チョコレート詰め合わせギフト


■過去/甘め/孤児院時代
 夜が明けて、2月14日がやってきた。と、いってもこの白い孤児院の中ならば13日であっても15日であっても大差は無い。モルモット的扱いしか受けていない実験体に、日付など自身を狂わせるきっかけくらいにしかならない。この兄妹にしても、それは例外ではなかった。しかし、この日はなぜか朝からユウリィ・アートレイデはそわそわと落ち着きが無かった。珍しく妹の方が早起きをしてくると、彼女は真っ先に兄の個室へと向かい、彼のベッドの上に飛び込んだ。勿論妹の全体重がかかって、兄の方は重みのある目覚ましによって強制的に目を開ける事となった。
「な…んだ…?」
 掠れ掠れの声で、何とかそれだけの疑問を口にするクルースニク。眠気を堪えて無理矢理目をこじ開ける。と、そこには満面の笑みのユウリィがいた。
「何か…あったのか…?」
「おはよう、兄さん。これはバレンタインのプレゼント」
 言うと、妹はあくまでも兄の体の上に乗っかったままちゅっと彼の頬にキスを落とした。
「何もあげられない、けど、どうしても何かあげたかったから」
 口付けによって、クルースニクは瞬時に覚醒する。ユウリィを自分の体の上に乗せたまま、今自分がされた事を頭の中で散々反芻し、その上でべろんべろんに甘い表情になった。
「嬉しいよ、ユウリィ」
「本当?」
「本当だとも。…だからもう一度やってくれないか?」
 施設の中だから、チョコレートの調達は正直厳しいものがある。それでも恋人同士の祭に便乗する事自体は不可能ではないし、それに…クルースニクにとってはどうやらこちらの方が好みらしかった。

■現在/シリアス/本編・逃亡中
「みなさんに贈り物です」
 仲間の全員にチョコレート入りの箱を差し出すユウリィ。3人はまるで分からぬ様子で頭の上に疑問符を浮かべている。
「だって、今日はバレンタインじゃないですか」
 そこまで言ってようやく、3人の顔に納得した表情が浮かぶ。
 口々に「ありがとう」を言ったあと、さあ食べようかという流れになった時、残りのひとつ、明らかに大きさの違う箱を見つけてアルノーが不思議そうな顔をする。
「これ、何だ?」
「馬鹿、訊くんじゃないアルノー」
 慌てて嗜めたのはラクウェルだ。アルノーはまだ分からぬ様子で鈍い表情を浮かべている。ユウリィに向き直ったラクウェルは頭の回らないアルノーの、考えなしの発言について謝罪した。
「悪かった。こいつはどうにも気が利かなくて」
「いえ、どうぞお気になさらず」
「なあ、一体何なんだ?」
 横入りしたアルノーは、「女二人でこしょこしょ話しちゃって、俺には内緒なのかよ」とブーたれている。ユウリィは苦笑するとぽつり、と告げた。
「…兄さんの…分なんです」
 途端にアルノーが、まずった、という顔になった。
「会えないから、渡せないけど…でも、もしかしたらって思ったらどうしても作らずにはいられないんです」
「…毎年、作っているのか」
 ラクウェルが穏やかに尋ねれば、ユウリィは表情に影を浮かべるとこくんと頷いた。
「期待しても何にもならないって…分かってるのに。でも、この季節になるといつも、兄さんの事を考えてしまって。…作らずにはいられないんです」
 毎年心を込めて作っても、届けるあての無いチョコレート。どれだけ丹精込めて作っても、受け取る筈の人間は今年もきっとユウリィの前には現れない。大きなチョコレートの入った箱を無表情のままじっと見つめるユウリィの肩を抱いて、ラクウェルは激励の言葉をひねり出した。
「来年こそ、渡せるといいな」
「はい。それを願ってます」
 いつか、きっと。それがいつの事なのか、誰にも分からなくても。

■未来/ほのぼの/ED後かつ兄生還後/恋人&同居設定/27歳兄×18歳妹/ハリムにて
「買ってきた」
「え?」
 仕事帰りの兄が開口一番告げたのは、そんな意味の分からない発言だった。台所で水仕事をしていたユウリィはタオルで手を拭きながら玄関へと向かった。珍しく「ただいま」も言わない兄は今、ただ「買ってきた」という言葉のみを繰り返している。
「…?」
 目の前にぽん、と差し出されたものをじっと見つめた。四角い箱。ピンクの箱に、それより少し鮮やかなピンクのリボンで装飾されている箱。大きくは無い。何の箱なのか分からないが、それにしても少々乙女チックに過ぎないか。
「これ、なあに?」
「分からないのか?」
「分からないわ」
「今日が何日なのか、当ててくれ」
「…?」
 考えるまでもなく、2月14日。そこまで考えて、訝しげにユウリィの眉が寄った。まさかとは思うが。
「あの…これ…もしかして…」
「チョコレートだ」
 やっぱり。
「でも、どうして?」
 確かに、男性から女性に送ってはいけないなどという法律は存在しない。なくはないけれど、稀な例なのではないだろうか。特にこの兄妹の場合はユウリィが毎年律儀にチョコレート(しかも手作り)を用意しているので、男性側から送る意味も分からない。嬉しくないかと問われれば、勿論嬉しいに決まっているけれど。
「送ってはいけないか?」
 なぜか清々しい雰囲気すら纏わせ、クルースニクはそう尋ねる。一応尋ねている体を装ってはいるものの、かなり断定口調なのは否めない。
「そうじゃないけど…」
 言いかけ、止めた。折角の兄からのプレゼントを、そう邪険にすることもないだろう。押し問答ばかりしてから受け取ったのでは、彼の機嫌を損ねそうだ。ユウリィは手を伸ばすと、彼からの贈り物を手に取った。
「…ありがたくいただくわ、兄さん。ありがとう」
 どういう動機からなのか、それは不明だが。とにかくユウリィを深く想ったゆえの行動というのは理解しているつもりだ。
「わたしも今年は頑張ってみたの。あとでチョコレートケーキ、食べようね」
「それは楽しみだ」
「あ、あのね、兄さん…、」
 チョコレートを受け取ったと見るやいなやさっさとリビングに向かおうとするクルースニクの背中に、ユウリィはそっと呼びかけた。
「ん?」
「…あのね、すごく嬉しい」
「…ああ」
 兄は振り返らなかったが、きっとそれは照れているからなのだと、そうユウリィは思っておくことにした。


おしまい


■あとがき
ここまで読んで下さってありがとうございました。
ほのぼのありシリアスありラブラブありのバレンタインクルユリ創作でした。
個人的には2番目のしんみり感がお気に入りです。しかし2番目には兄が登場しないという罠。

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