天国の夏休み


 今年も恒例の夏休みが、もうじきやってくる。
 守護聖たちだって、女王補佐官だってたまには羽根伸ばしがしたい。
 そういう意見もあるだろうと踏んで、女王アンジェリークが独断と偏見によって始めた企画だった。
 無論自分が休みたいのが一番大きな理由である。職権乱用。
 本来は慰安旅行とでも言うのかもしれないが、その単語を用いると何となく気が休まらないのをアンジェリークは知っているので、彼女は頑なに夏休みと言い続けている。
 ともかくも、その割には結構好評でもあって。
 年少組は仕事を気にせず思い切り遊べるのが嬉しいらしくて、計画の段階からうきうきしているのが丸分かりだった。
 その度にジュリアス辺りに叱られるのだが、ジュリアス自身もどこか顔がほころんでいるのであまり説得力がない。

 もうすぐ夏休み。
 みんなの心が浮いている。



「今年はね、避暑地に行こうと思うの」
 執務室で仕事中、アンジェリークはロザリアにそう切り出した。
「去年が南の島だったから?」
「あれね、マルセルたちには好評だったんだけど……それ以外の守護聖がどうもね……」
「クラヴィスが熱中症で倒れてしまったものね」
「うん。あれは失敗だった。クラヴィスがまさかそこまで弱いなんて思わなかったから」
「日ごろから日光を浴びてないんですもの。当然と言えば当然の結果なんでしょうけれど。さてと」
 ロザリアは書類をとんとんとまとめると、次はこれですとまたちがう書類を差し出した。
「うえーまだあるの?」
「しっかりおやりなさい」
 その時、こんこんというノックとともに1人の男性が姿を現した。
 出てきたのはいかにも優しそうでのんびりそうな風貌の地の守護聖。
「ルヴァ!」
 アンジェリークはそりゃあもう嬉しそうに書類を投げ出して彼に駆け寄った。
「へ、陛下……いけません、補佐官殿が」
 アンジェリークの後ろでロザリアが頭を抱えてやれやれと言っているのにも構わず、ぎゅーっと抱きしめる。
 仕方ない子ですねー、なんて言いながらルヴァがぽんぽんと頭を撫でてくれて、またひとつ嬉しい気持ちになる。
「あのね、今年は避暑地に行く事にしたのよ」
「ああ、夏休みの計画の話ですか? それはいいですねー」
「でしょ。今年の夏休みもずっと一緒にいてくれる?」
 ロザリアが、すぐ後ろにいるのに。
 アンジェリークの発言や行動は、どんどん大胆になる。
 ルヴァも何となく困った顔をして、でもそれでもやっぱり自分の可愛い人だからつい誠実に対応してしまう。
「もちろんですよー」
「嬉しい! あのね、今年行く高原にはとっても綺麗なお花畑があるんですって」
「いいですねー向こうに着いたら早速そこでデートしますか?」
「それから……ここによく似た森の湖があるんだそうよ」
 アンジェリーク、ちょっと恥ずかしそうに両手の人差し指同士をつついておねだりポーズ。
 誘ってくれない? という意思表示だ。
「それは素敵ですねーあなたが候補だった時の気持ちを思い出しながらデートしましょうか」
「ホント? 嬉しいな」
 まだほんのちょっと前、ルヴァが候補であったアンジェリークに告白した。
 それが森の湖であり、二人の思い出の場所でもある。
 主星に来てからは忙しくデートでさえ出来ない状況が続いていた。
 恋人同士なのだし、せめて少しでも一緒にいられる時間が欲しい、そう思い立って考えたのがこれだった。
 つまり、この夏休みはアンジェリークにとっては「公式の夏休みなのを利用してルヴァといちゃいちゃいちゃつきまくろう大作戦」でもあるのだ。
「ああもう夏休みがすっごく楽しみで全然仕事がはかどらないの。早く来ないかなぁって、もうそればっかり」
「いけませんよーそれでは。夏休み前に仕事を終わらせておかないと休めるものも休めなくなりますよ」
「それはそうなんだけど……」

「その通りですわ、ルヴァ」

 後ろで氷点下の声がして、おそるおそる振り返るとうっすら笑みを浮かべたロザリアが腕を組んで立っていた。
 怖い。これはかなり怖い。
「え……っと」
「陛下。この仕事が済まないと夏休みは永遠に来ないものだと思ってくださいませね」
「えー!」
 言われて、慌てて机に戻る。
「困ります、ルヴァ。今この子を刺激しないでいただけます? ただでさえはかどらない仕事が、夏休みを連想させるとさらにはかどらなくなるんですから」
 怒りの矛先はルヴァにまで至る。ぎくりとしてアンジェリークを見やると、そこには既に夏休みと言う単語を聞いて夢の世界にトリップしているアンジェリークがいた。
 大方、ルヴァとのデート構想をしているのだろう。
「へーいーかーっ!」
「あわわわわっ、やりますやります!」
 また怒られて、仕事に戻る。
 子供みたいなアンジェリークにくすくすと笑いつつ、ルヴァはロザリアに確認する。
「そうやって、あなたも特別厳しくアンジェに接していますけれど……本当は、あなたも楽しみなのでしょう?」
 何かを含めたようなロザリアの笑み。
「さぁ、それはどうでしょう?」
 楽しみではない、筈はない。
 ロザリアだって人間だ、たまには休暇が取りたいに決まってる。
 うきうきする心は誰にだってある。



 今年も、もうすぐ夏休みがやってくる。
 それはきっと天国みたいに素敵な世界。


おしまい


■あとがき
ここまで読んでくださってありがとうございました!
7月に読むときっと楽しい創作。な筈。
(学生さん限定で)
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