白くて甘い毒 |
「甘すぎて、毒にもなりそう」 彼が呟いた言葉に、のんびりと男が振り向きターバンの端が揺れる。 「おやあ、貴方も甘いものが苦手でしたっけ」 オリヴィエの前にはルヴァが出したばかりのお茶請けがあった。それは羊羹という餡を寒天で固めた菓子で、確かにその甘さには定評がある。 曖昧に頷いてオリヴィエはグリーンティーを口にした。 お茶の時間近くになるとオリヴィエはこうして地の守護聖の執務室へ寄る事が多い。そしてそれはもちろん、彼に限った事ではない。 「こんにちは! ルヴァ様、それから……オリヴィエ様」 「ルヴァ様、オリヴィエ様、御機嫌よう。今日もお邪魔致しますわ」 女王候補二人が連れ立ってオリヴィエと同じように地の守護聖の元へやって来た。ルヴァは目を細めて少女たちを迎え、オリヴィエも笑みとウインクで彼女らへ挨拶する。 「はぁい、ルヴァんトコにいるとあんたたちにこうして会えるから、嬉しいよ」 んふふんと笑えば、少女二人は揃って頬を赤くした。そして二人はルヴァが茶器の準備をするのを手伝いに回る。 「あっ可愛い! このカップ可愛いですね。今日わたしこれ使ってもいいですか?」 「アンジェリーク、茶器ならルヴァ様がもうこちらへご用意くださってるのに。子供みたいな事は大概にしてくださる?」 賑やかに上がる声。少女二人はライバルという垣根を越え、お互いを大事な存在と認め合っている。女王候補としてここ飛空都市へ来た二人はタイプこそ違えど、次代の宇宙を担うために選ばれた存在であるのだから。 四人でテーブルへ着いて、会話を交しながらお茶を楽しむ。 「育成の調子がいいようですねえ、アンジェリーク」 ルヴァがそう金の髪の少女へ話を振ると、アンジェリークは満面笑みになってはい、と頷いた。 「少しコツが掴めて来たみたいなんです。まだまだフェリシアには追い付けないけど、エリューシオンのみんなとっても元気です」 それを聞いてロザリアは胸を張って宣言する。 「フェリシアの民だって元気ですわよ。そう簡単には追い付かせませんもの、覚悟なさって」 「えーもう、分かってるけど、がんばるもん」 口を尖らせたアンジェリークだが、ロザリアと顔を見合わせると吹き出して笑った。オリヴィエも二人の頭を順に撫でてにっこりと笑う。 「あんたたち二人が元気で前向きなのは、私たち守護聖も力をもらってるんだよ。ん〜、ご褒美に何か欲しいモノあるかい? 私のキスとか?」 彼の言葉に少女二人は途端に頬を染めた。その反応に、きゃは、冗談だよ、じょーだん! とオリヴィエは笑い声を上げる。 「ああ〜、それは冗談だとしても、アンジェリーク? この間オリヴィエからお洒落についていろいろ聞きたいと言っていたじゃないですか」 ルヴァが口を挟み、オリヴィエに提案を寄越した。 「女王候補二人に美容講座を開いたらいかがですか? オリヴィエ。もちろん私も、貴女たち二人の望む授業をしましょう。どうですか?」 きゃあっとアンジェリークが歓声を上げ、ロザリアも輝く瞳でルヴァとオリヴィエを見る。 「ルヴァ様とオリヴィエ様がご迷惑でないのなら、ぜひ」 日の曜日の午前と午後に二人の守護聖の得意な分野の講義を取り付け、女王候補二人は楽しそうにルヴァの執務室を後にした。にこやかに笑っていたオリヴィエだったが、彼女たちが出たドアが閉まると笑みを消す。 「冗談で済ませたいコトもあるんだけどさ」 地の守護聖へ背を向けてむっつりとオリヴィエが言うと、ルヴァは不思議がる声で答える。 「貴方も女王候補二人を気に入っていると思っていましたが……私の勘違いでしょうか? だったら申し訳ありません。余計な事をしてしまいましたかねえ」 オリヴィエはメッシュの髪をかき上げて小さく息をついた。 「気に入ってるどころか」私だって本当は、さ。 オリヴィエはルヴァを振り向いて訳知り顔で肩を竦める。 「ま、あんたがあの金色の天使にいかれちまってる程じゃないけどね。ハイハイ、二人の天使がもっと可愛くなるよう、協力させてもらうとするよ」 い、嫌ですねえ、からかわないでくださいよ、とルヴァは慌てて後ろを向いたが、その頬が赤いのはオリヴィエの目には明らかだった。 甘いね。 女王試験が始まってからのこと、白い翼を持つ二人に翻弄されているのは、何もルヴァだけじゃない。白いその甘さへ絡め取られて身動きができない。 向けられる微笑みに胸を痛くする。けれどそれを拒絶もできず、時々惹きつける言動で惑わせてしまうのは、自分の弱さだとも思う。 それは甘くて、毒にもなる。 「洗顔ソープはよく泡立てて。泡を転がすように。そおっとね」 予定通り開かれたオリヴィエの講座に、二人の女王候補は真面目に出席した。スキンケアの講義は、洗顔の仕方からはじまる。 輝く二対の瞳。彼を呼ぶ声はどちらも密かに熱が灯る。どうやら彼女らはお互いそれに気付いてはいないらしい。いっそ気付いてくれたら違うと思うのだが。 きゃあきゃあと笑い合う少女二人を、いつしか彼はじっと見つめていたようだった。 「どうしたんですか? オリヴィエ様」 アンジェリークとロザリアに顔を覗き込まれ、オリヴィエはふっと微笑んだ。 「あんたたち二人ってば仲良いからさ、私ちょっと疎外感感じてたんだけど」 まあ。二人は目を丸くしてから笑う。 「オリヴィエ様ったら、そんな時でも綺麗ですわね」 「うん。なんだか愁いを帯びてて、見惚れちゃいました」 お、言うねえ! オリヴィエはロザリアの肩を抱き寄せ、アンジェリークの髪をくるくると撫でた。 「んじゃ、私も混ぜてもらおっかな。さあて、じゃあ次は簡単なフェイスマッサージだね!」 夢の守護聖の執務室には、賑やかな明るい声が溢れた。 彼の美容講座から何日か経った日のこと。扉が開くと、グリーンの瞳が驚きで見開かれ、彼の執務室に広げられた布たちの色の洪水の前に大きく瞬きした。 「いいトコに来たじゃない、アンジェリーク。あんたのドレス、作ったげよっか。どんな色がいい?」 機嫌よく来訪者へオリヴィエは笑い掛けた。アンジェリークも頬を染めてオリヴィエへ微笑む。 「嬉しい! わたし、わたしオリヴィエ様……の作るドレス、大好きです」 薄いピンクの織りの布を金の天使へ巻き付け、オリヴィエの手はリボンもピンクへと変える。髪に挿し入れられた指が動くと、彼女の白い頬が赤く染まっているであろう事は、鏡へ目をやるまでもなく分かる。 「この間の講義でした肌のスキンケア、毎日ちゃんとやってる? ん、お肌の調子、いいみたいだね?」 いいコいいコ。オリヴィエが金の頭を撫でると、不満げにピンクの唇が尖る。 「オリヴィエ様にとっては、わたしはどうせ子供ですよね」 ん? 鏡の中のアンジェリークへ顔を寄せ、オリヴィエは華やかに微笑んだ。 「拗ねないでよ。あんたとロザリア、いっぺんに飾りがいのある妹が二人もできて、私は毎日ご機嫌だよ〜ん。ね、あんたもご機嫌ならイイんだけどな」 妹……。それを聞いた途端、アンジェリークは俯いて唇を噛んだ。だがぱっと上げた顔は笑みへ戻っていた。 「このドレスとお揃いのバッグと靴がもしあったら、もっとご機嫌かも、です」 おやおや、ちゃっかりしてるねぇ。そうオリヴィエも笑い返す。 「これがドレスになったら、あんたの可憐さにもっと参っちゃいそうなヤツ、一人知ってるよ。バッグも靴も用意しちゃうから、もっと振り回しておやり」 彼のウインクに、はい、と大きく頷いたアンジェリークの目尻に光るものへは、オリヴィエは気付かなかった、振りをした。 夢の守護聖の執務室を訪ねた女王候補は、その日ひとりだった。青い髪を揺らせてロザリアは微笑む。 「あの子は最近ルヴァ様とお出掛けが多くて。わたくし寂しいので、オリヴィエ様お付き合いくださいませ」 もちろんだよ、大歓迎。ロザリアへそう応じてオリヴィエは彼女の座るソファーの向かいへ移動した。補佐の者が運んでくれた紅茶へ口を付け、オリヴィエは窓の外へと視線を向ける。その表情はいつもより寂しげであったかもしれない。ロザリアが躊躇いがちな声を掛けて来たから。 「オリヴィエ様も寂しいと思っておられますの?」 オリヴィエはロザリアへ視線を向け、少しだけ微笑んだ。 「そう、だね。手を離したのは私なんだ。思った通りになったのにね」 白いままでいて欲しかった。多分あのまま毒が体中回った自分が暴走したら、その翼は黒く染まってしまっただろうから。 「まさか。もしかして、オリヴィエ様は……」 ロザリアの言葉はその後消え、彼女は俯いて黙り込んだ。オリヴィエはそれにイエスともノーとも答えず、紅茶の残りを飲み干した。 「あんたもアンジェも、すごく綺麗になったよ。私には何よりそれが一番の褒美かな」 にっこり笑ってそう伝えると、ロザリアは息をのみ、そして切羽詰った表情で口を開く。 「わたくし、以前からずっと、オリヴィ」 オリヴィエは手を伸ばし、彩られた指先をロザリアの唇へ止まらせた。 「今は待ってくれないかい。今はこうして二人で、ちょっと寂しい気持ちに浸っていたいんだ」 お願い。オリヴィエがそう目配せすると、ロザリアは赤く染まった頬で眉を寄せて頷いた。 窓から入る日差しはいつもと変わらず柔らかで暖かく、青い天使の持つ翼のもと、彼を浄化していくのだった。 |
■しろがねさんのサイト「Silver hourglass」 しろがねさんのサイトで2周年記念フリー創作、オリヴィエ×(リモ+ロザ)でした。 告白します。私のリクエストです。(…) 元々は、「リモもロザもヴィエ様が好き。互いがライバルだって事に気付いてない。ヴィエ様はどっちかだけが好き。エンディングはお任せ」がリク内容でした。 今思えばだいぶ無茶を言ったと思います。ごめんなさい。でもアップされたものを拝読して「しろがねさんはやっぱりすごい」としみじみ感じました。 私のリクエスト自体がドロドロ一歩手前って事もあるのですが、それを差し引いてもいつもとはちょっと雰囲気の違う始まり方にしょっぱなからドキワクします。 ルヴァ様が出てくるところがにくいところです。も、もう、ルヴァ様が出てきてあまつさえルヴァリモなエンディングになったからって狂喜乱舞したりしないんですからねッ!(ツンデレ) どういう終わり方になるのか、楽しみにしながら読み進めたら大団円を予感させるものでした。切なさ7割、爽やかさ3割で、読み終わって気持ちよかったです。 この創作の一番の萌えどころはぼんやりとリモの事を想いながら窓の向こうの遠くの景色を眺めるオリヴィエ様です。な、なんて絵になるんだ。 何だかぼんやりしているのを誰に咎められても「私は大丈夫さ」って言うんだけど、半分は嘘で半分は本当で。それをロザリアだけが知っている…なんて。 「わたくしたちは同志ですわね、ルヴァ様」 「はいー? 何がですか?」 「わたくしたちにとって一番大切な人が、それぞれ大切なものを諦めてくれたからこそ、今の未来がある… そういう意味ではわたくしたちは同じ立場にたっている、同志と言えるのではありませんか?」 ちょっとしんみりしてるロザリアと、何だかよく分かってない様子のルヴァ様との間にこんなやりとりがあったりなかったりしてそうです。 素敵なオリヴィエ様に萌え度マックスです! ごっつぁんです! 2周年おめでとうございます&こんな萌え小説をありがとうございましたーvv |
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