11:59


 7月12日、午後11時半。
 今日も守護聖としての一日が終わろうとしている。
 しっかりとナイトキャップをかぶり、床につく。

 ほのかに揺れるキャンドル。
 明かりはそれだけ。

(誰もお祝いしてくれませんでしたねー)
 ゆらゆら揺れる光を見つめながら、ふと考えてしまう。
 誰だって自分の誕生日を忘れるものなどいないだろう、自分がこの世界に生れ落ちたなにより大切な日なのだから。
 たとえば祝ってくれる者がいなくても、それはやっぱり一番大切な日なのだ。
 でも、それでは少し寂しいのだとルヴァは実感していた。

 去年の7月12日はサプライズパーティーだった。
 マルセルが執務室に花束を届けに来てくれたのだ。
 そしてあとからあとからやってくる人と贈り物とお祝いの言葉。
 突然の事で戸惑ったりもしたけれど、ルヴァはとても嬉しかったのを覚えている。

 幸せな誕生日。
 どうやらそれは今年には現れなかったらしい。
 今日は仕事をしながら、誰かがおめでとうと言ってくれるその時を待っていた。
 なのに。今日は。誰も来なかった。
 ごろんと寝返りを打つ。
 聞けば去年のサプライズパーティーはマルセルたちが企画したものだそうだ。
 そう聞いて、納得した。そうでなければもっとあっさりした誕生日になっていただろうから。
(あの子達も大人になったって事なんでしょうかねー)
 もう、子供じみた企画をする事などない。
 大人ではないのは、むしろ自分の方だ。誰からもお祝いの言葉をもらえなかったというだけで、こんなに落ち込んで。
 だけど。いくらなんでも、ちょっと寂しい。

 誰もプレゼントをくれと要求しているわけではない。
 ただおめでとうと言ってほしかっただけだ。
 それさえ、今日はなかった。
 自分が世界中から否定されたような、そんな気がした。

(アンジェリークは気付いているでしょうか?)
 自分が誕生日である事に。
 例えば気付いていたとして、どうしてお祝いしてくれるだろう?
 彼女も女王たる身、守護聖以上に忙しい。こんな時間に仕事が終わっている筈も無い。
 もう一度、ごろんと寝返りを打って。時計を見遣る。

 11時59分。

 ああ、7月12日が終わってしまう。
 ……そう思った時だった。

 突然窓からだん! だん! と音がした。
 窓を、何か硬いもので叩いているような。
 びくびくしながら窓におそるおそる近づく。
「ルーヴァ! 開けて! 私よ」
「……え?」
 そっと開けてみると、そこにいたのは息を切らしたアンジェリークだった。
 走ってきたのか、髪までぐちゃぐちゃである。
「今、何時?!」
「わ、えと、……11時59分です」
 もしかしたらもう1分は経っているのかもしれない。
 だけど彼女が何をしに来たのか見えた気がして、ルヴァはあえてそう言った。
「良かった!」
 それを聞くやいなや、アンジェリークはルヴァに抱き付いた。
 ふわりを鼻腔をくすぐる、アンジェリークの優しい女の子の匂い。
「あのね、ルヴァ。遅れてごめんなさい。……誕生日、おめでとう」
「わざわざ、それを言うために?」
「うん、この時間にしか仕事が終わらなくて。急いで来たんだけど、12日に間に合わなかったらどうしようって、それが心配で……でも良かった」
 アンジェリークは腕を放すと、ルヴァの頬に軽くキスをした。
「誕生日プレゼント。……口にしてあげられなくて、ごめん」
「何でです?」
「だって、みんながいるもの」

「……はい?」

 ふと。見ると。
 アンジェリークの後ろにはルヴァを除いた全員の守護聖が立っていた。
 ゼフェルは明らかに不機嫌そうだ。
「ルヴァ様いいなーっ陛下にキスしてもらえるなんて」
「マルセル、あれは陛下とルヴァ様が恋人同士だから許されるんだ。俺たちには無理だよ」
 と、これはマルセルとランディ。
 よくよく見ると、全員がその手にプレゼントを抱えている。
「陛下、一体これは……?」
 呆然としつつも、アンジェリークに何とかそれだけ尋ねると、彼女はふふと微笑んだ。
「私がみんなに言ったの。どうしても私が最初におめでとうって言うんだから、みんなは言っちゃだめって」
 ああ。そういう事だったのか。
 納得していくのと同時に、優しい気持ちが溢れていくのが分かった。
 その気持ちの表現の仕方が分からなくて、ただルヴァはアンジェリークをぎゅっと抱き締めた。
 もう、いい。誰が見てても。
 さっきはキスを全員に見られたのかと、恥ずかしい気持ちでいっぱいだったが。
「ありがとうございます……とても、嬉しいです」
「ね、ルヴァ、今夜は公園を貸しきったのよ。真夜中の誕生日パーティー、悪くないでしょ?」

 悪くない、どころじゃない。
 最高のパーティーだ。

 アンジェリークにその手を引かれて、窓から飛び降りて。
 みんなが公園へと向かうためにルヴァたちに背を向けたその瞬間に、彼らはそっと口付けを交わした。

 口付けのあとに。
 まるでもう一度確認するかのように、アンジェリークは囁いた。

 お誕生日おめでとう、ルヴァ。


おしまい


■あとがき
ここまで読んでくださってありがとうございました!
最愛ルヴァ様の誕生日記念創作でした。
自分で書いておいてアレですが、クラ様がプレゼント片手にルヴァ様の館に押しかける姿は想像できません。
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