小話


■電波

 アンジェリークが女王になる事が決まった。
 アンジェリークは戴冠式前夜、部屋をこっそり抜け出すとルヴァの私室へと向かった。そうすることが違反とは分かっていたが、どうしても言いたい事があった。今まで良くしてくれた事や世話になった礼と、それから――。
 ルヴァの私室の扉はまるで誰かを招き寄せるかのように若干空いていた。漏れる薄い光が、ルヴァがこんな時間でも起きている事を意味していた。そして、きっと自分を待っている。自惚れかもしれないが、アンジェリークはそんなふうに考えずにはいられなかった。足音を立てないように密やかに、アンジェリークはルヴァの私室へと入った。
 そして、息を飲んだ。
 ルヴァはこちらを向いて佇んでいた。自惚れでも何でもなく、本当にルヴァはアンジェリークを待っていたのだ。ルヴァはアンジェリークが歩み寄って十分に近付いたのを認めたあと、厳かな口調で告げた。
「約束です」
「…約束…?」
 分からない、といったふうに目を伏せるアンジェリーク。ルヴァは穏やかな口ぶりや様子を崩さないまま、ゆっくりともう一度確かめるように「約束です」と呟いた。
「…私はずっと、あなたの傍にいます」
 それがどんな、形でも。
 弾かれるようにアンジェリークは頭を上げた。こちらを見つめるルヴァの眼差し。その深い灰色を見つめ返すだけでは、彼の真意が掴めない。
「どういう…意味、ですか」
「それ以上でも、それ以下、でも」
 色々考えたんです。と、ルヴァは淡々と語り始めた。
「私が守護聖である以上…、あなたとの境界線は破れない。あなたが明日、戴冠式に臨む身であるのなら、尚更。…」
「…私がここに来ても、無意味だと、そう仰るんですか」
 喉の奥から突き上げてくる絶望感を何とか堪え、アンジェリークは途切れ途切れになりながらもそう告げた。瞬間的にやってきた嵐は、手で心臓の辺りを服の上からぎゅっと掴んで、唇を強く噛み締める事で回避した。でなければ、今にも立っていられなくなる程、その嵐は激しいものだった。
 かち、かち、と部屋の柱時計が秒針を刻むのと、けして明るくは無い室内。囁くように言葉を選び続けるアンジェリークとルヴァ。そこには拭いきれない重さが潜んでいた。
「そうでは…ないんです」
 ルヴァはかぶりを振った。
「あなたがどんな立場になっても。言葉は無くとも、触れられなくても、いつだって、そこには私が――」
 ルヴァが全てを言い終わる前に、アンジェリークはかっとなってルヴァを引っ叩いていた。
「あなたは…ずるいわ」
 彼に断るだけの強さが無いのか、アンジェリークに全ての判断をまかせるつもりなのか。彼が聡いのか、鈍いのか、それはアンジェリークには判断が付かない。それでも言える事がひとつある。
 それでもアンジェリークは、ルヴァを選ぶという事。
「…分かったわ。…約束なんでしょう」
 吐き捨てると、アンジェリークはルヴァの胸へと飛び込んだ。
「それなら、あなたが嫌になっても、…ずっと傍にいてもらう、から」
 ルヴァはアンジェリークを受け止めると、はい、と消え入りそうな声で呟いた。
「…約束です」
 アンジェリークの背中に回された手は、温かさを帯びていた。

 そして、その日から止まない雨が降り始める。


おしまい

■ほのぼの/AVP2009創作掲示板投稿作品ログ

 最近のアンジェリークは、一体どうしちゃったんでしょうねぇ。
 何時間も同じ本の同じページに目を留めたままぼーっとしてるかと思いきや、本棚の前に貼り付いて色んな本を出したり出したり出したり(仕舞ってはいないようだ)。
 今日も、何だか睨んでるみたいにして本棚と格闘していますねー。私はですね、ようやく最近になって本を読む楽しみをアンジェリークに分かってもらえたみたいで、とっても嬉しいんですよー。あなたの本嫌いと言ったらそれはもう…。読みたくない本を、ジュリアス辺りに強要されて嫌々読みながら、でもやっぱり退屈してしまってうとうとし始めるあなたを見るのを、それはそれで可愛らしくて好きだったのですけど…ね。
 …私は一体何を考えているんでしょうね。そんな事は今重要じゃないんですよ、ええ。
 重要なのは、アンジェリークが本を読んでくれるようになった事。だって嬉しいじゃないですか、大切な人と趣味を共有出来るなんて――おや?
 アンジェリークが座り込んで本を読んでいますね、あの辺りの本は…確か。料理のジャンルですね、そうです。私は料理は作りませんが、レシピを眺めるのは嫌いじゃないんですよー。
 でも…アンジェリークが眺めている…棚は。

 お菓子の、…いえ。
 チョコレートのレシピの棚…ですね。

 そういえば、バレンタインが目前、ですよね。
 まさか…作ってくれるとか…いえそんな。
 でも黙々と見ているページは遠目から見ても確かに…チョコの写真。

 期待、してしまっても、いいんでしょうか――?


おしまい


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