なかよしなふたり |
謎の球体と、それから発生した新しい宇宙。 そしてその宇宙を統べる事になる、二人の女王候補。 謎に満ちた新しい世界。そこに研究所の主任として呼ばれた自分。これは熱中するなというほうが無理な話で、エルンストは聖地の美しさも目に写らない程の忙しさであった。元々趣味を仕事にした節のあるエルンストには、今回の件は睡眠時間を削ってまでパソコンに向かい続けている価値がある。 その結果、一体何日まともに寝ていないだろう。最低でも日に3時間眠っていればとりあえず死にはしないだろうと踏んでいるのだが。 …その予測の甘さが、仇となったらしい。ここ数日はまともに自宅にも帰らず、研究室内にあるシャワーと簡易ベッドで暮らしている。食べ物だってとりあえず摂取さえしておけば死なないからと、すぐに食べられる冷凍食品ばかり食べている。生の野菜をこの頃口にしていない気すらする。足りない分はサプリメントで補えるし、それで生きられるのだから大丈夫だと、生活よりも研究を第一にした結果がこうである。 守護聖たちに今回の解析の結果を説明し終わり、研究所に戻ろうとした時の事だった。公園を突っ切っていった方が早いからと、いつものような早足で公園の噴水に差し掛かった頃。当然の事ながら、エルンストには微笑みあうカップルたちや、咲き誇る満開の花には視線がいかない。 その時突然、ぐらり、と頭が揺れるのを感じてエルンストは立ち止まった。地震か、と思案する。ぐらり、ぐらりと体が揺れて立っていられない程の気持ち悪さ。体の芯からやってくる、言い様も無い嫌悪感。 地震ではない。疲れによる、軽い貧血だ。そのまま後ろにひっくり返りそうになるのを堪えて、エルンストはどうにかこうにかベンチに辿り着いてどっかりと座った。眼鏡を外し、眉間を軽く抑える。僅かだが吐き気のような感覚も覚えている。日頃の不摂生が祟ると、このような目に遭うのか、と今更ながらにエルンストは嘆息した。 と。 「エルンストさーん!!」 とたとたと、公園の向こう側、占いの館方面から自分を呼ぶ声が聞こえた。随分と高い、子供の声。少年のそれか、少女のそれか、ぱっと聞いた瞬間には判別出来ない。だがエルンストはその声の主を知っていたので、慌てて眼鏡をかけ直してぱっと面を上げた。聞き慣れた子供の声。赤い髪のお下げが揺れているのが、目に入った。 「メル?」 「エルンストさん!!」 ぱたぱたと、体重が軽いゆえの特徴的な足音で迷う事無くこちらに駆け寄ってくる。そこにいたのはエルンストが予期した通り、火龍族のメルだった。身分はエルンストと同じ協力者であり、占いによって女王候補たちの手助けをしている。相変わらず、一見しただけでは少年か少女か分からない中性的な顔立ちをしているが、れっきとした男である。 メルとは女王試験が始まって以来の関係である。メルの占いの腕と、エルンストの解析の腕とで女王候補を援助するよう言われている。ために、エルンストはメルと協力して女王候補に会う事が多かった。この火龍族の子供はエルンストにひどく懐いているようで、用事も無いのに王立研究員に来てはエルンストの仕事振りを眺めている。それが、エルンストにとっては満更でもない。それからの関係で、仕事仲間というのが一番相応しい単語だが、年の離れた友人でもあり、擬似親子でもあり、兄弟でもあり、エルンストとメルの関係を言葉で表すのは容易ではない。 「エルンストさん、大丈夫?!」 まるでエルンストが何処にいるのか始めから知っていたかの如く、その足取りに迷いは無かった。メルはエルンストの隣にちょこんと座ると、エルンストの腕を取り、じっと上目遣いで見つめた。ふと、ペットの小動物が主人を追いかけて来たかのような気分になった。 「何ともありません、ただの貧血でしょう」 「本当? 良かったぁ…あ、メルね、お水持ってきたの。エルンストさんにあげるね」 言うと、メルはエルンストにミネラルウォーターのペットボトルを差し出した。礼を言って開けてみれば、程良く冷えたミネラルウォーターがエルンストの気分をいくらか上昇させた。 それにしても随分手際がいい。正直な事を言えば、メルではないかのようだ。走ってはいつも転んでいる(今も膝小僧を擦り剥いたらしい跡がある)のがメルだと信じていたのだが。エルンストが何処にいるのか察知していたように、ミネラルウォーターも始めから準備されてあったと考えるのが自然なのだが。 「…それよりメル、どうしてここに?」 「え? えっと…占いの結果が、このところ連続してすごく悪かったから何だか胸騒ぎがして…」 「占いの結果?」 占いの結果が悪いと、なぜエルンストの下へ駆け寄る事になるのだろう。…ひょっとして。嫌な予感がして、エルンストはおそるおそる切り出した。 「メル、それは私について占っていたという意味ですか」 「うん」 あっさりと肯定されて、エルンストはさらに眩暈に襲われそうになった。人に依頼を受けて、そこで初めて占いをするのが占い師の本質ではないのか。人の知らないところで占いをされ、その日一日の運勢が決定されるなど気分の良いものではない。 「感心しませんね、頼まれてもいないのに勝手に占うなど。プライバシーの侵害に当たりますよ」 「あ…そう、だよね。ごめんなさい…勝手に占うなんて、占い師失格だったよね」 メルは途端に表情を曇らせる。エルンストから的確な言葉を浴びせられたメルは、もう泣きそうになっていた。言葉ひとつひとつ毎に目尻に涙が溜まっていく。 「でも…でも、エルンストさん、これだけは聞いてほしいの。メルね、あなたの事がすごく心配だよ。頑張っているのが分かるから、止められないのも分かってる。だけど、その為にエルンストさんに体調壊してほしくなかったんだよ…」 「メル…」 「エルンストさんが怒るのも分かる。勝手な事したと思ってる。けど、それなら、お願いだからエルンストさんもちゃんとして…。メルに、心配かけさせないで…」 頭を殴られたような気がした。エルンストはばつの悪い思いで胸が詰まりそうになる。メルは自分の発言が本来言うべき反省の言葉ではない事に気付いたのか、はっと我に返った。 「ごめんなさい、エルンストさん…、今のは忘れてね」 がたっ、と音をさせて大袈裟にメルは立ち上がって。駆け足でエルンストの元から去ろうとするのを、慌ててエルンストは捕まえて引き留めた。 「エルンストさん…?」 その呼びかけには答えず、コホン、とわざとらしい咳払いをひとつした。 自分は研究に熱中するあまりに、こんな子供にさえ心配をかけさせる程人間らしさを失っていたのだ。大人として恥ずかしい、みっともないところを露骨に見られてしまってエルンストは消え入りたい気持ちになった。それを、メルの悲痛さの混じった言葉によって気付く事が出来たのだ。メルを叱るよりも前に、彼を安心させる事が必要だった。 確かにメルの行った事はエルンストの私生活を覗き込むものであり、プライバシーの侵害といって差し支えない。しかし、元はといえばメルをそういう行為に掻き立てたエルンスト自身の生活態度に問題があるのだ。メルを叱る資格など、自分などが持てよう筈も無い。 「すみません、メル。言い過ぎました」 「ううん、メルが悪いんだから気にしないで」 メルとは違って、いい大人である自分は言葉ひとつ言うのにも戸惑ってしまう。それでも伝えなければならない。メルの心配が、それでも嬉しかった事を。意思表示に、メルの服の端を強く掴んだ。 「…、あのですね、メルを心配させる程疲れを溜めている私にも原因はあります。ですから…」 メルは、エルンストが何を言うのか全く見当がつかないといったふうに不安げに小首を傾げている。恥ずかしさを堪えて、あとはエルンストは一気に喋った。 「これからは仕事を始める前に毎日占いの館に行きましょう。そして毎日、私について占ってもらえますか?」 メルはそう告げられてもしばらくきょとんとしていたが、やがておずおずと切り出した。 「毎日…エルンストさんについて調べていいの?」 「ええ」 「それだけじゃなくて、エルンストさん、毎日メルの所に顔出してくれるの?」 「ええ」 「しかも、朝一番に?」 「ええ」 ようやくエルンストの言わんとするところを察したのか、ぱああっと輝くメルの顔。興奮に、頬は一瞬で紅潮する。先程の涙は何処へやら、メルはそのままエルンストの首根っこに思い切り抱き着いた。 「エルンストさん、大好き!」 「うわっ、メ、メル!」 好意の、あまりにも素直すぎる表現にエルンストはたじたじとなる。が、メルがそれに気付いた様子は無い。 「メルね、エルンストさんのためにいっぱいいっぱい占うからね!」 ギュウギュウと抱き締められて、仕方なしなしエルンストはそっとメルの背中に腕を回した。正直なところ、この純粋な好意が――満更でもない。 公園にいた人々は、10以上も年の離れた青年(?)と少年(?)が、とても仲睦まじくしているのを見ていたとか見ていなかったとか。 おしまい |
■あとがき 「アンケートついでにリクエスト企画(2007年2/15〜3/15)」の第八弾。 限りなく×に近い+なエルンストとメルのお話でした。実際書いてみたらやっぱり×になりました(笑)表記上ではあくまで+ですが…。 お子様メルは癒されます。とても可愛いのです。エル+メルは、実はとてもお気に入りのコンビ。 メルはエルンストの事を「エルンストさんv」と呼んでなきゃダメです、絶対に絶対です。 |
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