽が分かるんだよ。綺麗な曲を聴くのが大好きなんだ」 ゼフェルは頭を掻いて足元のコードへ向き直る。 「俺にはそーゆーのはよく分かんねえけどよ、まあ、任せとけよ」 温室のすぐ外、脇に設置したステレオとアンプから伸ばしたコード。それをゼフェルはスピーカーへ繋いでいく。マルセルはしばらくそれを見ていたが、ジョウロを手にしてゼフェルの後ろから離れた。 「ねえ、水遣りするのは大丈夫?」 鉢植えに水遣りをしながらのマルセルの問いに、ゼフェルはちらっと彼を見て頷いた。 「繋いだら、あの上のほうへ付けとくぜ。お前があの上まで水を撒かなけりゃ、大丈夫だろ」 「マルセル様、いらっしゃいますか?」 温室の入り口に現れた蒼い少女。女王候補ロザリアは紫の巻き毛を揺らして緑の守護聖に声を掛けた。 「あ、ロザリア、わざわざ来てくれたの? ぼく、行こうと思ってたのに」 マルセルがにこやかにロザリアを迎える。 「構いませんわ。それに、マルセル様の温室を、一度拝見したいと思っておりましたの」 入って入って、破顔して彼女を迎え入れるマルセルに、ロザリアも微笑んで彼の前に立った。そしてロザリアは腕に掛けていた籠を外し、そのままそれをマルセルへ示した。 「何枚か選んでまいりましたが……どうでしょうか、こちらでよろしい?」 籠に入ったCDケースは五枚ほど。マルセルは籠を受け取ってうれしそうに笑った。 「どれも、ぼくも知ってる作曲家のだ。ありがとう、ロザリア。クラシックがいいなあって思ってたの。これ、本当にもらっちゃっていいの?」 「ええ、もちろんですわ」 頷いてロザリアは微笑み、温室の中を興味深げに見渡した。大小さまざまな鉢植えが置かれ、ガラス越しの温室内は汗ばむほどだ。 ブーゲンビリアでしょ、こっちがアンスリウム。マルセルが指差して花の名を告げた。背の高い蘭も花開き香りを辺りへ漂わせている。 「暑い地域で咲く花が、咲いておりますのね」 感心した声を上げて視線をくるりと回し、そしてロザリアは奥で作業をするゼフェルに気がついた。 「御機嫌よう、ゼフェル様」 ゼフェルはロザリアを振り向きもせず、おう、と返した。 「ゼフェルがステレオとスピーカーを付けてくれてるの」 マルセルの説明にロザリアは頷き、温室の外へ置かれたステレオへ目を向けた。 「ゼフェル様も意外とお優しい所がありますのね」 ああん? ゼフェルが目をすがめて振り向いた。 「お嬢のくせにおめーはホントにひと言多いな。意外と、は余計だ」 むっとしてロザリアもすぐ言い返した。 「ゼフェル様こそ、褒めたのに素直に受け取らない所は、相変わらずですわね」 そんな二人の様子をくすっと笑みを漏らしてマルセルが見る。 「ロザリア、曲を掛けてみていい?」 女王候補の少女は頷いて緑の守護聖へ柔らかく笑みを返す。マルセルは温室の出入り口を回り、ステレオのほうへ足を向けた。 「外のステレオの横にあるのが、スピーカーではありませんの?」 ロザリアの問いにゼフェルは手を止めずに声だけ返した。 「あれは、アンプ。それをこっちのスピーカーに繋ぐんだよ」 ロザリアはその答えを聞いても首を傾げた。 「アンプとスピーカーって、どう違いますの?」 あのなあ。ゼフェルは手を止めてロザリアを振り返った。 「アンプってのは、音を増幅する機器。音はこっちのスピーカーから出んだよ」 それでもロザリアは納得行かない様子でゼフェルに食い下がった。 「でも、わたくしの持っているステレオには、アンプとかっていうものは、ついていませんわよ」 ゼフェルは呆れた顔をロザリアへ向けて立ち上がった。 「だったらおめえのは、アンプ内蔵型のスピーカーなんだろうよ。ったくよう、邪魔すんなよおめえは」 ロザリアは乱暴な返答にむっとしたものの、ゼフェルの言葉を考えてひとり頷いた。 「アンプ内蔵型、スピーカー。そうですの。アンプ内蔵」 生真面目に新しい知識を楽しんでいる様子のロザリアに、ゼフェルは可愛いと笑みを漏らしそうになる。だがそれを押し込めて彼は脚立を手にした。 ゼフェルは脚立に乗り、スピーカーの取り付け用の金具を温室の柱へ取り付ける。 「おめー、暇ならちょっと手伝え。コード持ってろよ」 ゼフェルの声に、躊躇いがちにロザリアはスピーカーを繋ぐコードを手にした。ゼフェルが脚立に足を掛けてスピーカーを持ち上げるのにあわせ、ロザリアもコードを手繰る。 ゼフェルは取り付け用の金具へスピーカーの根元をセットし、片手をロザリアへ伸ばした。 「そこのドライバー取ってくれ」 え? 戸惑ってロザリアはゼフェルが下へ広げていた工具セットを見下ろした。 「どれですの?」 「おめーの足元の。……ちげーよ! ネジ締めるんだからそっちの、プラスのだって。とれーなあ、ホントに!」 屈んでロザリアはゼフェルの言うドライバーを取り彼に持ち手を差し出したものの、顔は不服そうな様子を隠そうともしない。 「ゼフェル様、人にものを頼む時の態度は、改めたほうがよろしいかと思われますわよ!」 サンキュ、一応ロザリアに礼を言ったが、ゼフェルはすぐに作業に熱中する。 「これでよし、と」 スピーカーの根元のスイッチを入れ、ゼフェルは外のステレオの前にいるマルセルへ頷いてみせた。 「いいぜ、つけてみろよ」 マルセルがステレオを操作すると、温室の中に先程ロザリアが持って来たクラシックの名曲が流れ出した。 「おっ、俺も知ってるぜ、この曲。この音、ヴィオラだかチェロだか、バイオリンの親戚みたいなやつだよな」 ロザリアはそれを聞きとがめて声を上げた。 「確かにどれも弦楽器ですけど、音が違いますわ! これはヴィオラです!」 はあ? ゼフェルは横目でロザリアを見る。 「俺にはどれも似たようなもんだし。つか、興味ねーし」 「でも、そもそもその三つは大きさが全然違いますわよ!」 そんな事はどうでもいい、そう言い返そうと思ったが、ゼフェルは顔を赤くして強い口調になっているロザリアを見て、あることを思い出した。 「ああそっか、おめーバイオリンを弾くんだったな。全く、お嬢様はお綺麗な楽器を嗜んでいらっしゃると来た」 口調にカチンと来たロザリアは拳を握り締めて反論する。 「わたくしの趣味をとやかく言われる筋合いにはありませんわ! ヴィオラとバイオリンの違いを知っていても損にはなりませんわよ! スピーカーとアンプの違いを、あれ程大いばりでおっしゃるんなら!」 「何だって、おめえ!」 「何ですの!」 後ろから呆れた声が二人に掛けられた。 「あのさあ二人とも。いちゃいちゃするんなら、温室から出てやってくれない?」 横目でマルセルに冷ややかに見られ、ゼフェルとロザリアは真っ赤になって怒鳴った。 「してねーよ!」「してませんわ!」 勢いよく振り向き声をハモらせた二人に、マルセルは吹き出して腹を抱えて笑った。 「ゼフェルとロザリアって、似てるよね」 再び声が重なる。 「似てねーよ!」「似てませんわ!」 マルセルの笑い声が更に大きくなった。 マルセルは足元にあったミニ薔薇の鉢植えを持ち上げてロザリアに示した。 「あ、そうだ。これ、CDのお礼。この子に、ロザリアの生のバイオリン、聞かせてあげてよ」 ありがとうございます、ロザリアは頬を染めたまま頭を下げた。 「おお、いいじゃねーか。ここにある同じ鉢植えとおめーの部屋の鉢植え、CDとおめーの生演奏、どっちが花を綺麗に咲かせるか、楽しみだぜ」 ニヤニヤ笑うゼフェルを見返しロザリアは眉を吊り上げて考え込み、そしてにっこり笑うと彼に宣言した。 「では、この鉢植えはゼフェル様の執務室に。毎日、バイオリンを弾きに伺いますわ。音の違いを、薔薇にもゼフェル様にも、聞かせて差し上げてもよろしくてよ!」 「なっ!」 顔色を変えたゼフェルに再びマルセルが吹き出した。 「そりゃいいや。二人に当てられて、ミニ薔薇も真っ赤に咲きそうだね!」 ゼフェルとロザリアはまた揃ってマルセルを振り向いた。 「咲かねーよ!」「咲きませんわ!」 end |
■しろがねさんのサイト「Silver hourglass」 1周年記念創作でこちらのゼフェロザ創作も(←ここ重要)フリーとなっていたので、お持ち帰りさせていただきました〜。 うわーい♪ 折角なのでいただいた分全部自慢です♪ こちらのゼフェロザは大変に可愛らしい…というかそもそもしろがねさんの創作は全部かわいい…のです。 ロザリアの「アンプとか」って台詞が好きです。絶対分かってない(笑) この二人は相性はいいのに親密度がまだ低いという感じがします。親密度が一旦上がり始めたら鰻上り的に仲良しになるのではないかと…。 そんでもってこの創作では一貫して大人な対応をするマルセルにもきゅんとします。 マルセルが二人をからかうなんて…! ゼフェロザの今後も気になるところですが、個人的にはマルセルの行方も気になるところです。 このマルセルが何処でどんな恋愛をするのか、見ものですよね。 その後の行方がタイトルに暗示されているのも好きです。結局ミニ薔薇は二人に当てられて真っ赤に咲いたんですよねv しろがねさん、ありがとうございました! |
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