「最近、ユウリィってさ」
森の中、野宿にも慣れてきた今日この頃。
あんまり美味しくない夕食(作:ラクウェル)をみんなで食べたあと。
ジュードがユウリィの傍に寄り、話し掛けて来た。
「はい?」
「よく眠ってるよね」
「……そうでしょうか?」
突然の指摘に、ちょっと困って首を横に傾けると、ジュードもそれを真似した。
「自覚、ないの?」
「自覚と言われても……あ、でも確かに朝起きるのはわたしが一番最後ですね」
「ほらね。出会った頃はそうじゃなかったのにね」
「そういえばそうですね……変ですね、特に低血圧というわけでもないんですが」
どうしてそれに気付いてしまったのか。
どうして、最近ユウリィがよく眠る事に気付いてしまったのか。
本当は、何でかなんて知っている。
でもそれをジュードに告げたら、きっと彼は不満がるだろうから。
言えない。とてもじゃないけれど。
誤魔化すように微笑んで、ジュードの求めるような答えを口にした。
「みんなといると安心して、つい長く眠ってしまうのかもしれません」
予想通り、ジュードはそれは満足げな顔をした。
ジュードはユウリィがみんなの事を信用しているといった台詞を口にするといつもこんな顔をする。
「あははッ! お寝坊さんなんだから」
しょうがないなぁ、みたいな事を言ってジュードは離れていった。
つられて、少し笑って。
心の中では全然笑えない。
嘘を付いて、ごめんなさい。口には出さず、そう呟いた。
わたしは夢を見たいのです。
少しでもいいから、夢の中でも構わないから、会いたい人がいます。
(……兄さん)
今、どうしているだろう。
心配で、不安で、たまらない。
その不安を、消してしまいたい。
だから、わたしは。
少しでも兄さんのそばにいたいから、わたしは眠るのです。
全ては、夢を見るため。
そこに必ずいる兄さんに会うため。
聞いた事がある。
「それ」について考えてばかりいると「それ」の夢を見るのだと。
毎晩のように兄さんの夢を見る自分。自分が思う以上に自分は兄さんの事を気にしすぎている、と思った。
気付いたら。
無機質な建物の中にいた。
そうだ、これは夢だ。いつの間に眠ってしまったのだろう?
(白い孤児院……?)
苦さを伴う記憶。頭の中で何かがちかちかと瞬いた。
「痛ッ」
頭痛を覚えて両手で頭を抱えた。
おかしい、夢、の筈なのに。
しばらくすると頭痛も治まってきたので、ゆっくりと視線を巡らせた。
間違いない。ここはあの白い孤児院だ。
今でさえ忘れる事の出来ない呪い。
靄の向こうに何かのシルエットが見えて身構えた。
その何かは白い靄を越えてユウリィの近くにまでやってきた。
その足取りに迷いはない。
そこに、在りし日の兄がいた。
あの時と何も変わらず、白い検査服のままのクルースニクがこちらをじっと見つめていた。
(兄さん……)
あまりに切なくて、涙が出そうになる。思わず両手を胸の辺りにやった。それはまるで傷ついた心を庇うように。
『すまないと思っている』
「……え、」
突然クルースニクが話し出して、ユウリィは慌てた。
気付けばクルースニクはユウリィのずっと近くにいた。
手を伸ばせば、簡単に届く距離。
でも手が出なかった。
『お前を一人にして、寂しい思いをさせただろう。すまなかった。……もう、ユウリィを1人にしない。ずっとそばにいるよ』
あまりに突然で、言葉が出なかった。
『気付いたんだ。お前のそばにいる事が肝要なのだと。だから、もう、どこへも行かない。ただお前の隣だけに』
こんなに、ユウリィ自身が求めてやまない言葉を贈ってくれるなんて。
ユウリィはそれだけで満足だった。
夢だという事も、分かっているつもりだ。
現実だったらこんな言葉口にしてくれない。現実はもっとこんなふうじゃない。
夢だから、縋ってしまいたくなる。
現実だったら、疑っている。
「兄さん、わたしから離れていかないで……」
あの日から、わたしたちは遠く離れたままなのだ。
夢だからこれほど近くにいられる。
ユウリィは静かに腕を広げてクルースニクを抱き締めて、その胸の中に顔を埋めた。
深呼吸すると、涙が一粒と想いがたくさんこぼれた。
クルースニクもまた、ぎゅっと抱き締め返してくれた。
夢、なのに。でも確かな暖かさを感じた。
「兄さん、大好き……」
その答えは、ないけれど。
兄さんは許さないだろう、きっと。厳しい人だから。
こんなふうに現実から目を逸らすわたしを。
でも、それでも。
夢の中のあなたの胸で泣く事だけは、許して。
おしまい
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