あれから1年が経った。
未だ兄さんは帰ってこない。
あれから2年が経った。
未だに兄さんは帰ってこなかった。
3年目の春。
わたしはまだ兄さんの帰りを往生際悪くずるずると待ち続けているのだった。
帰ってくることなんてない、と知っていても。
春、だった。
このところの陽射しがだんだんと暖かくなってきたのを肌で直接感じる事が出来た。
朝はまだ、少し寒いけれど。
今日は休日。家事もたまっているけれど、今日ぐらい少し休みたい。
天気もいいのだし。
窓辺でひなたぼっこなんて気持ち良さそう。
試しにクッションを何個か用意して窓辺に置いた。それらに背を向けて座る。
クッションもふかふかしてて、なかなかどうして快適だ。
ふと、あのオルゴールが目に入った。
未だに持ち主の現れないそれ。ユウリィの信念とも言える歌の入ったそれ。
近寄って、ぱかりと開いた。
人の物をこんなふうに楽しんではいけないのかもしれないけれど。
優しく、どこか悲しい旋律を連れたまま窓辺へと戻った。
旋律につられてユウリィは歌いだした。
「やくそくを、しようよ……」
胸が痛くなる。
「てをつないで、あるく……」
この歌は兄さんの事をいつも思い起こさせる。
兄さん。大好きな兄さん。
手を繋いでくれる筈の人は一体どこへいってしまったの。
「やくそくをしようよ……」
ずっと守ってくれるって約束してくれたのに。
それならどうして一番そばにいないの。
「ひとりで、なかない……」
1人で泣かせないで。
お願い、兄さん。
今からでも遅くないから帰って来て。
わたしの事守るって言ったのに。
兄さんは嘘つきよ。
ユウリィは3年前の事を思い出していた。
あの日。
ジュードがクルースニクのARMを使い最後の戦いを挑んだ時。
あの時、わたしの世界は本当に終わってしまったのだ。
ジュードには再会した時に「先に行ったんでしょう?」と言った筈だ。
わたしはわたしに何より信じさせたかったからそう言ったのに。
それなのにあろう事かジュードはわたしの目の前でそれを取り出してみせた。
ARMに対してあれほど強い感情をいだいていた兄さんが、ARMなしで先にどこかに行ってしまう筈はない。
……それはつまり、そういう事を意味するのだ。
ジュードを憎む気にはなれなかった。
彼は少年らしい純真さをもってそうしたのだから。
ただ、あれからジュードに兄さんの事を訊くのは憚られた。
これ以上、傷つきたくなかったから。
(そういえば)
兄さんがわたしに渡したい物があると言っていた。
結局、それは何だったのだろう?
今となっては推論するしかないものではあるけれど。
(……まさかね)
ちら、とそれを盗み見た。
(ううん、そんな筈ない)
もう、何度この問答を自分の中で繰り返してきただろう。
本当は、うすうす気が付いていた事だった。
この歌を愛してやまないのはわたしと兄さんしかいないから。
……あの時、ジュードと一緒にこれを見つけた時にはそうかもしれないとは言い出せなかった。
彼は無邪気な精神のままもう一度ユウリィを傷つけるだろうから。
言えなかったけれど。
(……やめよう、こんな不毛な)
どんなに夢想したところで兄さんは帰っては来ないのだ。
考え込むユウリィをよそに、オルゴールは一人歌い続ける。
やくそくをしようよ
てをつないであるく
やくそくをしようよ
ひとりでなかない
手を繋いでくれる大好きなあの人はどこにいってしまったの。
わたしの世界はあの時本当に終わってしまったのだ。
おしまい
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