束の間感じる思いは |
いつもの通りなのだ。 予定に無い緊急の会議が行われるのも、急き立てられるように出席しなければならなくなるのも、それに遅れる人間がいるのも。 ルヴァはいつもの通りにほぼ最後に会議場の扉を開けたが、それもやはり「ほぼ最後」であり「最後」ではなかった。辺りを見回し、そこに鋼の守護聖がいない事を認めてルヴァは挨拶より先に肩を落とし、壮大な溜め息をついた。 「やっぱり、いませんねー。ゼフェルは」 「ルヴァ、そなたも遅刻だ」 事実をびしりと指摘したのはジュリアスだ。痛いところを突かれ、ルヴァは聞かれてもいない言い訳をまごまごとした。 「ああっ、すみません! ゼフェルを探していたのですが、どうにも見つからなくて…」 「まあ良い。着席するがいい」 言われて自分の席へとよろよろ歩く、が。他の守護聖たちの冷たい視線を浴びて、ルヴァは穴があったら入りたい心境になっていた。ゼフェルときたら、未だに責任という言葉を知らないようで困る。彼だって、いいかげんこちらの言う事のひとつやふたつ、素直に聞き入れてくれれば彼が鬱陶しがるこの「お目付け役」も免除されるというのに。思わず、はあ〜…と重く深い溜め息をついた。そもそもこの想像は、大前提が間違っている。彼の辞書に「素直」なんて言葉は無い。 そうこうする間に、会議は始まった。それ自体は緊急とはいえさほど重要でもない、参加さえしていればいいという代物である。ジュリアスが読み上げる文章を話半分に聞きながら、ルヴァはどのようにしてゼフェルを叱るかを考えていた。どうせいつものように一言目で「ウゼーんだよ!」とすっぱり切られてしまうのだろうけれど。 と、その時ばーん! と激しい音と共に会議場の扉が開いた。扉の向こうにいたのは、息をぜえぜえと切らしたゼフェルだった。 「わりー。遅れた!」 開口一番「悪い」という言葉が出た事に一瞬面食らったものの、お目付け役としてはここは皆の前で軽く説教しなければならない。さっと席を立ち上がってゼフェルに近付くと、彼は明らかに嫌そうな顔をした。さすがに長い付き合いである、ルヴァの次の台詞が容易に想像出来たのだろう。 「どうして、遅刻してきたんです、ゼフェル」 「うるせーな。テメーに関係無いだろ」 「あー、関係なくはないですよー? 私はですね、あなたの教育係なのだし…」 「そんな事、オレが頼んだわけじゃねーだろ。保護者面されたって、迷惑なんだよ!」 つい、声を荒げてしまったゼフェル。しん…とその場が静まり返る。感情の持ってゆきどころを失ったゼフェルは、照れ隠しに咳払いをひとつ、ごほんとした。 「…怒鳴ったりして悪かった」 「いえ…」 「とにかくな、いいか、ルヴァ、これだけははっきり言っておく。遅刻した言い訳はしねー。けどな、オレだって仕事の途中だったんだ。緊急だからって急に来れるだなんて思うな」 ゼフェルから仕事という言葉が出るとは思わず、口をぽかんと開けるルヴァ。 対処に困ってジュリアスを見遣れば、そこにあったのはいつもと変わらぬ表情だった。ゼフェルともども怒られると覚悟したのに、全くの空振り。場をまとめるために口を開いたジュリアスに、一喝されると思って咄嗟に身を竦ませたルヴァだったが、彼の口から出たのはゼフェルを労わる一言だった。 「すまないな、いきなり仕事を増やしてしまって」 「いいって事よ、その代わり今度俺の仕事肩代わりしてもらうからな」 ジュリアスとゼフェルが対等に会話をしている。険悪な雰囲気になっていない。しかも何やら仕事を協力してこなしたかのような、やり取り。 ぱちぱちと何度も瞬きを繰り返して、ルヴァはその光景を不思議に眺めていた。 会議は滞る事なく終了した。 そそくさと会議室を出て行ってしまうのが常であるけれど、今回はゼフェルが遅れた事の弁解をせねばなるまいと、ルヴァは未だ席に座ったままのジュリアスに近付いた。 「あのですね、ジュリアス…」 「何か用か?」 「ええと、すみませんねー、うちのゼフェルが今回も遅れて来てしまって…。よく言いつけておきますからね」 ジュリアスは手元の資料から目を離さないまま、きっぱりと告げた。 「その必要は無い」 「はい?」 「あれも、そろそろ守護聖というものが何たるか分かり始めている頃だ。今回の遅刻は私が他に仕事を言いつけていたからに他ならない。あれはよくやってくれている。しかるべき理由があって今日の遅刻であるならば、私が怒る道理は無い」 「はあ…」 「それとも何だ。私がいつものようにお前たちを叱った方がいいのか」 「いいえええ。滅相も無い」 「ならば、良い」 では、とジュリアスの執務室をあとにするルヴァ。怒られなかった。お前の監督不行き届きだと謗られる事も無かった。こういった場合にいつも見る羽目になる大きな眉間の皺は、今回ひとつも確認出来なかった。 一体この聖地に何が起こっているのだろう? ゼフェルは仕事に対する責任感だとか、そんな発言をする。遅刻した事実には変わりないのに、ジュリアスは叱らない。これはちょっとしたミステリーだ。 不可解な気持ちばかり胸の中に宿らせて、ルヴァは会議室をあとにした。 要するに。 ゼフェルも、大人になっていってるんですねえ。と、帰り道ぽつぽつとルヴァはぼやいた。傍から見れば、独り言を往来で呟く怪しい男性にしか見えないけれど今この場でルヴァにそれを注意する人はいない。溜め息混じりでルヴァはのろのろと歩いていく。 教育係としてゼフェルを窘める事ばかりだったけれど、そろそろその役目も終わりが来たようだ。ジュリアスにはそれが分かったのだ。だからこそ今日、ジュリアスはゼフェルを叱らなかった。ゼフェルにも守護聖としての自覚がようやく出てき始めているのに、違いない。ここで大人があれこれと騒ぐ事はかえってゼフェルのためにならない。 保護者である自分がゼフェルの成長に気付けなかったのは失態だ。一体何のためのお目付け役であるのか、自分を責めたくなる。首座の守護聖に遠まわしに指摘され、やっとそれに気付くとは。 問題児であったゼフェルの心が変わり始めている理由、それは分からないけれど喜ぶべき事の筈で、実際に喜ぶ気持ちもある。 「けれど…、何だか寂しいのは、どうしてでしょうかねえ…」 口に出せば、ちくちくと心が痛むのを覚えた。 いつの間にか彼を自分の子供のように見ていた事に気付く。それにしたって年の差が合わないが、気持ちで言えば子供のようなものなのだ。子が成人していくのを見る大人の気持ちとは、こんなであるのだろうか。嬉しさ半分、寂しさ半分。心の中が、しんと静まり返っていくような感覚をルヴァは覚えた。 すっかりしょげてしまって、肩を落としながらとぼとぼ歩いていたその後ろから、誰かが自分を呼びかけてくる声が聞こえた。爽やかでよく通る声。 「ルヴァ様ーっ!」 呼ばれて振り返ると、にこにこ笑顔の少年がいた。幼さをまだ残す緑の守護聖、マルセルだ。つられてにこにこ笑顔でルヴァは応対した。 「あー、どうかしたんですかー?」 「今からお茶会開くんですが、良かったらいかがですか?」 「お茶会?」 時折、マルセルやリュミエールに茶会に誘われる事はある。が、こんな平日に、しかも会議が終わったばかりの時刻に茶会を催そうとするのは珍しい。ルヴァはきょとんとしてマルセルの言葉の続きを待った。 「僕とランディとで。ゼフェルを無理にだって連れてきます! …何とか、ゼフェルに謝らせるつもりです。ルヴァ様にあんな失礼な事言うなんて、僕には許せません!」 「あー、そのために…」 誘いは嬉しかったけれど、自分が参加した場合に起こる混乱を予見して、ルヴァはひとり苦笑いした。予測出来るのは、例えばこんな未来。マルセルの誘いに乗って茶会に出席する自分。マルセルとランディによってお茶会に拉致されてきたゼフェルは自身が呼ばれた理由を知り怒り心頭、気持ちとしては言い過ぎたと感じているにしても彼らの前では素直に謝罪出来るわけもなく、照れ隠しにランディに喧嘩をふっかける。売られた喧嘩を見過ごせないランディはゼフェルと言い争い始め、それを見たマルセルが仲裁に入り、最後にはルヴァにとばっちりが降りかかる。そうして最終的には聖地を騒がせたとして4人が4人、ジュリアスから処罰される。 いつもの段取り。それが簡単に想像出来て、ルヴァはまた小さく笑みを零した。 「どうかしましたか、ルヴァ様?」 「あ、いえ、何でもないんですよー」 ジュリアスもゼフェルも、ひとつ大人の階段を昇ったように見えても、少しだけ置いていかれる気持ちを感じたとしても。それらは全て、勘違いだったのかもしれない。 大人になるのはきっと、まだまだ。 そう思ったら何だか安心してしまって、ルヴァはほっと息を吐いた。「それで」とマルセルは続ける。 「ルヴァ様、お時間ありますか?」 「ええ、そうですねー、お言葉に甘えて、私も出席しましょうかねえ」 「わあ! 嬉しいです、ルヴァ様!」 どうかもう少し、このままで。 束の間感じた思いは寂しさ。それでも、もう少しだけ猶予はあると信じていたい。 その気持ちは包み隠して、ルヴァは少年に連れられて、公園へと足を向けるのだった。 おしまい |
■あとがき 「アンケートついでにリクエスト企画(2007年2/15〜3/15)」の第五弾。 リクエストでは「ほのぼのルヴァ様・無CP」という事でしたが、「しんみりほのぼの」になってしまいました…。 無CP小説は初めて書きましたが、元々甘いの書くの苦手なのでこちらの方が性に合ってると感じました(笑) ルヴァ様はオリヴィエ様に続く大人キャラと信じています。大人で子供…だといいな、と思いつつ。 |
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