スイッチをオンにして |
「明日、オリヴィエ様とショッピングに行くの! 楽しみ!」 ロザリアの部屋でアンジェリークはわくわくと瞳を輝かせ、胸に手を当ててその場で踊るようにくるんと回った。そんな彼女の様子をロザリアは横目で見る。 「その楽しみなのは、オリヴィエ様と、という所ですの? それともショッピング、という所ですの?」 え? 金の髪の女王候補はくるんとライバルでもある親友の少女を見返した。更にロザリアは紅茶を口に運びながら続ける。 「あなた最近、オリヴィエ様と仲がよろしいですわね。もしかするとそれは、そういう事ですの?」 ええー? アンジェリークは困惑した呈で首を傾げた。 「オリヴィエ様はお洒落に関することになんでも詳しいし、だからわたしは、いろいろ相談に乗ってもらって」 うん、と自分の言葉に頷いて、アンジェリークはロザリアに対面する席に座った。 「それはもちろん、いっしょにいて楽しいし、オリヴィエ様のことは好きだけど、でもそれは、ええと」 彼女に淹れられていた紅茶へアンジェリークは手を伸ばし、ひとくち飲んだ。 「だって。オリヴィエ様って、お姉さんみたい……だから」 だんだん口篭るアンジェリークをロザリアはちらっと見た。 「あらそう。でしたらわたくしがオリヴィエ様をお誘いしても構いませんの? わたくし、オリヴィエ様はとても男らしい所もおありだと思いますのに」 アンジェリークは目を丸くした。ロザリアは夢の守護聖に男性として好意を持っている、そう言ったのだ。 自分はそうではない、ような気がする。けれど想像してみた。休日、ロザリアの隣で微笑むオリヴィエ。それは……。 それはダメ。そう口から出そうになってアンジェリークは戸惑った。 オリヴィエ様がお姉さんだとしたら、自分はただの妹ではないか。なのにどうしてだろう、独占したいという気持ちは? 眉を寄せたり首を傾げたり目を見開いたり。ひとり百面相をするアンジェリークを前に、ロザリアは吹き出しそうになるのを堪えて紅茶を飲んだ。 「やっほ〜! アンジェリーク。迎えに来たよん」 いつも通りアンジェリークの部屋に迎えに訪れた夢の守護聖。ご機嫌な声で現れた彼は休日の装い。体の線が出る上下そろいのダークな色合いの上着と細身のパンツ。鋲の付いたハードな衣装だが、纏うストールと宝石の付いたアクセサリが鮮やかだ。いつもの格好とは違い、その私服は中性的でも女性的でもない。 「おは、おはようございます、オリヴィエ様」 ぎこちない返事にオリヴィエがアンジェリークの顔を覗き込んだ。 「あっれ? あんたの大好きなショッピングに行くんだよ? どうしたのさ、元気ないじゃないか。ナニ? 体調でも悪いの?」 言うと屈んでオリヴィエはアンジェリークの額に手を触れた。 「大丈夫、元気いっぱいです! きょ、今日はわたし、狩人の気分ですよ。素敵な服をがっちり手に入れるんです!」 アンジェリークはオリヴィエの手から逃れ、力こぶを作るポーズをしてみせた。オリヴィエはキャハハと笑い、その調子、じゃあ行こ行こ! とアンジェリークを促した。 「ホントは首都まで行きたいとこだけどねぇ」 それでも聖地のショップまで行けるのも守護聖が付いていてこそ。次元回廊を渡る許可を女王補佐官へ取ってくれたのもオリヴィエだ。 「十分です。聖地のお店に行けるなんて、すっごく楽しみでした」 目を輝かせるアンジェリークの金の頭を、オリヴィエはぽんぽんと叩く。 「んっふ。素直なコは大好きだよ」 アンジェリークはドキッとして胸に手を当てた。 ロザリアがあんなこと言うから、いつもと同じオリヴィエ様の言葉が、なんだか違って聞こえてしまう。落ち着こうよ、自分。 戸惑うアンジェリークに気付いているのかいないのか、オリヴィエはいつもの調子で楽しそうに彼女をエスコートした。 聖地へ着いて二人は早速ショップを回る。 自分の気に入った服に加え、オリヴィエが薦める服も、次々にアンジェリークは試着した。オリヴィエはアンジェリークの趣味を考えつつも、それまでとは少し趣の違うものをセレクトしてくれる。アンジェリークはいつも、これはちょっと、と思う服が自分に似合う事に驚いた。 小物使いやアクセサリで華やかにするテクニックも交え、ショップの店員とオリヴィエの着せ替え人形と化しながら、アンジェリークも目一杯それを楽しんだ。 最終的に二つに絞り込んだ服を前に、アンジェリークはうれしい悩みでオリヴィエと微笑み交わした。 「オリヴィエ様、今日は試着なさいませんの?」 アンジェリークは、店員の女性がオリヴィエに掛ける声に艶が含まれている事に気が付いた。 「ん〜、今日はね、レディースは着ないんだよ。デートだしね」 ね? 屈んでウインクしてみせるオリヴィエに、アンジェリークはどぎまぎしてくるっと背を向けた。 「メンズも入れてますわ、こちら」 ん? 興味を引かれたらしいオリヴィエが、店員の女性に近付く。ハンガーを持つ手が触れ、店員の女性が頬を染めてオリヴィエを見上げるのを、アンジェリークはちらっと見た。 「アンジェリーク、ちょっと私も着ていい?」 オリヴィエの声にアンジェリークは、もちろんです、と頷いて返す。 試着室に消えたオリヴィエを、店員の女性が目で追ってほうと溜め息を吐いた。 「夢の守護聖様は、本当に素敵ですね」 オリヴィエ様、もてるんだ。アンジェリークは落ち着かない気分になり、もじもじと吊るしの服に触った。 「じゃあ〜ん。どう?」 オリヴィエが先程の服を試着して現れ、アンジェリークはグリーンの瞳をぱちぱちと瞬いた。生成りのベストに鮮やかなピンクのベストが重なり、けれど胸元がかなり開いている。スラックスも生成りで、同じ色のブーツと相まって長い足が更に長く見えた。 「お似合いですわ。とっても」 アンジェリークは満足そうな店員の女性の顔を見て確信した。 きっとこの服はオリヴィエ様のためにだけ置いていたんだ。他のひとに着こなせるとはアンジェリークにはとても思えない。 「カワイイだろ、ピンク」 横に立ったオリヴィエに、アンジェリークは目を向けないようにして首を振った。 「綺麗ですけど、あの、あんまり普段着って感じじゃないかなって思います」 くすっと笑って足を戻しかけたオリヴィエへ、店員の女性がアクセサリをいくつか持って来る。二人が遣り取りをしている様子を、アンジェリークは気にしないよう努めて背を向けた。 「お待たせ。さ、行こうか」 ぼんやりしていたアンジェリークの前を、オリヴィエがショップの袋を肩に掛けて過ぎた。 「えっ、あ、わたしの服。どっち……」 オリヴィエは肩越しにアンジェリークを見てふふ〜と笑う。 「さあて、どっちかな。お楽しみ」 アンジェリークは隠し切れずむっとした顔になってしまった。 どちらにしようか、まだ迷っていたのに。オリヴィエ様ってば、あの店員の人と勝手に決めちゃったんだ。 「オリヴィエ様は、さっきの服、買わないんですか?」 機嫌悪げな声のままアンジェリークが尋ねると、オリヴィエは足を止めて振り返った。ダークな色の上着のジッパーが、服を着替えた際にかかなり下まで開いていて、アンジェリークはそこへ目が行ってしまった。 「あんたが褒めてくれなきゃ、今日買う意味はないだろ?」 それを聞きアンジェリークは恥ずかしくなって俯いた。 わたしもオリヴィエ様にとても似合っていたと思う。なのに店員の人がうれしそうにしているから、褒めそびれてしまったのだ。 「まだ時間あるし。お昼食べてこ?」 オリヴィエの手が伸びて彼女の手を掴んだ。アンジェリークが丸くなった緑の瞳を上げてオリヴィエを見ると、彼は目を細めてふっと笑った。慌ててアンジェリークは目を下に落とし、そして頬を赤く染めた。 正面に座るオリヴィエの上着のすき間から肌がちらちら見えて、アンジェリークは居心地が悪い。ランチはとても美味しかったが、何故か今日のアンジェリークにはそれをゆっくり楽しむ余裕がなかった。 グラスを持つオリヴィエの指が長い。今までだって何度か手を繋いだ事があったのに、どうして今日はこんなに胸の鼓動が速いのか、アンジェリークは当惑した。 オリヴィエ様ってお洒落で、本当に綺麗だけど、でも男の人なんだ。 デザートをつついていたフォークを持つ手が止まり、アンジェリークはいつしかオリヴィエをじっと見ていたらしかった。口の端が上がり、面白がる表情でオリヴィエがアンジェリークに体を乗り出した。 「なんかさ、今日はいつもと違わない? ナニ考えてんのさ、アンジェリーク」 オリヴィエのコロンの香りが届き、ジッパーから顕わになる肌が目の前に見え、アンジェリークは顔を赤くした。その様子にオリヴィエは眉を上げ、そして薄目になって更に顔を寄せ、とんでもない事を囁いた。 「そんな顔してると。食べちゃうゾ」 アンジェリークは真っ赤になって固まった。自分の心臓がうるさいくらいガンガン音を立てているのを感じる。 ドキドキするドキドキする。ああもう、こんなの変! おかしいよわたしのからだ! ひと言も声を発する事もできないまま、ただブルーの瞳の前で真っ赤になって固まるアンジェリークに、オリヴィエはグラスを傾けてくすくす笑った。 部屋まで送られ、アンジェリークはもごもごと口の中でオリヴィエに礼を言った。ショップの袋を肩から下ろし、オリヴィエは彼女にそれを開けるよう促した。 「え……! オリヴィエ様、これ……!」 現れたのは、アンジェリークが最後まで迷っていた服、どちらも。二着とも袋の中へ収められていたのだ。 「どっちを選んでも、きっともう一方の事が気に掛かるだろうなって。一着は私からあんたに」 アンジェリークは胸がいっぱいになって声を詰まらせた。 「あり、ありがとうございま……」 んーん。首を振ってオリヴィエは笑った。 「あんたとショッピング出来てホント楽しかったよ。でもさ、それだけじゃなくて……」 オリヴィエは言葉を切ってじっとアンジェリークを見つめた。 「いつもいっしょにいても、あんたがそんなふうに私を見てくれたコト、なかったね」 魅入られたように動けずにいるアンジェリークへオリヴィエは続けた。 「今日はどうしたんだろ? 誰があんたのスイッチ入れたのかな?」 ええと。アンジェリークはまた速くなる鼓動に戸惑いながら首を傾げた。 ロザリアとショップの女性? いえきっと、それはオリヴィエ様。 「すみません、迷惑……」 言い掛けたアンジェリークの唇にちょんと長い指を乗せて、オリヴィエは彼女を黙らせた。 「迷惑でなんかあるもんか。うれしいよ」 艶やかに微笑むオリヴィエをアンジェリークはまた頬を染めて見つめた。 「またそんな顔して。ああもう」 苛立たしげに言ったオリヴィエは、屈んでアンジェリークの顎に手を添えた。 「ちょっと味見。ね?」 そしてオリヴィエの唇が下りてアンジェリークの唇に重なった。 end |
■しろがねさんのサイト「Silver hourglass」 1周年記念創作でこちらのヴィエリモ創作も(←しつこいようだけどここ重要)フリーとなっていたので、お持ち帰りさせていただきました〜。 3作品もフリーだなんてしろがねさんは太っ腹すぎます。 つくづく思うのですが、リモがこれまでヴィエ様を意識してなかったのは、ヴィエ様が意識させないようにと努めていた…からではないのかなーと。 それが出来てしまう大人の男なのですよね、ヴィエ様は。 …で、リモがすっかり心を許した頃にぎゃおーと行くんですよね!(何処へだ) ヴィエ様創作を読んでいてこんなに結婚したくなったのは初めてです。 しろがねさんはとことんヴィエ様愛を貫くヴィエ様愛サイトを運営してらっしゃる方ですが、私もこの頃すっかりつられております。 しろがねさん、ありがとうございました! |
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