穏やかな100のお題81〜100


:ED後かつ兄帰還後・同居設定・舞台は全てハリム
全て超SSSで兄と妹がひたすらラブラブしているだけです。001は設定説明。

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081 マフラー
 初挑戦した編み物は大失敗に終わった。クルースニクのひとり分のマフラーを編んだつもりだったが、いざ出来上がってみればどう見ても2人分の代物だった。いや、2人分さえ超えるかもしれない。それでもプレゼントを受け取ったクルースニクは傍目から見ても上機嫌だった。
「嬉しいよ、ありがとう」
「喜んでくれて、良かったです…だけど…、いくら何でも、長すぎですよね、これ…」
「…わざと長く編んだのでは無かったのか?」
「え?」
 言うと、クルースニクはマフラーの余った部分でユウリィの首元を緩く包んだ。
「こうして、二人でひとつのマフラーを共有するように作ったのではないのか?」
 …嬉しいけれど、これでは恥ずかしくて街を歩けない。

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082 ひっそり
 ひっそりした室内で、ユウリィは今ひとりだった。
「…まだかな…」
 呟いた声は、壁に溶け込んでいく。時にはこうして兄の帰りが遅い時もある。そんな時、ユウリィは部屋の隅っこに座り込んで、じっとただ兄の帰りを待つ。
 外は静かで、無音に近かった。かさり、と家の近くにある大木から葉が落ちていく音が、かえって周囲の静けさを増大させていた。うずくまるように座っていたユウリィは、突然ドアが開く音に慌てて立ち上がり、玄関へと走った。
「…おかえり、なさい、」
「ただいま、…どうしたんだ?」
「ううん、…何でもないんです」
 思い知らされる。もう兄無しでは生きられない事を。

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083 ごめんね
「もう…っ、兄さん…」
「悪かった、だからもう泣くな、ユウリィ」
「もう知りません、兄さんの、事なんて」
「俺が全面的に悪かった。すまない。だから機嫌を直してくれ」
 どれだけ仲の良い兄妹といっても、二人とも人間だから時には喧嘩をする事もある。喧嘩の原因は大概些細なものだ。取っておいたプリンを食べられたとか、兄の気の利かない行動に苛々させられたとか、傍から見たら下らないと言われそうな。
 いつも結局クルースニクが折れて喧嘩は終了となる。9割方はこうやって、兄が折れて終わるのだ。
 兄が折れて、ハグして、チューして終わる。それを人はこう呼ぶ。「痴話喧嘩」と。

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084 オルゴール
 日曜日、今日はお休み。二人一緒に起き出して、二人一緒に朝食を食べる。そんな当たり前の事を当たり前に過ごすだけの一日。
 ユウリィは兄と二人きりでいられるから日曜が一番好きだった。それはクルースニクも同じだったようで、テーブルの向かい側から優しくこちらを見つめている。なんとはなしに照れてしまう。
二人を祝福するように、テーブルにオルゴールが置かれている。照れて視線を逸らした時に、これを認識してユウリィははっとする。そういえば、兄さんから受け取ってはいない。
「兄さん…お願いがあるんです」
「何だ? 言ってみろ」
「オルゴールを渡してほしいんです。兄さんが帰って来てから、ごちゃごちゃしてなおざりになっていたけれど…あの時、オルゴールをわたしに直接渡したいって言ってましたよね? だから…」
「ユウリィ…分かった」
 そうして兄の手から直接オルゴールを受け取れば、いつの間にかユウリィはぽろりと涙が一筋零れていた。兄の帰還。これでようやく、過去は終わったのだ。

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085 ろうそく
 雷雨に遭い、停電してしまった家の中。慌てて緊急用に取っておいたろうそくに火を付ける。雷の音は既に無いが、まだしばらく電気が戻ってきそうには無い。ろうそくの炎がふらふらと揺れるさまは、頼りなく思えた。
「…暗いですね…」
「怖いか?」
「少しだけ…」
 怖いのは、本当に少しだけ。怖がりなように見せかけるのは、兄の近くにまだいたいから。甘えるように彼の腕に寄りかかれば、そんな事などすっかり理解しきっているように、ぽんぽんと頭を撫でられた。

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086 静寂
 狭く静かな部屋の中で聞こえるのは、互いの吐息のみ。
 クルースニクとユウリィはベッドの上で互いに向かい合い、熱くなり始めた体を持て余していた。交わすのは、口付け。
「…んっ…」
「…ユウリィ…」
 ユウリィは自分の名前を呼ばれて、それだけでもぞくりと肌を震わせた。その響きに生々しささえ、感じて。
「…、」
 沈黙が全てを物語っていた。

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087 白い息
 はああー、と深く吐いた息が真っ白に染まって、そこだけ一瞬霧がかかったようになった。両手で小さな霧を受け止めて、温める。熱を感じたのは僅かな時間だけで、その感触もすぐに消える。今日は随分と寒かった。
「さむ…」
 隣でその背に合う大きなコートを着た兄がその小さな声を聞き咎めた。家の前に二人で立ち尽くす。寒くて次の一歩がなかなか踏み出せない。
「なら、出るのはやめるか?」
「いいえ、今日買い物に行かないと食べるもの無いんですから、出ないと」
「そうか…」
 クルースニクはそう呟くと、突然ユウリィの手を取ってしっかりと握ると、自分のポケットの中に自分の手ごと押し込んだ。
「兄さん…?」
「せめて手の熱くらいは分けてやる。…手ぐらい、繋いで歩こう」

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088 大きな
「兄さんって身長どのくらいあるんですか?」
 突如そうユウリィに切り出され、クルースニクは戸惑いを覚えた。自分の身長など訊いて何になるのか。
「百八十…いくつだったかな。それが一体何なんだ?」
 きっ、と強い視線をこちらに向けるユウリィ。その視線に思わずたじろぐ。
「男女は15センチ差が一番いいんだそうです。…わたし、わたしの身長じゃあ…」
 何を言うかと思えば。クルースニクにしてみれば、ユウリィの身長などどうだっていい。ユウリィがただユウリィであるならば、その身長がいかほどであっても問題ではないからだ。けれど15センチ差である事を熱望するユウリィを愛しく感じて、クルースニクはその頬に唇を寄せた。
「俺は今のお前が、一番いい」

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089 いっしょ
 この世には、ふたつ揃う事で意味を成すものがある。雌と雄、陰と陽。
 兄と自分とも、多分そういう事なのだと、ユウリィはそう思っている。二人が揃って初めて意味が出来る。二人が一緒でない事は、ピアスが片方だけ何処かに行ってしまった時のような、それだけでは使い物にならないあの感覚と、少し似ている。
 ユウリィはソファで寛いでいる兄に近付くと、その横に座った。腕を取り、自分の腕を絡ませる。
「…ユウリィ? どうかしたのか」
「ううん、何でもないんです」
 ずっといっしょにいたい。大好きな兄さんと、ずっといっしょにいたい。口にするのには、あまりにも直接的な願いだから。
 だから言わない。言わずに心に秘めたまま、もう少しだけ。

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090 粉雪
 雪が降ってきた。ふわり、ふわりと軽い粉雪。ユウリィの隣にいたクルースニクがそれに気付いた。
「どうりで寒いわけだ」
 雪は道路に落ちるのと同時に溶けて消える。この分では、積もる事も無いだろう。
「ユウリィ、手を繋いで行こう。…お前が転ぶといけないから」
 クルースニクの提案に、ユウリィは頬を膨らませた。
 そんなにドジじゃない。大体、降り始めたばかりで積もっていないのだから、滑りやすくなっている筈も無いのに。
 ――けれど、その提案には逆らえなくって。だって、彼と手を繋げるのは嬉しいから。
 ユウリィは小さく「うん」と呟くと、彼に掌を差し出すのだった。

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091 昼下がり
 日曜日の午後三時、おやつの時間。毎週こんな事を続けていたのでは、ユウリィもクルースニクも自分の体重を心配するところだが、生憎二人とも自分の体重より相手と過ごすゆっくりした時間が比較出来ない程大事なのだった。
 紅茶かコーヒーか、どちらを飲むか決めて。たまにはクルースニクが淹れたりして。スコーンだとか、ちょっとしたケーキとか、そんなものを小さなかわいいサイズのお菓子を二人で突付いて。
「…兄さん、美味しいですか?」
「美味いな。さすがは俺のユウリィだ」
「そんな、兄さんったら…」
 流れるのは、優しくて甘い時間。

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092 におい
 兄とのデートの最中、寒気に耐えられなくなってユウリィは自分の肩を抱いた。冬が始まりかけている。上着も無しに外に出たのは間違いだった。体を震わせた妹に気付いたのか、クルースニクは自分が着ていたコートを脱ぐと妹にかけてやった。
「これで家に着くまでは温かいだろう」
「でも、これじゃ兄さんが」
「俺はいいんだ」
 そうもきっぱりと言い切られてしまうと、ユウリィとしては反論出来ない。コートに顔を寄せれば、いつもの兄の匂いがして落ち着いた。
「…兄さんの匂い、」
 そう呟いた途端、顔がぽっと熱くなった。

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093 しあわせ
「兄さん、あーんして下さい」 
 台所にて。ユウリィの様子を覗きにやってきたクルースニクに、彼女はスプーンを差し出してつまみ食いをさせた。照れる素振りも無く(この家においては日常茶飯事らしい)ぱくりと食い付くクルースニク。
「美味い」
「ありがとうございます」
 食べ終わり、再び手持ち無沙汰になったクルースニクはユウリィを背後から優しく抱き締めた。ユウリィが小さく抵抗するが、その単語は兄の耳に届いてはいなかった。
「もう、兄さんたら…」
「ユウリィ…」
「兄さん…」
 料理を作る事も忘れ、延々とラブ時間を過ごし続けた二人なのだった。

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094 夕焼け
「真っ赤…」
 ベランダから外に出た時、ユウリィはそのあまりにも巨大で赤い夕日にしばし洗濯物を取り込む事も忘れて見入った。
「どうかしたのか、ユウリィ」
「あっ、…何でもないんです、」
 クルースニクに呼び掛けられて、ユウリィは慌てて部屋の中に戻ってきた。これから夕食の準備もしなければならないし、ぼうっとしている暇は無い。取り込んだ洗濯物をさっと畳んで、兄のものはベッドの片隅に置いておく。きれいに畳みなおすのも、仕舞うのもそれぞれ個人の仕事だ。
 …いくらなんでも、兄の下着や何かをきれいに畳んで仕舞うのには抵抗があるわけで。それを思うと、ユウリィの頬は熱を帯びる。――ひょっとしたら、今の自分のほっぺたはあの夕焼けくらい赤いのかもしれない。

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095 雪解け
 朝起きた時に、昨晩作った雪だるまが溶けているのを見てユウリィは「あ…」と思わず声を上げた。折角作ったのに。冬が終わり、気温が上がっていけばこうなっても仕方が無いとはいえ、納得出来ない気持ちもある。
「どうしたんだ?」
「折角作った雪だるまが溶けてしまいました…」
「そんなもの。来年もまた、この季節になった時に作ったらいいだろう」
「来年…」
 来年もまた、同じように。クルースニクと共に過ごす次の年も過ごせたらいい。いや、きっと来年も今年と同じように流れていくのだろう。そう思ったら、自然とユウリィの頬はほころんだ。

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096 額合わせ
「兄さん、熱があるんじゃないですか?」
 クルースニクの顔が朝からほんのりと酒でも飲んだかのように赤い。彼の額にユウリィは自分の頬を当てた。
「うーん…やっぱり少し熱いような…」
「ユウリィ…、」
「え、何でしょう」
 何処か調子でも悪いですか? と尋ねようとした瞬間。ユウリィは自分の唇を塞がれているのに気が付いた。話せない。
「ん…っ」
 やっぱり、これは熱があるのでは。いつになく熱心に、しかし何の脈絡も無く口付けを繰り返すクルースニクに、一体どうやって彼をベッドに押し込むか思案し始めたユウリィなのだった。

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097 ひみつ
 クルースニクには秘密がある。
 ユウリィが寝静まった頃、そろそろとベッドから這い出して本棚に向かう。ぎっしりと本が積まれたそこで、暗い室内の中でも一発でその本をクルースニクは探り当てる。ユウリィと同じ部屋で、同じベッドで寝るようになったのはいいが、勿論それはそれで感激すべき喜ばしい事だが、自分ひとりだけの時間が欲しくなる時もある。
 その本――否、アルバムをぱらぱらと捲る。豆電球の中でも、その写真の一枚一枚を記憶しているので完全な明かりが要るわけではないのだ。
「やはり俺のユウリィは、可憐だ…」
 ひとりごちる。そのアルバムに写っていたのは、子供の頃のユウリィ・アートレイデばかりだ。ばかり、というか、それしかない。
 ユウリィの預かり知らぬところで、彼女の大量の写真を所持している事を(しかも彼女が幼い頃の写真だ)知られるわけにはいかない。これはいくらなんでも、ユウリィには秘密だった。

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098 おやすみ
 ソファの隣にいる兄が、ふと静かなのに気が付いた。元々彼は饒舌ではないし、黙っている時間の方が明らかに多くはあるが、これはいくらなんでもおかしい。何だか自分も肩に重みも感じるし。…そっと窺い見れば、彼はすこーと寝入っていた。ユウリィはくすりと笑みを零すと、自分の膝の上に乗せていたひざ掛けを彼の腹の上辺りに掛けてやった。普段仕事も忙しいし、こんな時くらい気を抜いて寝てしまっても仕方が無い。何だか自分が彼のお母さんになったかのように世話を焼く自分が、それはそれで何だか面白くて。ユウリィはクルースニクに囁くのだった。
「おやすみなさい、兄さん。…いい夢を」
 出来ればその夢に、自分が出て行けたらいい。

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099 みんな
 かつてのみんなの事を思うと、今でも目頭が熱くなる。会おうと思えば、多分会えない事も無い。けれどそれはしてはいけないのだと、ユウリィは思っている。既にそれぞれがそれぞれの道を歩き始めたのだ。歩き始めた人にとっては、きっと自分なんて完璧な過去になっているだろうから。今更過去を掘り出しても、それは何にもならない。
 それなら、とユウリィは思う。自分も未来をきちんと見据えよう。クルースニクと過ごす大事な時間を、もっとちゃんと見つめよう。過去を眺めるのも時には必要かもしれない、けれど自分にはまだ未来がある。振り返るばかりじゃ前へ進めない。
 大人になろう、と思った。素敵な大人に。いつまでも子供のままでは、クルースニクとは一緒にいられない。ただ養育される側にいるだけじゃだめなのだ。
「わたし…大人に、なりたいです」
 そう、兄に告げれば。クルースニクはぽんぽんとユウリィの頭を撫でた。
「そんなに焦らなくてもいい。お前がお前でありさえすれば、俺はそれでいいんだから」
 どうやら、ユウリィの思惑とは裏腹に、兄はまだまだ妹に子供でいてもらいたいようだった。

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100 穏やかな
 過ぎていくのはただ穏やかな日々。これからもずっと、きっと、こんな日が過ぎていくのだろう。思えば兄と暮らし始めてから結構な時間が経った。起きるのは小さなトラブルだとかハプニングだけの、平和な世界。…これがいい。これが自分の望んでいたささやかな世界なのだ。今まで暮らしてきた世界は、あまりにも激しすぎた。誰かが血を流すだとか、誰かが消えていくだとか、そんなのはもうたくさん。ユウリィの望むのは、ただ穏やかな時間が流れる事。それをクルースニクと共有する事。つまらないと例え余所から言われても、それがユウリィにとっては最上の幸せなのだ。
「…これからも、よろしくお願いしますね、兄さん」
「よろしくされるのは俺の方だ。…これからも、俺と共にいてほしい」
「…はい、兄さん」
 とん、とクルースニクの体に抱きつくユウリィ。ふわり、と兄の腕がユウリィを優しく抱き止める。それに応えるように、ユウリィもぎゅっと彼を抱き締めた。
 過ぎていくのはただ穏やかな日々。

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