険悪シリーズ第一弾・コレットVSエンジュ編 |
なぜ、この世はこれ程までに悪意が満ちているのだろう。 それは誰が統治しても変わらない。陛下のおわす神鳥の宇宙においても、この聖獣の宇宙においても、それは同じだ。何も変わらない。 エンジュ・サカキが私に対して悪意を抱いているのは知っていた。 この聖地であっても、誰かの悪意は安々と忍び込み、人を傷付けられるその瞬間を待っている。人が血を流すのは、何も、人の手にある道具ばかりではない。 善人ばかりでこの世が満たされないのはなぜか。 最近はそんな事ばかり考える。そんな時人は言う、「善人ばかりの世界は面白いか」と。それがさも答えであるかのように。 その意見には同調出来ない。我々の作ろうとしている世界は善人だけの世界ではないのか。悪人を守るために世界を繋げていくわけでもない。この道は、何処に続いているのか。悪人を受け止めるために法が存在するわけでもない。 この世には悪が満ちている。到底理解出来ない。真っ当に生きてきたのなら、悪意になど染まらないのだろうに。一体誰が、悪意を生んだのか。悪人の親なのか。悪人の親の親なのか。 それは試練だ、と人は言う。 人の悪意を乗り越えた時人はまた一段階大きくなれるのだと。 その意見にも賛同出来ない。 悪人がいなければ大人になれないというのなら、私はずっと子供のままでいい。子供のままでいいから、この世は美しいのだと信じていたい。エンジュ・サカキのあからさまな視線の意味に気が付かないまま、世界は薔薇色だと信じたまま死んでゆきたい。 もう手遅れだ。私はこの世に悪意がある事を知ってしまった故子供には戻れないし、さりとてその悪意を笑って受け流す事が出来ない故大人にもなれない。 私の目の前に二つの道がある事を、薄々感づいている。 一体どうせよというのだろう。 私は何度でも同じ事を考える。執務室の机の上に静かに置かれた猫の死骸。犯人の見当は付いている。証拠は無いが、エンジュ・サカキに相違ない。 内臓をぶちまけた状態のまま横たわってぴくりとも動かない猫を、私はずっと眺め続ける。 これが、悪意だ。 私に一体どうしてほしいのか、何度でも猫に問い掛けている。答えは無い。不満があるのなら言えばいいものを。要求があるのなら欲すればいいものを。悪意だけぶつけられても、困惑するばかりで答えに詰まる。違う解決の仕方ならいくらでもあるものを、なぜ手間暇をかけて危険を冒してこんな手段に出るのか、理解に苦しむ。 分からない。私は彼女ではないから、彼女の考え方が理解出来ない。そのスリルすら快感なのだろうか。してはいけない事をやってのける、それがえも言われぬ興奮を呼んでいるというのか。 言いたい事があるのなら話を聞こう。解決出来るかは分からないが、黙ったままなのではけして私には伝わらない。なぜ、彼女はその提案には首を縦に振るのか。 猫の死骸程度に、私が嘆き悲しむと思ったか。私が落ち込んで仕事に差し障りが出ると思ったか。こうまで精神に揺らぎが生じなくなったのは、散々エンジュ・サカキにいわれない苦痛を与えられ続けてきたからに他ならない。精神的苦痛を与える事のみが目的であるならば、彼女の今回の作戦は失敗だ。 手を伸ばして猫に触れた。その冷たさはエンジュ・サカキの瞳の冷たさを思わせた。何が目的か、知れずとも。もういい、これまで何も言わず自分は黙って耐えてきたのだし、何も言わない事で反省を促してきたのだが、効いてはいないようだ。 もう私は十分によく頑張った。もう十分。 …彼女はもう私の世界には要らない。 「最初からこうすれば、良かったの」 簡単な事。私は猫を抱き上げた。既に死後硬直の始まった体は想像していたよりも僅かに軽かった。 返してあげよう。今までに受けた悪意の全てを。 私は扉を開けると、粛々とエンジュ・サカキの部屋へと向かった。大人しく抱かれた猫も、多分元の場所へ帰る事を望んでいるに違いないから。そうしてエトワールが本気で嫌がるさまを想像したら、ちょっと楽しくなってきた。だけど。 もう泣いて謝っても許さない。あなたの場所はこの聖地には無い事を、思い知らせてあげる。二度とこの地を踏めぬよう、その顔に泥を塗り、辱めてあげる。 きっと今、自分はエンジュ・サカキのあの顔と同じ、冷たい目をしている。 おしまい |
■あとがき ここまでお付き合いいただいてありがとうございました。 覚醒コレットが書きたかったのですが、すごく難しかったです…要精進。 エンジュがコレットに対して嫌がらせをするのは色々な理由があればいいと思います。 とりあえず死なない程度に痛めつけてやりたいんでしょうね。 そんなエンジュを覚醒コレットが笑顔で苛め返すという展開を希望。 |
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