クルースニクが帰ってきた。
それは小さな衝撃と混乱を招いたりもしたのだが、今はもう落ち着きつつある。
最後にクルースニクと別れてから10年という月日が流れていた。
あのオルゴールもそろそろ調子の悪くなるだけの年月が経っていた。
クルースニクが帰ってきた。
10年という長い歳月をかけ、ようやく彼はユウリィの元へ帰ってきたのだった。
何があって。
どういうつもりで10年も待たせたのか。
なぜ今更帰ってきたのか。今帰れるならば、なぜもっと早く帰ってこなかったのか。
疑問はたくさんある。だがともかく幸せそうな二人を見るのは悪くなかった。
特にユウリィの笑顔といったらなかった。
本来ならばユウリィだってとっくに諦めていたっておかしくはないのだ。
それを、ユウリィは粘り続けた。
何度もお節介な大人がお見合いの席を用意したりもした。
だが彼女はけして首を縦には振らなかった。
一度聞いてみた事がある。
結婚したってあの人の事は待ち続けられる筈なのに、どうしてそうしないのかと。
ユウリィは微笑みさえ浮かべて言ったものだった。
「だってわたしが結婚しちゃったら兄さんの帰る場所がなくなってしまうでしょう? だからわたしは1人で兄さんを待ち続けるのよ」
あの微笑みは、真剣そのものだった。
*
久しぶりにユウリィの家を訪れてみると、当たり前のようにクルースニクがいた。
ユウリィと揃いのマグカップでコーヒーを飲んでいる。
帰ってきたのはこの前のくせして、すっかりこの家に馴染んでいた。
「ジュード、おはよう」
「おはよう……結局一緒に暮らす事になったの?」
「うん。もう離れないって決めたから」
言って、そっとクルースニクの手を取るユウリィ。
その目は今までにないくらい優しげだ。
そんな目は、今まで自分には向けられた事がない。そう思った。
それだけクルースニクが彼女にとって特別な人間だという事なのだろう。
クルースニクはというと、ジュードには全く興味がないようでユウリィを見つめている。
ユウリィがその視線に気付くと、少し恥ずかしそうに笑った。
ジュードがいる事などお構いなし、というくらいの蜜月ぶりだった。
でも何だかそのしぐさには異様なものを感じた。
ただの、兄妹じゃない。その親密さは。
「なんか……仲良すぎじゃない? 10年前の時も、クルースニクが帰ってきたばっかの頃もそこまでじゃなかった気がするけど……」
ユウリィとクルースニクは互いに目を見交わせた。
二人だけの目の会話。それが通じるほど二人は近い距離にいるのだ。
「気付いちゃった?」
「気付いたって……何が?」
「あのね……ジュード。わたし、信じてるよ。あなたはずっと、何があっても味方でいてくれるって……」
「???」
味方?
意味が分からずそう呟くと、ユウリィはただ「分からないなら、それでいいよ」と微笑んだ。
「わたしたち……それがどんな道でも、二人で進む事に決めたの。ね、兄さん」
「ああ……そうだな」
「ハッピーエンド、なの。終わらないハッピーエンドなのよ。もうけして離れないって、決めたから。お互いの気持ちを知ったから、もう離れないって……」
お互いの、気持ち?
兄妹の関係に対して使うのには不適切な単語の気がした。
ユウリィはジュードが訝しがっている事にも気付かず話し続けている。
「他の誰かはどう言うか分からない……でも、わたし達にとってはこれがようやく訪れた終わらないハッピーエンドなの」
「……」
何となく、鈍いジュードにも分かったような気がした。
だがそれを言葉に示すのはやめた。それは野暮というものだ。
その代わりに、そうだねと相槌を打った。
「きっとそれが、ユウリィたちのハッピーエンドだね」
おしまい
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