君の声は、音色


「青い瞳のお嬢ちゃんだ」
 ふたつ繋げたテラスの椅子へ足を投げ出して座り、壁に背を突けて寝ているとばかり思っていた男が目を開くと言った。
「はあ? なんの話さ」
 夢の守護聖は水の守護聖と顔を見合わせると肩を竦めた。今二人が交わしていた会話の中には、女王候補の話は金の髪のほうも青い瞳のほうも、どちらも登場してはいなかった。
 だがオスカーはオリヴィエのほうを見もしないで椅子から立ち、青いマントを翻す。そして足早にテラスを後にした。
 廊下を回ったオスカーが聖殿の正面階段の上に姿を見せるのを、オリヴィエはテラスの手摺りから乗り出して見る。そして、ああ、と腑に落ちた声を上げた。
「ホントだ、ロザリアじゃないか。いま、聖殿の階段を登ってるトコ」
 そして呆れ顔でリュミエールを振り向いておかしそうに笑う。
「寝てるとばっかり思ってたのに、あいつってばロザリアの来るのがどうして分かったんだか」
 さっすが女と見れば鼻が利くのかねえ、オリヴィエはきゃははと声を上げた。
「ああ、それについてはひとつ思い当たる事柄がありますよ」
 ふふ、とリュミエールはオリヴィエに同調して笑うと、先日の炎の守護聖とのやりとりを語って聞かせた。


 ジュリアスの執務室へリュミエールが王立研究院から言付かった書類を届けた折のこと。
 そこには上司の本棚をせっせと整頓するオスカーがいて、おう、と同期の彼に手を上げて挨拶を寄越した。リュミエールもそれに頷き、ジュリアスの執務机に寄って書類を首座の守護聖に渡す。研究員から言われた注意事項を伝えると、ジュリアスはリュミエールへわざわざすまぬと言葉を返した。
 ちょうどそこに窓から若い守護聖たちの楽しそうな声が聞こえて来て、リュミエールとジュリアスは窓のほうへ向けた目を緩ませた。
「今日も元気なことだな」
「そうですね。今日は喧嘩をしているようでもないですし、どうやら彼らの心も今日の日和のようにお天気のようですね」
 そんな会話を交わしていると、耳を澄ませたオスカーがひとりごちたのだ。
「ランディたち三人だけじゃなく、お嬢ちゃんもいるようだ」
 リュミエールは首を傾げてオスカーを見た。
「少女の声は聞こえなかった気がしますが、アンジェリークですか?」
 オスカーは少しばかり驚きを示してリュミエールを見返す。
「いや。青い瞳のお嬢ちゃんのほうだ。お前には聞こえないのか? これほどはっきり聞こえるのに」
 リュミエールが思わずジュリアスを振り返ると、彼も首を振って耳を澄ます。
「ロザリアはあのように声を張り上げてはしゃいだりはせぬだろう。いるとしたらアンジェリークのほうではないか?」
 もっともな意見だ。リュミエールも同様に思い、アンジェリークかと問うたのだから。だがオスカーはきっぱりと首を振った。
「いえ、ジュリアス様。静かに話しているだけですが、ロザリアに間違いありません」
 あまりに自信たっぷりに言うのでリュミエールとジュリアスは興味を引かれ、二人で横のバルコニーへ出てみた。
「あ、ジュリアス様にリュミエール様、こんにちは!」
 階上のバルコニーへ立つ二人に気付いて大きく手を振ったのはランディ。マルセルも、お二人の組み合わせって珍しいですね! と屈託なく笑った。ゼフェルは嫌そうな顔で、なんだよ二人して。説教かよ? と悪態をつく。
 するとその向こうにオスカーの言った通りロザリアの姿があった。
「ジュリアス様、リュミエール様、御機嫌よう」
 スカートの端を摘んで優雅に膝を折る姿を認め、ジュリアスとリュミエールは顔を見合わせた。そしてそれぞれに階下の者たちへ挨拶の言葉を渡し、執務室へと取って返した。
「そなたの言った通りであった」
 ジュリアスが笑いながらオスカーを見たが、彼は本を整頓する手を休めずにひとつ頷いただけだった。何も不思議はない、という表情で。


「はは〜ん。分かったよ。”カクテルパーティ効果”ってヤツだ。カクテルパーティーみたいな騒がしい中でも、好きな人の声は自然と聞き取ることができる、ってアレだね。オスカーのは、どうやらかなり遠くからでも彼女の声が聞こえる、ってのらしいけど」
 リュミエールも頷いてそれへ同調する。
「ええ、まさに。けれど可笑しいのは、オスカー自身がそれに気付いていないようでさえある事です」
 あはは、とオリヴィエは楽しそうに笑った。
「自分の本気の気持ちに気付けないなんて、プレイボーイ歴が長いのも考えものだ」


 彼女の奏でるバイオリンよりも響くその声。そこにいるだけで大輪の薔薇よりもかぐわしく香る。
 ロザリアが聖殿の階段を段々と上って彼へと近付いてくるのを、オスカーは息を潜めて待った。今日のロザリアは彼のからかいの言葉にどう反応を示すだろう。
 つんと可愛らしく顎を上げて彼の手をはねのけるだろうか。それとも音楽よりも素晴らしいその声で笑うだろうか。
 オスカーは口の端を上げて彼の青い天使を迎える。
「よお、お嬢ちゃん」


■しろがねさんのサイト「Silver hourglass
しろがねさんのサイトで2周年記念フリー創作だったオスロザをいただいてきました。
フリーなのはこれだけじゃないんですよ5作以上フリーなんですよしかも全部面白いんですよハイクオリティにも程があります…っ。
全部いただいてきて全部飾ろうウヘヘとかも考えたんですがさすがに空気読んだ方がいいと思ってやめました。
それにしてもオスロザなわけです。
普段、私はオスカー様に関しては孤高でかっこいい彼を妄想しがちで、世のお嬢ちゃん方もそうだと思うのですが、
今回見て下さい! かわいいオスカー様! たまらん鼻血が出ました。これぞ年相応なオスカー様なのでしょうね。
あの女性関係に関しては右に出るもののない強さ(?)を誇る彼がロザリアに対してだけ鈍いだなんてそんな…萌えます。

「まあ、なんですの? いつもいつも私の行くところに先回りして。わたくしは忙しいんですのよ。
 あなたに構っていられる時間なんて無いんですから」
「そうつれない事を言うなよ、お嬢ちゃん」
「だからそうやって、お嬢ちゃんと呼ぶのはやめていただけませんこと?!」

でもなんかそこはかとなく嬉しそうなロザリアとすごく嬉しそうなオスカー様の組み合わせ、ですねこれは。
しろがねさん、2周年おめでとうございます&こんな素敵な創作をありがとうございました!!

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