赤い空の下


 フロンティア・ハリム。
 仙草アルニムを取りに行く事になった4人。何とか準備を整え終えたところで、ふいにユウリィはラクウェルに話し掛けられた。雑談、のわけはない。自分の事を心配げに見つめるその視線。
「ユウリィ、どうかしたのか? 顔色が優れぬようだが」
「いえ……何でもありません」
 すぐさま否定するが、ラクウェルはなおも食い下がった。
「何でもないわけがないだろう」
「確かに顔色が悪いな。ここのところずっと歩き詰めだったしな。ユウリィにはちっとばかし辛かったかもな。休むか」
 助け舟を出したのはアルノーだった。「だけど」となおも言い募ろうとするユウリィを制して、
「俺も疲れた。だから俺が休みたいんだ。分かるな?」
 言うと、ひらひらと手を振ってどこかに行ってしまった。
「全く、あいつは……」
 苦笑するラクウェル。気を遣わせてしまった事に申し訳なさと少しの嬉しさを感じて、ユウリィも微笑んだ。
「ジュード、分かるな? しばらく休憩だ」
 ラクウェルは先程から何も言葉を発しないジュードに向かって呼びかけた。案の定、うんと返事をしたっきり向こうを歩いていってしまった。
 呼び止めても、良かったのだけれど。そうするだけの理由が見当たらず、ユウリィは黙ったまま去ろうとするジュードを見送った。
 本当に、どのように言葉をかけてあげればよいか分からない。
 今何を言っても彼を苦しめたり傷つけるだけのような気がする。
「ユウリィ」
 呼ばれて振り返ると、ラクウェルがこちらを見つめていた。
「? 何でしょう」
「たまには女二人、ゆっくりするのもいいだろう」
 と言って、近くのベンチに誘った。一緒にいようという意味らしい。自分の調子が良くない所為でみんなの足を引っ張っている。そう思うと悲しくなるばかりなので、努めていつも通りに振舞おうとした。

 良くないのは体調ではない。単に、精神的な問題。
 数日前から考えている事がある。それに気持ちが囚われていて、他の事が全く手に付かないのだ。そういえば何となく食欲もない気がする。食べたい気持ちになれないのだ。
 放心状態にあるジュードはともかくとしてラクウェルとアルノーにはそれが分かってしまったに違いない。

 ベンチに、ラクウェルの隣に腰掛けると、ラクウェルはすぐにも話し掛けてきた。あまりおしゃべりな方ではないだけに、珍しいと思った。そして同時に、それだけ自分の事を気にかけてくれているんだという事も分かった。
「調子はどうだ?」
「大丈夫です。ごめんなさい……心配かけさせて」
「気にするな。謝らなくてもいい。ひょっとして、何かあったんじゃないかと私とアルノーは心配していたんだ。このところ、あまり食べていない気がして。……良かったら、話を聞かせてくれないか。話したら意外にすっきりするかもしれない」
 言って、ラクウェルは首を横に振った。
「いや、今のは聞き流してくれ。私とてユウリィに話していない事の1つや2つくらいある。そしてそれを詮索されたくもない。同じ事だ。ユウリィが私に話していない事があるからといってそれを問い質す権利は私にはない。忘れてくれ」
「いえ……わたしの話、面白くはありませんが聞いてくれませんか? わたしも、これを1人で抱えたままは苦しいんです……」
「いいのか?」
「ええ」
 ユウリィは座りなおすとぽつぽつと語り始めた。
「あの……兄さんがどうしてるかなって……それが心配なんです」
「クルースニクの事か」
「ええ。ガラ・デ・レオンで会いましたよね。……今どうしているんでしょう。兄さんのあの目は何かを決意している目でした。何か、ただではすまない……そんな気がして不安なんです」
「なるほどな。それで?」
「心配で、わたし1人でここにいるのが嫌なんです。心臓がぎゅって掴まれてるみたいに、兄さんの事を考えると辛くて苦しいんです。……わたし、エ・テメン・アン・キで出会った兄さんが本物だったら良かったって今でも時々思うんです。あれが本物の兄さんだったら迷わずわたしは一緒に行っていたでしょう」
「だが、実際は」
「そう、分かってます。本物の兄さんはどんなに言っても一緒には来てはくれません」
 ユウリィはラクウェルに向き直ると、強い口調で訴えた。
「どうしてなんでしょう? どうして兄さんは一緒には来てくれないんでしょう? こんなに大好きなのに、どうしてそばにいられないんでしょう?」
 言い終わると、はっと口を噤み、目を伏せた。ユウリィの睫毛が風に揺られたように見えた。
「ごめんなさい……取り乱しました。わたしの話は、これだけです。聞いてくれてありがとうございました」
 そして小さくお辞儀した。
 確かに少しすっきりしたような気がする。だからといって思い悩む必要がなくなったかと言えばそうでもないのだが。
 隣をちらと見た。ラクウェルがいつもより一層難しい顔をしている。
「あの……ラクウェルさん……」
 ラクウェルの青い瞳がこちらを向いた。
「その、上手く言えないのだが、まずは話してくれてありがとうと言いたい」
 こほんと一つ、咳払いをするラクウェル。
「それで、その。クルースニクの事だが。今は近くにいられないから、彼の事、そして自分の事を信じるしかないと思うのだ。今は離れ離れでもきっとそのうちまた互いの道が重なる時が来ると、私は確信している。血が血を呼ぶという話を知っているか。ユウリィが自分の道をしっかり歩いていれば近いうちにクルースニクの方から寄ってくるような気がするんだが……どうだろう?」
 自分の道。
 ユウリィはその単語を反芻した。そうか、と納得出来た気がした。
 ジュードに助けてもらって以来、出来うる限りの自分の道を進んできたつもりだ。
 その結果としてクルースニクと再会できたのだ。それなら、この次もそのまた次も、この道から外れない限りまた会えると言える筈だ。
 何となく、元気が出てきた気がする。
「ラクウェルさんって……すごいですね。あんなにわたし思い込んでぐったりしてたのに、それが何だか嘘みたいです」
「そ、そうか? あまり褒めないでくれ……言われ慣れてなくて恥ずかしいから……」
 頬を赤くして、ラクウェルはうろたえる。多分、自分ではそんなすごい事を言っているとは思ってないのだろう。
「わたし、ラクウェルさんの事尊敬します。少し、元気出てきました」
 そういうと、ラクウェルは照れながら「それなら良かった」と呟いた。

 隣のラクウェルには聞こえぬよう。
 ユウリィは赤い空を見上げて心の中で祈った。

「兄さん、また会える日を待ってます……」


おしまい


■あとがき
ここまで読んでくださってありがとうございました!
赤い空と言えばフロンティア・ハリムの夕焼け、でした。
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