本性と仮面と


「本当の事を仰って!」

 それは女王試験も後半に差し掛かったある日――の、更に詳しく言えば2月14日の事だった。
 激昂したのはロザリアだ。
 怒れる女王候補がその直前にしていた事はふたつ。自分――水の守護聖であるリュミエールを森の湖に呼び出した事。そして、チョコを手渡した事。それに対してリュミエールが「ありがとうございます」と答えた時、突然彼女が豹変したのだった。
 思わずぽかん、と口を開けたまま、突然声を荒げたロザリアをわけが分からない様子で見詰めてしまう。対応に良くないところがあったとは思わない。いつもの自分だった筈だ。…多少、想う青い瞳の天使にチョコを渡されて頬が綻んでいたとしても、そういう浮ついた心は見せないように振舞ったつもりであったが。本能の思うままに振舞う自分など、あまりにらしくないし似合わないから。
「リュミエール様はいつもそう。柔和な微笑みに穏やかな口ぶり。どんな時だってご自分をお忘れにはならないの。…だけど、」
 ロザリアの射抜かれるような視線からひとつも逸らせない。強い瞳だ。そう思った。
「わたくしが欲しいのは、そんな態度じゃない…」
 興奮のあまり。ロザリアの膝はがくがくと震え、瞳にはうっすらと涙すら浮かんでいた。
「わたくしがどんな思いでこのチョコを作ったのか、わたくしがどれ程勇気を奮い立たせてこのチョコを、今あなたに渡しているのか…それを、あなたのいつもの微笑みひとつで返されたくない!」
 破壊し尽くされた。今までにロザリアから受けたイメージが。
 ひとりでも生きていけるだろうと、そう感じていた彼女の像が音を立てて壊れていく。そこにいたのはただの女子高生。女王候補でない、と感じるのを嬉しいと思うのはなぜなのか。
 それと同時に、相手に対して必死の思いで築き上げて来た自分のイメージまでもが。激情に晒され、自分も踏み込んでしまう。潤んだロザリアの瞳に、ぐらりと傾ぐ自分自身。
「だから、本当の事を仰って。そのチョコレートは、…っ」

 ロザリアがそこから先に言い募る前に。
 リュミエールはロザリアを抱き寄せ、ぽんぽん、と彼女の頭を撫でていた。

「申し訳ありません。…忘れていたのですよ、あなたがまだほんの17歳だと、いう事に」
 ロザリア・デ・カタルヘナは年に似合わぬ大人びた振る舞いをする。だからこのチョコもそんな大人な彼女の義理に過ぎないのだと。
 激情を抑えられない、ただのい十代の少女でしかない事を、今日始めて思い知ったのだと。
 そんな言葉を、リュミエールはぽつぽつと語った。
 ロザリアはリュミエールの腕の中でただ猫のようにじっとしている。
「あなたがこのチョコを下さったのは、ただの気紛れだとばかり。…ほんの一時の感情を、気が向いたから預けて下さったものだとばかり」
「そんな。そんな――」
「ええ、もう分かっていますよ。わたくしの可愛いロザリア」
 思わぬストレートな台詞に、ロザリアの頬がカッと赤くなる。それを見て、リュミエールは実に満足気な笑みを漏らした。
「あなたが実に真っ直ぐなので、わたくしも真っ直ぐに答えてみようかと」
「だからってこんな…いきなりなんて…」
「…本当を申し上げますと、試験が終わるまで秘密にしていようと思っていたのです。あなたは女王に相応しい方だから…と。ふふ、だめですね。女性のあなたから告白を先に聞くだなんて。だから…やり直しをさせていただけますね?」
 すぅ、と息をひとつ飲み込んで。
 リュミエールは相変わらずの落ち着いた声音で、だがそこはかとなく熱を篭らせてその言葉を告げた。

「――あなたの事がとても好きですよ、ロザリア」


おしまい


■あとがき
ここまで読んで下さってありがとうございました。
AVP企画投稿作品再録です。リュミロザ小話でした。
企画運営当時、仮面を外したリュミ様はどうなるのか分からない! ロザりん逃げてー!
というコメントをいただきました。全くもってその通りだと思います(笑)。
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