無間樹海、にて。
ようやくヴンダーヴェルトラムから脱出できて一息つけると思いきや。
ガウンとかいうちょっと変な人と変な出会いをした。
ガウン自身はそう悪い人そうに見えなかったので5人で昼食を囲む事になった。
みんなでユウリィ(……と、ラクウェル)の作ったご飯を食べる。
ジュードが食べながら「???」という顔をしていたのが面白くて、少しユウリィは笑ってしまった。
修正できたと思っていたけれど、やっぱり料理はそう簡単に方向転換できるものじゃない。
ラクウェルには申し訳ないけれど、これからは出来る限り自分ひとりでお料理は頑張ろう、と思った。
ご飯を食べ終わって。
ガウンはラクウェルやアルノーと一緒に学術的な話に花を咲かせていた。
ジュードとユウリィはとても話に入り込む隙間がなくて、おいてけぼりを食らっていた。
とても難しい話をしているらしいが何を言っているのかさえよく分からなかった。
ジュードも同じ事を考えていたらしく困ったような顔をこちらに向けた。
「どうする、ユウリィ?」
「どうしましょうか……」
「僕たちだけで遊ぼうか?」
「……そうですね」
遊ぶ、と言われても、何を彼はするつもりなのか。
よく分からなかったが、とりあえず彼の背中を追いかけて歩いた。
遊ぶ、というよりもただ単にその辺をうろうろしているだけだった。
どうやら彼は散歩する事をそう表現したらしかった。
「良かったよね、僕たち無事にヴンダーヴェルトラムから脱出できて」
「……そうですね」
ジュードはいつの間にやらどこかで拾った草を振り回している。
「アルノーの事は信じてるつもりだけど、やっぱり怖かったなぁ」
「……そうですね」
「信じるのもチームプレイッ! だよね」
「……そうですね」
「ユウリィッ! ホントに聞いてる?」
ふいに、顔を覗き込まれて。
あ、と思う。
聞いているようで彼の話をまるっきり聞いていなかった。
心、ここにあらず。
違う事を考えていた、なんて言えない。
「ごめんなさい……ちょっと、ぼおっとしてました」
言い訳じみた言葉を口にすると、ジュードは一瞬むくれたようだったがすぐにいつもの笑顔に戻った。
「いいよ。疲れてるんだもんね。早く街を見つけて休もうね」
「はい。……ごめんなさい」
「いいってば」
言って、方向転換するジュード。
「みんなのところに戻ろうか」
「……はい」
そして今までとは逆方向に歩き始めた彼らだったが。
「あれ?」
ジュードがいきなりその足を止めた。
「どうかしましたか?」
「ほらあれ。見て」
ジュードが何気なく指を差し向けたそちらを見た。
花? と思ったが、違う。
食虫植物だ。
「珍しいですね、わたしも実物を見るのは初めてです」
「何これ」
「知りませんか?」
全然知らない、と首を振るジュード。
食虫植物はその大きな口を開けたまま獲物を待っている。
「虫を食べて生きる植物の事です。わたしも詳しい事は知りませんが……過酷な環境で生きる植物らしいです」
「ふーん……」
二人はそれに近づいてじいっと見入った。
見れば見るほど、気色の悪い生き物。
「何だか気持ち悪いね」
ジュードが率直な感想を漏らした。
「ええ。……」
ジュードはそれに触って何かを確かめようとしている。
「何を、しているんですか?」
「うん。あのね、こいつってどうやって殖えるのかなと思って」
「殖える?」
「普通の植物だったら、花の蜜を虫が持っていくことでついでに虫に花粉がくっついてくから殖えるんだけど。これは、花も蜜もないみたいだから」
さすが、シエル村で育ってきただけあって植物については豊富な知識を持っているようだ。
妙に感心しながら、今度はちゃんと彼の言葉に聞き入る。
「確かに花も蜜もありませんよね。でも」
「そうだよなぁ。虫、食べちゃうんだから。どうやって花粉を運ぶんだろ」
「でも、季節が巡れば花も咲いて、蜜も出来ると思います」
「そうかなー僕はそうは思わないな。あるわけ、ないよ」
なぜかきっぱりと、ジュードは言い切る。
「あるわけないよ」
「そんなの……」
何かを言い掛けて、それを上手く言葉で表現できない事に気付く。
一体、わたしは何を言おうとしてたんだろう?
言い切らないで。
否定しないで。
全ての可能性を放棄したりしないで。
「でも……可能性を、捨てきったらいけないって思います」
言葉少なに、けれど主張は強く。
「そんな事、駄目です。駄目ったら、駄目です」
さっきと同じ言葉を、さっきとは違う人に投げかけている。
「もしかしたら、という事もあるのを忘れてはいけないと思います……」
話しながら、だんだん自分の言いたい事が見えてくるのが分かった。
花の事を、考えているわけじゃない。
ジュードの事を、考えているわけじゃない。
考えるのはただ、あの人の事。
もう一度会えるとは思っていなかったあの人の事。
ずっと会いたいと心ひそかに思っていたあの人の事を。
可能性をとっくの昔に放棄していたなら、再会してもきっと気付かなかった。
だから、失くしちゃいけない、それを。
「何だかよく分からないけど……ユウリィ、すごいね。今の聞いて、確かにユウリィの言う事が正しいなって思ったよ。もしかしてユウリィも植物好きなの? ……ユウリィ?」
「あ……いえ、何でもないです、ごめんなさい」
「何でそこで謝るのさ。変なユウリィ!」
あははと笑うジュード。
もう一度すみませんと言って、ユウリィは目を伏せた。
とても彼と一緒に笑う気にはなれなかった。
兄の事ばかり考えている自分がいる。
誰といても、何をしてても。兄の事が気になる自分がいる。
みんなはわたしのために、わたしの事を考えて一緒に逃げてくれているのに。
わたしはといえば兄さんの事ばかり。
「……ユウリィ、どうかした? 気分、悪い? ああッ、疲れてるんだったよね、引き留めてごめんね」
「いえ……」
「行こ、ユウリィ」
「はい」
ジュードの後ろについて歩きながら、ユウリィは考える。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
兄さんの事ばかり心配しているわたしを許してください。
罪悪感に胸が痛くなる。
ふ、と。あの食虫植物を目に留めた。
(信じても、いいですよね……?)
蜜がある事を。
いつかは花を咲かせる事を。
それを考えれば、胸の痛みも和らぐ気がした。
おしまい
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