太陽が、落ちたと思った。
「ジュード! 危ない!」
白い孤児院。
ジェレミィのミサイルバルカンに狙いをつけられたジュードを庇って彼の前に出た。
「ユウリィ! 下がって!」
「それこそ駄目ったら駄目です!」
今までジュードには迷惑をかけ続けてきた。
わたしさえいなければジュードがこんな目に遭う事もなかったのに。
脳裏に浮かぶのはシエル村での出来事。
わたしが最初から従っていればジュードが辛い目に遭う事もなかった。
もう少しわたしがあの大人たちに協力的だったならこんな事にはならなかった。
駄目。
わたしのために彼が傷ついてはいけない。
もう誰かが傷つくところは見たくない。
(兄さん、みたいに……)
あんな悲しい顔をしてわたしの前から去ってほしくない。
もう二度と。誰にも。
「俺が捕獲対象を殺さないとでも思っているのか……餓鬼がッ! お前らまとめてミンチにしてやるッ!」
ジェレミィがミサイルバルカンに指をかけた。
怖くて、目をぎゅっと瞑った。
どこかからうぉぉんという音が聞こえてくる。
ミサイルバルカンの起動音?
違う。
それよりももっと遠いところから音はしている。
だんだん音は大きくなってきて、そして……
ガラスの割れる音がした。
ユウリィは広げていた腕で咄嗟に目を庇った。
目は開けず、感覚でものを見ようとした。
(何があったの……ッ!)
未だにジェレミィは引き金を引いていない。
きゅうううっと何かが滑るような音がして、それは止まった。
やっと分かった、これはバイクの音だったのだ。
誰か、何か、もう1人増えた気がする。
6人目の人物が?
ユウリィは緊張した。
ジェレミィが喚き立てている。
「てめぇ、何しに来やがったッ」
ジェレミィの、敵?
ジェレミィと面識のある人物のようだが、仲は良くないようだ。
敵の敵は味方では、ないだろうけど。
そっと目を開けた。途端。
太陽が落ちてきたと思った。
そのぐらいの衝撃。
「……兄さん」
小さく呟くが、彼には聞こえた様子はなかった。
彼は落ち着いた声音でジェレミィに呼びかけた。
「特務の命令は絶対だ。確保対象ユウリィ・アートレイデを無傷で連行する事。今のお前の行為は服務規程違反に当たる」
……何を、言っているのだろう。
特務?
確保対象?
連行?
この人は本当に兄さんなの?
でも。
この姿、雰囲気、全てが。
自分はクルースニク・アートレイデだと主張しているのだ。
見間違える筈なんてない。
これは、兄さんなのだ。
「兄さん……っ!」
叫ぶが、クルースニクは反応しない。
振り返ろうともしない。
兄さんはわたしの事忘れてしまったの?
もう、思い出せない?
「兄さん、」
「今だ、ユウリィ!」
もう一度呼びかけようとしたその時、ジュードに手を引っ張られた。
「何だかよく分からないけど、逃げるチャンスだ!」
逃げる? どこへ!
折角会えたのに。
この出会いをなかった事にしろと?
……無理に決まってる。
行けない。どこにも。
「……兄さん!」
声高に叫ぶと、クルースニクはゆっくりと振り返った。
それだけで息が止まりそうになる。
ユウリィと同じ色の瞳は今完全にユウリィのみを捉えていた。
「……ユウリィ」
背をきりりと伸ばして立つ姿も、自分を呼ぶ声も、少しも変わらない。
大好きなクルースニク兄さんだった。
「詳しい事情は、今はまだ話せない。だが……」
言うのを少し、ためらってから。
「俺がお前を守ってみせる。誰からも何からも傷つく事がないように、必ず守り抜く。あの約束は絶対だ。だから今は、……走れ」
本当? と目だけで聞いた。兄さんは目だけで本当だと言った。
だから、ユウリィは迷わなかった。
兄さんがそう言うなら、わたしは迷いません。
兄さんの意志がわたしの意志。
兄さんのためなら迷わず走れます。
アルノーがけしかけるように叫ぶ。
「いいタイミングだっ、逃げるぜっ!」
「どこに逃げるというのだ!」
「どこでもいいからとにかく遠くに、だ!」
ジュードが軽くユウリィの手を引っ張った。
「行こう」
「ええ」
兄さんの事はやはり気になるけれど。
大丈夫、信じているから振り返らない。
兄さんがわたしの悪いようにはしないって知っているから振り返らない。
ユウリィは一度も振り返る事なく走った。
その扉の、向こうに。
おしまい
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